第31話 白刃取り

 去り際に武秋は俺に意外な言葉を告げる。


「必ず帰って来い!」

「もちろん! つか心配してくれんだ」

「馬鹿者! ここでおまえが死んだら、勝ち逃げされるのが好かんだけのこと!」


 ぷいっと俺から顔を背けて、拗ねる武秋。


 やっぱこいつはツンデレだ!


 一生デレないで欲しい……。そんな願いをこめながら、武秋に俺の誓いを告げた。


「俺は約束したんだよ、沙耶乃に綾香を無事に連れ帰るってな」

「分かった……ただし、五体満足で戻ってこい。なにかあったら、俺はおまえと一生、口を利いてやらんからな!」


 一瞬溜めたかと思うと武秋は頷き、珍しく好ましい返事をくれたのだ。


「ここは危ない。もう行くぞ春臣の女!」

「……」


 小中の頃は綾香といることも多かったから、武秋の認識では綾香は俺の彼女だと思っているらしい。だが綾香は否定も肯定もせずに無言なのが気になった。絶対に否定するはずなのに……。


 こんなことに巻きこまれ、言葉も出ないのかもしれない。武秋は綾香を無理やり立たせて、肩を貸す。


「春臣! 無事に帰ってきたら、私に告白しなさいよ! ぜったいだからね!」

「???」

「なにポカンとしてるのよ、返事しなさいよ!」


「ああっ! なにをしてるんだ、もう行くぞ! 春臣、男なら約束は守れ」

「当たり前だ! こんなところで死んだら、沙耶乃が悲しむ」


 今生の別れのようなフラグを立てておいた。


 さすがに防刃パーカーでも、着用している状態じゃ日本刀の斬撃は防げないだろうなぁ……。仮に裂傷は防げても、骨折や打撲は免れない。


「逃がすかっ!」


 社長と呼ばれた男が武秋たちに向かっていったので足下にベルトを放つとズボンのうえからだが、太股に上手く当たり、足をあげながらたたらを踏んで痛がっていた。


「ガキのくせに小癪こしゃくな真似を!」

「逆だ! ガキだから小癪な真似が必要なんだよ! 理不尽な大人の言いなりにならないためになっ!」


 鞭で打ったことで刀男の標的は完全に俺に変わったようだった。


 じりじりと摺り足で俺との間合いをつめてくるが、これで模造刀とかそういう冗談であって欲しいと思う……。


 ヒュンッ!


 と男は目にも止まらぬ神速で抜刀する。俺は思いきりバックステップして横薙ぎを回避するが、男はそのまま日本刀を肩まで振り上げ、袈裟懸けに斬りつけた。


 辛うじて斬撃を避けると俺の後ろにあった花瓶がドシュッと音を立てて見事に真っ二つに切断され、斜めにずり落ちる。



 優男がさっき言っていた実力も、日本刀もホンモノだった。



 俺の額から頬に伝う一筋の冷や汗……。男は納刀したので、俺は服部に打ちこんだベルトで日本刀に対峙しようとしていた。ひゅっと構えた右手を打とうする刹那に抜刀したギラリと光る刃の露となって、切断されてしまう。


「くそっ!」


 腰帯剣なら対抗できたかもしれねえが、さすがにただの革じゃ、すぐに切られてダメか!



 空気で分かる。



 本物って奴を。相手が日本刀なんて切れ味鋭いモノを握っているだけに対峙している緊張感は武秋と戦ってるとき以上だった。


 むしろ、あいつと戦ってるときは高揚感のような心地よいものを感じたときもあったが、今はどうだ?


 ただ、冷や汗がだらだらとこめかみから顎へ流れ、フローリングにぽたりぽたりと落ちて、水溜まりになりそうだった。


 男にじりじりにじり寄ってくる圧に負け、俺は後退するしかない。まだ壁際まで余裕がある。


 だが……。



 男から目を離さないように対峙していると急に足首に違和感を覚えた。


「社長ぉぉ……やっちゃってください……」


 武秋がボコった優男に足首を両手で強く掴まれ、振り払おうとしてもできず、バランスを崩してしりもちをついてしまった。


「皆川でかした! 今すぐそのクソガキを叩き切ってやる!」


 社長と呼ばれた男が俺に迫り、そのまま唐竹割りのように頭上から真っ二つに斬ろうとしており、俺の人生の瀬戸際を迎えたときだった。


(まだだ! 俺は沙耶乃と黄泉坂49を信じる!)


 素早く落ちていた物を手に取っていた。


 パスッ!


 そばに俺の脱いだパーカーが落ちていて、素早く拾い、両腕を広げて一本の太い縄のようにして受け止めた。


「なんだとっ!? ただの布が切れないなどあり得ん!」

「こいつは黄泉坂っつう女神さまたちの加護で鉄の七倍の引張ひっぱり強度があるんだ。そんなナマクラじゃ切れねえよ!」


 正直、ナマクラなんて切れ味じゃないし、刀男の技量もそんじょそこらにいる愛好家とはわけが違う。


 驚いて、押し切る力が弱まったところでパーカーを刀に絡ませ、白刃取りのようにラスボスの腹を蹴ると男の日本刀を握っている力が抜けて、離してしまった。



 はぁ……はぁ……。



 図らずも俺の無手勝むてかつな無刀取りが決まってしまっていた。どうやら、沙耶乃と黄泉坂メンバーという女神さまたちには俺は見離されていなかったらしい。


 刀を持っていた男は俺の前蹴りが効いたのか、腹を抱えて、かはかはと呼吸を乱しながら這いつくばり、胃のなかの内容物を吐いていた。


 パーカーに巻きつけ日本刀を奪ったことで形成逆転、日本刀を手に取り、元刀男の喉元につきつけ、言ってやる。


「おまえがアイドルになりたいっていう女の子の夢と希望を叶えるように見せかけて、食いものにしてきたことが、いちばん許せねえ。ここでおまえの人生終わらせてやる!」


 刀を上段に振り上げ、元刀男に振り下ろそうとしたときだった。


「私は悪くない! ぜんぶそこにいる皆川がやったことだ!」

「社長っ! それはないですよ!」


 見苦しい……。


 内輪揉めに辟易していると、玄関のドアがどんっと音を立て、乱暴に開け放たれたかと思うと、大きな声が響いてくる。


「組織犯罪対策四課だ! おまえらに監禁罪に準強制性交罪及び覚醒剤取締法違反で逮捕状が出てる。大人しくしろ!」


 警察手帳を見せているが、その筋の人かと思うほど強面のスーツ姿の男たちが乱入してきた。彼らの先頭に立つ者に向かって、刀を持っていた男は驚いて声をあげる。


「く、熊塚!?」


 社長と呼ばれた男は強面で一際大柄のマル暴の刑事を見て、名前を呼んでいたが、俺は思わず、ぴったりな形容に笑い出しそうになる。


「おー諏訪、久しぶりだなー。つかまた阿漕あこぎなことやってんな。ちなみに俺の名字は君塚だ」


 刑事はここの社長と旧知の間柄のようで、名字の間違いを指摘していた。どうやら、綾香は父さんたちにちゃんと保護されたみたいで無事らしい。俺は遅れてきた正義の味方ヒーローに声をかけた。


「父さん、遅かったな」

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