運命の女神様は忙しい

たつみ暁

運命の女神様は忙しい

「ナクラ!」

 神殿風の建物内、ステンドグラスを通る光が照らし出す廊下で、『反転』を司る魔女は名を呼ばれて足を止めた。立派な白い角の生えた顔を振り向かせれば、緑の服を着た、童話の中に出てくる永遠の少年のような同胞が、手を振り振り駆けてくる。

「ご機嫌だね。今回も成果はあったかい?」

「ええ、あたしの今回のご主人は、強運の持ち主ですわよ」

 敬虔な経験を司るキスティスに笑いかけ、「あなたも楽しそうですが?」と水を向けると、「それなんだよ!」と少年は両手を打ち合わせた。

「『空を飛びたい』なんて、僕にぴったりの願いを持つ作家がいてね。その経験のおかげで新作の売れ行きは好調らしい」

「まあ、それは素敵なこと」

 ナクラが頬に手を当ててうっとりすると。

「何、いちいち嬉しそうにしてるのよ。あたしたちはそれが当然の務めでしょ」

 不機嫌そうな声が場に落ちたので、二人揃ってそちらを見やる。くまのぬいぐるみを抱いたゴシックロリータ調の少女が、半眼でナクラたちを見据えている。

「おや、エクスィとギスィ。君たちも到着したのかい!」

 復讐を糧とする少女と相棒のぬいぐるみは、仕事の時以外はあまり愛想が良くない。それでも陽気なキスティスは、分け隔て無く明るい声を投げかけるのだ。

「あんたのその能天気さを、いじめられてる子たちに分けてあげたいわ。そうすれば、あたしの仕事ももう少し楽になるのに」

「おや、エクスィは、復讐の仕事を割と楽しんでやっていると思いましたが」

 新たな同志の登場に、親しみと興味と胡乱、三者三様の表情でそちらを向く。仕立ての良い服を着た、ぷくぷくの気の良いおじさん、という男性が、数冊の本を小脇に抱えながら歩いてくるところだった。

「イストリアも好調そうだね!」

「この世に虐げられる女性は絶えませんからね。彼女たちが少しでも幸せになれるようお手伝いするのが、私の役目です」

 胸のすく話が完成しているのだろう本を掲げて、イストリアは満足げに頬を緩ませる。「みんなお気楽よね」とエクスィが唇を突き出し、ぬいぐるみのギスィがうなりながら牙を見せた。

「で、フィトとアルモニアは?」

 キスティスが恋と緑を司る青年と、ひとの夢を応援する女性の名を挙げると。

「今、君の背後にいるよ。愛しいひとを口説く恋人のようにね」

 背中を撫で上げるような囁きと共に、緑髪の青年が、少年の髪をすくい取り、恭しくくちづけた。

「ヒョッホホーイ!!」

 キスティスは珍妙な悲鳴をあげ、「相変わらずサイコ」とエクスィが吐き捨てるように呟く。

最高サイコー!? 嬉しいなあ、無愛想なエクスィから最上級の褒め言葉が出るなんて!」

「誰も褒めてないよ?」

 青年フィトが両手を広げて喜びを表現すると、その後ろにいるアルモニアが、笑顔で釘を刺す。その胸には、『事故で夢を絶たれたボディビルダー、奇跡の復活! 筋肉の躍動を見よ!』の文字が躍る雑誌が抱かれている。

「ともあれ、これで皆揃いましたね。今月も、我らがあるじに、働いていただきましょう」

 襟を正すイストリアの呼びかけに、「はい」「うん!」「ええ」「はいはい」「仕方ないわね」と、十人十色ならぬ五人五色の返事が戻る。

 六人の同胞は、ステンドグラスの廊下を抜けて、奥の部屋の扉の前に立つ。

「あるじ、運命の女神様!」

 六人を代表して、見た目は最もとしかさのイストリアが声を張り上げる。

「今月の『ひとのしあわせ』をお持ちしました。お仕事をお願いいたします!」

 シーン……。かつて彼らのひとりが夢を叶えた天才漫画家の編み出した効果音が返る。

「あるじ、居留守はよくありませんよ?」

 イストリアがにこにこ顔で、しかし扉を勢いよく蹴破ると。

「ちょっと! アタシ今忙しいんだから、後にしてよ!」

 そこまでの神話的な建物からは想像のつかない、遮光カーテンが閉じた六畳間で、万年床の上に部屋着で寝転がりながら、必死にスマホをタップしている、長いピンク髪の女性が、スマホから目を離さないまま、苛々舌打ちをした。

「今、百連でウルトラレア狙ってるんだから……ああーまたハズレ!!」

 同胞たち六人は、苦笑いを向け合う。この女性こそが、ひとの運命を決める偉大なる女神『モイライ』だと言われても、誰も信じはしないだろう。

「はい、言い訳はよろしいですから」

 ナクラが決して目が笑っていない笑顔を保ち、女神からスマホを取り上げる。「ああー! アタシの天使くんがー!」

 絶望に囚われた表情をする女神に「あるじ」とイストリアが優しく、しかし有無を言わせない声色で呼びかけると、女神はびくうっとすくみ上がった後、布団の上に正座する。

「ひとの世界の産物が面白いのは、我々しもべもようく知っております。だからこそ、ひとの世が喜びで続くよう、言い訳して遊ばずに、幸せの糸を紡いでくださいね」

「……はあい」

 不服そうながらも髪をすいておだんごにまとめ、仕事モードに入った女神を囲み、そのしもべたちが声を揃える。

『さあ、ひとのしあわせを集めてきました。良い糸に紡いでください、モイライ!』

 どばーっ! と。

 彼らが手にしていた諸々の道具や、虚空から、虹色の繭が溢れ出し、女神を埋め尽くさんばかりに降り注ぐのであった。

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