第29話 救出作戦開始

――――【沙耶乃目線】


 おばさんとおじさんが帰ったあと、お父さんとお母さんはダイニングテーブルで隣あって、


「心配よね」

「ああ、うちに良く来ていた綾香ちゃんが事件に巻き込まれていないことを祈るばかりだ」


 綾香ちゃんの安否を心配していた。


 あまり言葉や表情には出さなかったけど、おじさん、おばさんは目に隈が出来てて、明らかに疲れの色が見えてた……。


 おじさん、おばさんはいい人たちなのに、あんなに二人に心配かけて、綾香ちゃんはどこに行ってしまったの?


 そう言えばちょっとまえに……『沙耶乃、I♡SISって知ってる?』って、お兄ちゃんが私に訊いてきたことがあったけど、それが関係あるのかな?



 私が綾香ちゃんからお兄ちゃんに送られてきたLINEのことを気にしていると、もうリビングにはお兄ちゃんの姿はなかった。


 優しいお兄ちゃんのことだ。


 あれだけ手酷くフラれてしまっても、綾香ちゃんのことが心配でならないのかもしれない。


「お兄ちゃん、入っていい?」

「ああ」


 お兄ちゃんの部屋のドアをノックして訊ねると二つ返事で答えてくれた。


 部屋に入るとお兄ちゃんはなにか、よそ行きのジャケットを羽織って余所行きな格好になり、いそいそと出かける支度していた。


 お兄ちゃんの姿を見て私はすぐに気づき、後ろに手を回し、ドアをふさぐように立っていた。まるでお兄ちゃんを外に行かせないように。


 カーペットを擦るように空を蹴ると、お兄ちゃんは驚いた様子で訊ねてくる。


「どうしたんだ? めずらしくそんな拗ねて……」

「お兄ちゃん……まさか綾香ちゃんを助けに行くの? お父さんに任せたほうが良くない?」


「大丈夫だよ、沙耶乃。ちょっと外から様子見してくるだけだから。危なそうだったら、すぐに帰ってくる」

「でも……」

「俺が沙耶乃との約束を破ったことがあった?」


「ううん、ないよ。お兄ちゃんはぜんぶ沙耶乃との約束は守ってくれていたから……」


 本当はお兄ちゃんの情が綾香ちゃんに移ってしまうのが怖かった。でも本当に怖いのはお兄ちゃんが無事に戻ってこれないこと……。もういまの私はお兄ちゃんなしじゃ生きていけないような気がしたから。


 そう思うと身体が自然に動いてしまってた。


「沙耶乃!?」

「行かないでなんて、わがままは言わないよ……必ず無事に戻ってきてね」

「ああ、もちろんだ。帰ってきたら、またデートしような」


 お兄ちゃんの胸に飛び込んで、言葉とは裏腹に行かせないようにしてしまったけど、お兄ちゃんに諭されてゆっくりと手を離す。


「うん!」


 涙が出そうだったけど、ぐっとこらえてお兄ちゃんを笑顔で見送っていた。



――――【春臣目線】(マンション突入前のこと)


 やたらと暑苦しいから正直言うと武秋には連絡したくなかった。だけど背に腹は変えられない。


【春臣】《秒で俺のとこ、来れる?》


【武秋】《たわけたことを言うな! そもそも俺がなんで春臣の女を助けねばならんのだ》


 LINEで武秋に連絡すると即座に断られてしまった。武秋の誤解にいろいろ反論したかったが、そんな暇はない。それにしても、なんて友だち甲斐のない薄情な奴なんだろうか?


 仕方ない。


 奥の手を使おう! 俺は武秋が食いつくような餌を撒いてやることにした。


【春臣】《おまえと戦ってやる》


【武秋】《ほんとかっ!?》


 返信早っ!?


 十秒もかからず、返事が来たことに驚きを隠せない。だが、まんまと乗せられた武秋に感謝だ。


【春臣】《俺と一緒に戦って欲しい。それでいいよな?》


【武秋】《もちろんだ!》


 LINEのスクショもばっちり撮れたのでやり取りを終えた。ちゃんと証拠を残しておかないとあいつ、うるさいからな。



 ヴィーナスステージの入居するマンションにたどり着くまえに俺は装備を整えておいた。


 黄泉坂非公認ファンクラブ七二柱の会ゴエティアの一人フォルネウスさんから受け取ったパーカーを着込む。彼は大手繊維せんいメーカーの研究員らしく、パーカーは防刃効果のある特殊繊維でつくられている。


