編端みどり

森の本屋にて

少女達は、お気に入りの森の本屋でハンモックに揺られながら談笑している。


一人の少女の手には、参考書。

もう一人の少女の手には、伝統工芸を紹介する雑誌が開かれている。


「進路、決まった?」


「うん。志望校も決めた。頑張るよ」


「もう決めてるんだ。早いねぇ。私はどうしよっかなー……おじいちゃんやお父さんみたいな職人さんになりたいから、早く就職する方が良いかなって」


「そっかー。だからそんな本読んでたんだ。ね、なんの職人さんになりたいの? やっぱりティディベア?」


「ティディベア職人、憧れるけど……なかなか採用してもらえないんだって。お父さんの会社、ここ五年間は新規採用、ゼロだよ! ゼロ! 中途入社なんてもっと狭き門。お父さんは、相当頑張ったみたい。おじいちゃんが、鬼だったんだって」


「鬼って……」


「マジマジ。子どもの頃のぼんやりした記憶だけど、お父さんに仕事を教えるおじいちゃんは間違いなく鬼だった」


「職人さんだし、仕事に関しては厳しいのかもね」


「そうかも。ティディベア職人になるならお父さんの会社が一番なんだけど、お父さんと同じとこはちょっと嫌だなって」


「あー分かる。仕事場に家族がいるって複雑だよね。うまくやってる人もいるんだろうけど、見たくないお父さんの姿とか見ちゃうかもだし」


「そうなのよね。ティディベアは好きだけど、自分で作りたいとは思わないの。おじいちゃんもお父さんも凄いしさ。デカすぎる目標が目の前にいるのはちょっと……。まだ作りたい物は見つかってないんだけど、何かを作るのは好きなのよね」


「悩むなら、進学もアリじゃない? 伝統工芸を学べる専門学校とかもあるし」


「マジで?! おじいちゃんもお父さんも中卒とか高卒だしさ、早く仕事する方が良いかと思ってた! お母さんからは、学はあるに越した事はないし出来れば大学に行って欲しいって言われてる。お母さんはさ、学校に行けなかったんだって。女学校に合格したけど、お家の手伝いをさせたかったおじいちゃんに合格通知を隠されちゃったらしいよ」


「え、酷っ!」


「お母さんは、薄々分かってたって。おじいちゃんが怖いからとか、どうせ自分が受かるわけないとか心の中でいいわけして逃げたって言ってた。学校に問い合わせる事も、おじいちゃんを問い詰める事もやろうと思えば出来たんだから、悪いのは自分だって。そんな事ないのにね。悪いのはお母さんを利用しようとしたおじいちゃんなのに。ティディベア職人のおじいちゃんは優しくて……家族の事を守ってくれたのにさ。好き勝手に生きたおじいちゃんは、事故で死んだんだ。家族に相談もせず買った車の試運転で事故ったらしいよ。他に被害者がいなかったのは幸いだったけど、最後まで勝手だっておばあちゃん泣いてた」


「家族を思いやる人もいるけど、利用しようとする人もいるもんね。私達は、思いやれる人になりたいね」


「だよね。お母さんは、もっと学びたかったって言ってる。だから、私は思う存分学んで欲しいって」


「ならさ、お母さんも大学に行けば?」


「え? お母さんも大学?」


「うん。お母さん高卒? 中卒? 中卒なら大検受ければ高卒の資格貰えるし、夜間部なら安いよ。通信とかもあるしさ。実はうちのお母さんも大学に行こうとして勉強してるんだ」


「へえ! そんな方法もあるんだ。お母さんに話してみる」


「自分が出来なかったから子どもには……って美しいし素晴らしいと思うけど、子どもと親は違う人間じゃん。親の望み通り生きるなんて、無理だよ。実は、お父さんが来て……色々あってさ」


「お父さん、離婚して顔も見てないって言ってなかった?」


「おばあちゃんの差金で、私に良い大学行け。塾も用意する、バイトも辞めろって言いに来た」


「はぁ?! なにそれ!」


「酷いよねー! ほんっとありえない。追い返したよ。もう会う事はないと思う。私が勉強出来るのは、バイト先の先輩から色々教えて貰ってるからなのにね。何にも聞かず、自分の言いたい事だけ言ってすっごいムカついた。おばあちゃんはさ、家族なんだから支え合え。家族なんだから、助けて当然だ。親の言うことに従えって電話で言ってた。下らないよね。家族だろうが嫌な事されたら嫌いになるし、助けてくれたら助けようと思うものじゃないの?」


「確かにそうだね。そっかー、なら進学しようかなぁ。知識がある方が有利な事あるもんね。知らないと、損したり騙されたりするしさ。知識って現代の武器で、防具だと思うんだよね。職人さんじゃなくて職人さんを支える仕事もあるしね。色々、考えてみるよ」


「良いね。お互い頑張ろうよ!」


「うん! 頑張ろ!」


そんな話をしていた少女達に、本屋の店長が話しかけてきた。


「お話中失礼します。本日は、サービスデーでございます。当店自慢の栞をプレゼントしておりますが、いかがですか?」


この間の筋肉ムキムキの店長さんだ。そう思ったが口には出さず、少女達は店長の言葉に頷いた。


「欲しいです!」

「私も!」


周りを見ると、栞を本に挟んでいる人々がたくさんいた。


「それでは、今後ともご贔屓に」


店長が去って、少女は早速栞を本に挟もうとして……手を止めた。


「ねぇ、せっかくだからお互いメッセージを書いて交換しない? これから頑張らないといけないしさ、ちょっとやる気の出る言葉を書いてよ」


「良いね! じゃ、ちょっと離れて書こう!」


少女達は、お互いの栞を交換した。その栞は、少女達が大人になっても歳を取っても……ずっと大事にされ続けた。

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編端みどり @Midori-novel

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