いいわけ

まこ

ひたすらいいわけ編集者さんの巻


 打ち合わせのため喫茶店にいる訳ですが、それどころではありません。




「七瀬さん、これは何でしょう?」


 例のぶつを出します。


「はい…、あのう…、うちの出版社で出している女性向けの雑誌です。」


 この期に及んで見苦しいです。


「七瀬さん、私はこの短編小説のことを言っているのです。」


「すみません…、短編を頼んでいた里中先生が疾走して、スペースが…」


 ため息をつく。七瀬さんは多少ガサツなところはあるけれど、筋は通す人です。私には諸悪の権現が誰なのか最初から分かっていたのです。

 分かってはいますが、七瀬さんを攻めざるを得ません。


「編集長が飲み会で話した本屋大賞の話を思い出して私に書けって…」


 やはり私の思った通りです。


「私に連絡する時間すら無かったであろう事は分かりますが、せめて事後確認はしなければ。」


「はい…、おっしゃる通りです。」


「原稿を書き上げた直後に、先生に謝罪している夢を見て話したつもりになってたんです。だいぶ後になって気が付いて、雑誌も発売された後で、話しづらかったんです。本当に申し訳ありません。」


 七瀬さんの言い訳はいつも嘘っぽいことが少しだけ混ざっています。夢って…


「正夢になっていますね。」


 私がそう言うと、七瀬さんは神妙な顔をしてはいるけれど少し嬉しそうです。


「それはそうと、内容に関して言いたいことがあります。」


「なんでしょう?」


「私の娘はまだ5歳です。娘の同級生って何ですか?」


「喫茶店の女性、先生が近所の知り合いとしかおっしゃらなかったから…」


「まあいいでしょう。では次です。」


「え? まだあるんですか?」


「もちろんです。次はテディベアの回です。すべての回にダメ出ししますよ?」


「そんなぁ…」


「最後のサンドイッチの下りは何ですか? 食べていたのはハンバーグステーキセットでしたよね?」


「ちょっと何言ってるかわかんないんですけど…」


 七瀬さんはそっぽを向いて誤魔化しています。

 まあ、乙女の恥じらいという事でしょう。


「次は、カレーの話?です。あの時、私ちゃんと原稿書き終わっていましたよね? なんだか私が原稿落としたように読み取れるのですが? テーマに文句も言いませんでしたよね?」


「す、すみません。あれは最後に「ぐちゃぐちゃ」なんてテーマにした編集長に対する抗議の意味を込めて…」


 そんな気がしました。変なテーマだと思って中編のSFを書きました。


「次です。カピバラの話です。ペキン原人とナポレオンフィッシュじゃ無かったですよね? ペンギンとポメラニアンだったはずです。」


「先生、それだとインパクトに欠けます。」


 私はペンギンに突っ込みました。七瀬さんは「飛ばない鳥はただの動物だぜ」といったはずです。それでいいと思うのですが?


「次は筋肉の話です。私は肉の値段やスイーツの材料の値段、言いませんでしたよね? 値段を書く必要はないと思うのですが? しかも当たっているのが怖いです。」


「そんな高い肉だったんですか、先生? 食べた事が無い美味しいステーキでしたけど…」


 値段が合っていたので良しとしましょう。


「次です。アンラッキーセブン七瀬ななせ あんです。」


「やめて下さい、先生、後生ですから…」


「まあ、アンラッキーセブン七瀬ななせ あんはいいでしょう。G7料理って何ですか? 私の友人、「七つの海を行く豪華客船の旅」になんて参加していませんよ? 「七つの府県を行く近畿地方の旅」です。三重、滋賀、京都、大阪、兵庫、奈良、和歌山です。」


「だって先生、スケールが小さいじゃないですか? 全然直ぐ帰ってきちゃいそうですし。食材も、松阪牛、近江牛、亀岡牛、大阪ウメビーフ、但馬牛、大和牛、熊野牛とかになっちゃいますし。」


「彼の店、お洒落な居酒屋ですよ? 肉屋じゃないですから。ただ、松阪牛と近江牛と但馬牛は買ってましたけど。」


「ですよねぇ。お肉美味しかったです。」


「食べたのですか?」


「はい! 食べ比べセットを! 素敵でしたぁ………」


「それは良かったです。」


 私は一呼吸おいて最後の苦情を言う事にします。


「次が最後です。」


「えっ? もう全部終わったじゃないですか?」


「全体を通しての問題です。いいですか? とても重要な事なので2回言います。私のセリフが全くないじゃないですか、私しゃべってないじゃないですか。」


「繰り返しじゃないんですね? いや、さすがに先生を登場させたらまずいと思いまして…」


 ため息を一つ。


「そもそも、「山田書店」で私ってばれてるんですよ?」


 まさかとは思いましたが。




「あ…、大丈夫です。あの雑誌の読者のほとんどが先生のこと知りませんよ。」


 酷いいいわけである。




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