 ただ受け取ったパーカーは……、


【黄泉坂49非公認ファンクラブ】


 と、でかでかとプリントされているのだ……。


 マンションのエントランスの前には先に到着していたのか、武秋が腕組みして待ち構えていた。


「遅いぞ!」

「宮本武蔵もいつも遅れてくんだろ?」

「ぬかせ! もう俺に勝った気か!」


 武秋に勝ったのはぜんぶまぐれみたいなものだ。少なくとも俺の無茶な願いに付き合ってくれてるんだから……。


「そんなんじゃねえよ。付き合ってくれて、あんがと……」

「お、おう……」


 俺が武秋に助力の礼を軽く言うと、照れているようだった。


 な!? なにこいつ……もしかしてツンデレか?


 俺の言ったことで顔が赤くなるなんて。



(すげえ、キモい)



 武秋にパーカーを渡すと「そんなものいらん!」と即座に拒否されたが、「じゃあ、戦うの止める」と言ったら、渋々着用していた。


 マジ世話の焼ける奴だ。



 芸能事務所のある部屋の階へエレベーターを使い、登っていく。俺たちはエレベーターが開いた途端駆け出していた。


「ここだ!」


 武秋と一緒に走り角部屋にたどり着くと部屋のドアの表札に一枚のプレートに筆記体でヴィーナスステージと書かれてあった。


 七二柱の会が貸してくれた聴診器でドアに耳を当て、部屋のなかの音を拾う。


 ――――早くおまえも脱げよ、くくく。


 ――――マジやっちゃっていいんすよね?


 すると芳賀と服部のような声がした。なんであいつがいるんだと訝しんでいると、


 ――――あんたたち……私にこんなことして、覚えてなさいよ!


 綾香の甲高い声がした。


 沙耶乃にLINEで居場所を知らせたあと、俺は武秋に鍵を渡して、告げる。


「ここで間違いない。武秋はバックアップを頼む」

「本当に大丈夫なんだな?」

「ああ」


 武秋は驚いていたが、鍵を鍵穴に慎重に差し込む。


「なっ!?」


 ゆっくり回すと静かにカチャと音を立て、鍵は簡単に開いた。


 すぐにでも綾香のご両親のことを考えると助けにいきたかったのだが、鍵師のダンタリオンさんに鍵穴から鍵を作成してもらうのに時間を要してしまった。


「俺が合図したら、武秋も突入してくれ」

「ふん! いまさら貴様にそんなことを言われるまでもない! 早くいけ!」

「ああ……」


 正面を武秋に任せ、俺は事務所のひとつうえの部屋へ移っていた。


 すでに七十二柱の会ゴエティアの悪魔的特定班により、間取りの情報まで手に入れ、さらに上階の住人を買収してくれていた。


「突入するぞ! 遅れんなよ~」

『ほざけ! ボクが貴様にそうなんども遅れを取ると思うなよ!』


 武秋と通話したまま、そちらのベランダからパラコードを使い、ラペリングのように事務所のガラス窓をぶち破り突入していた。


「綾香、助けにきた」

「助けにくるのが遅いわよ!!! ホントぐずなんだから……」


 ジャージ姿でペタン座りしていた綾香は涙目になりながら俺に怒っていた。その綾香のまえには半裸の芳賀と服部がいる。


「「君塚っ!?」」


 綾香と芳賀たちの営みを撮影しようとしていたのかカメラを持っていた男が高そうなものにも拘らずカメラを放り投げ、ポケットからなにかを取り出す。


「このクソガキ、どっから入ってきやがった!?」


 俺を睨みながらスナップを効かせて、フォールディングナイフの刃を出していたのだ。普通なら俺みたいな不審者が入ってこようものなら、警察を呼ぶはず……。


 だがこいつらはそんな気配はまったくない。


 ヴィーナスステージは七二柱の会の調べによると落ち目のアイドルを引退させて、セクシービデオに出演させる手法で、業界でも悪名高かったようだ。


 綾香もまんまとその罠にはまってしまって、ハメられようとしてんだろう。


 いかがわしいことをしていれば、警察を呼べなくて当然。


(なら本気ださなきゃ!)


「春臣ぃぃーーっ! 早く助けなさいよぉぉ!!」


 いまは綾香の相手している暇はない。


 目の前にはナイフを持っている男がいるんだから!


