彼女のかわいいわけ

名苗瑞輝

彼女のかわいいわけ

 彼女と付き合い始めて、もう2年になる。

 可愛いと評判の彼女の存在に、俺は鼻高々だ。でもその反面、自分がそれに釣り合うだけの存在なのかなんて自己否定感や、彼女が俺のことを本当に好きなのかという疑念なんかが絶えずにいる。

 だからこそ、事件は起こった。

 彼女は予定があると言っていたある日の午後。友人たちと遊んでいる最中、一人が突然こう言った。


「あれ河合じゃない?」


 あれ、と示す先には可愛い可愛い彼女の姿があった。こんなところで会えるなんて、これは偶然なのか運命か。そう自惚れていたのは俺だけだった。


「隣の男誰?」


 皆がそんな話を口々にして、ようやく俺は彼女の周りに意識がいった。

 彼女の傍らには見知らぬ男。すらっと細長いシルエットは、きっと俺より背が高い。少し長くてウェーブがかかった髪型がしっかり似合うだけの顔立ち。

 敗北感、そして喪失感。

 カップルとしてとても絵になる二人を見て、俺は引き下がろうかと思ってしまう。

 だけどそんな俺を友人達は鼓舞する。まずはどういうことか問い詰めるべき。そんな総意に俺は従うことにした。


「この間の休みに偶然伊代莉いよりのこと見かけたんだけどさ」

「えっ。いやー、人違いじゃない?」

「伊代莉を見間違えるわけないだろ」

「またまたー」


 あくまでしらを切ろうとする伊代莉。そんな彼女の核心をついたら、いったいどうなるんだろうか。

 気がつけば答えを知る恐怖より、そんな興味が勝ってきた。だから俺は臆せずにぶつける。


「一緒に居た男、誰?」


 表情が少し引きつったのを見逃さなかった。じと彼女のことを見る俺。一方の伊代莉は少し目が泳いでいる。


「あれはお兄ちゃんだよ」


 いかにもな嘘。もう少しまともな言い訳は出来なかったのだろうか。この状況を前にして、不思議と冷静にそう思う。


 ◇ ◇ ◇


 お兄ちゃんと居るところを彼に見られたのは、ちょっと誤算だった。ああでも、あの時ちゃんとしてて良かったなーって思うわけ。

 自分で言うのも照れくさいけど、私は可愛いと周りは評価してくれている。でも、本当の私は別に可愛くもなんともない。これを謙遜だって言うんだったらこう言い直す。何もしない私は可愛くない、と。

 だってそうでしょ? へアセットにメイク、ネイルやファッション。もちろんボディケアだって、可愛くなるのには必要らしい。

 でも、正直それって面倒くさい。だから昔の私はそういうことをサボっていた。結果、中高と何もない灰色の生活を送ることとなったわけ。

 そんな私を見かねたのがお兄ちゃん。服選びもメイクもヘアアレンジだって、全部やってもらってる。

 だから私の人生は大きく変わった。でも、だからこそ、その真相を誰にも知られたくなかった。


「ずいぶん仲がいいんだな」

「そうだね。買い物に付き合ってもらったんだ」

「買い物って何の」


 質問に服だと答えそうになって考える。お兄ちゃんと服を買いに行くって普通かな?

 同性の姉妹ならわかるけど、異性だしなぁ。ましてや選んでもらってるなんて。

 だから言葉を選んで答える。


「日用品だよ」


 服が衣料品なのは知ってるけれど、から服を着するんだから。


 ◇ ◇ ◇


 日用品?

 いやいや、あんな街中へ買いに行かないだろ。もっと近所で買えるんじゃないのか?

 聞き苦しい言い訳に乾いた笑いが出そうになる。


「お兄さんと仲いいんだ」

「そんなことないよ。普通だよ普通」


 あれが普通?

 俺には妹がいるけれど、あんな風に買い物に行ったりはしない。

 だからあり得ない。

 そもそも、そういう買い物って予定立てて行かないだろ。暇してるから買い物頼まれたりするんじゃん。

 そういえば、前に誰かが言ってたっけ。アイドルなんかが弟の話をするときは、だいたい彼氏のことだって。

 なるほどなあ。そう言うことか。


 ◇ ◇ ◇


 とりあえず誤魔化せたかな。

 でもこの秘密、いつかは話さなきゃいけないとは思う。あんまり言い訳して誤魔化し続けるのも良くないって解ってる。

 ほんと、どうしようかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女のかわいいわけ 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