 念のため、腕の外側を相手に向け構えた。動脈を守るためだ。一応、防刃グローブをはめていたが、油断すると危ない。


「おらっ!」


 男が突いてきたのを避けながら、パリィする。


「くそっ、ちょこまかと!」


 普通ならナイフ持っている相手に不用意に近づいたりしないのが鉄則。外なら砂なり、石なり持って顔にぶつけるのがいいだろう。


 だがここは屋内。


 男は俺に当たらないことに苛立ち、ぶんぶんとナイフを振り回し始めてきて、なんとか捌き続けていたが……。


 シュッと着ているパーカーの袖から音がした。


「はははっ! 切ってやったぜ!」


 と俺の腕をナイフで切ったとしたり顔で笑っている。


「どこも切れてないが?」


 さすがフォルネウスさんの特製のパーカー、黄泉坂49の加護が効いていて、刀槍不入だな!


「なんだと!?」


 俺がパーカーの袖を捲ってみせると、男の注意が寄ったのでナイフを持つ手を素早く掴みながら、思い切り側刀で蹴り飛ばしてやった。


「ぐはっ! な、なんで……あんな薄布に……」


 俺たちが着ているパーカーはケブラーに代表されるアラミド繊維で編んだ防刃仕様のもの。既存でもあるが、さらにカジュアルにブラッシュアップされた試作品の性能を試してもらいたいとのことだった。


 まあホントのところ刺突は防げないだろうけど。


 俺がナイフ男を倒したことで、やたらがたいの良いトレーニーな大男が声をあげた。


「ほう、準備済みでかちこんで来たってわけか……素手で相手してやるかかってこい!」


 タトゥーの入った太い二の腕を俺に見せつけ、スゴく自信に満ちあふれた感じがみなぎっていて、やたらと鼻につく。


「んじゃ、お言葉に甘えさせてもらいますよっ」


 筋肉は鍛えられても、急所は弱い。クラウチングスタイルに構えた男の股間目掛けて、金的蹴りを放った。


「甘過ぎだっ! んな、見え見えの攻げきぃ……」


 ドゴッーーーーーーー!!!!


 俺の見え透いた攻撃は男の優れた反応により、膝を内側に絞ったことで防がれてしまった。


 が……。


 そのまま金的を蹴った左足の勢いを殺さず、跳躍しながら右のハイキックをこめかみに叩き込んだら、ばたんと漫画のように大の字になって鍛えあげられた肉体は倒れていた。



 やっぱ安全靴を履いた蹴りはすげー効く!



 チタン合金の軽量かつ高強度のつま先の特注品をプレゼントしてくれたバエルさんに感謝だ。


しかし、デカ物を倒してひと息つく間もなく綾香が俺に助けを乞う。


「は……春臣ぃぃ……助けて……苦しいよぉ」


 芳賀は綾香の首に腕を回して、いつでも締め落とせるみたいな仕草を見せる。綾香はぶるぶる震えながら、俺を涙目で見ていた。


 もう綾香に対する好意は失せたが、女の子が苦しむ姿は見ていてつらい。俺に向かって芳賀が目を血走らせて叫んだ。


「武器を捨てろ!」

「素手なんだが?」

「うるせえ! その怪しげな服と靴を脱げよ。どうせなにか隠してるに違いねえからな」


「はは、綾香を人質に取られたら手も足もでないよなぁ! たっぷりかわいがってやるよ、君塚ぁ!」


 はあ……。


 立場が弱い者しかボコれない二人に溜め息がでる。服と靴を脱ぐと服部が俺に向かってきていた。


「んじゃまあ、君塚! おまえにやられたリベンジをさせてもらうぜ」


 握った拳のうえに手のひらを置いて、ポキポキと指を鳴らすベタな仕草をしながら服部は、俺が綾香を芳賀に人質に取られて抵抗できないことをよいことにボコろうと息まいていた。


 勢いよくタックルに来た服部に足を取られようとした、



 そのとき……。



 バキッ! 


 ドアを蹴破ったような音がしたのだが、木製のドアの間から足が覗いていた。そのあとドアごと力業で外して武秋がようやく登場した。


「ふははははっ! 悪党どもには、この八神武秋が鉄槌をくだしてやろう!!!」

「「なっーーーーッ!?」」

「なんでここに八神武秋がっ!?」


 あいつ、やっぱ有名人なんだー(棒)。


「よっと!」

「躱しただと!?」

「まっすぐ突っ込むとかイノシシかよ」


 武秋の登場にその場にいた者全員が呆気あっけに取られていたその隙に俺は服部のタックルを馬跳びするかのように華麗にかわすと、綾香を人質に芳賀の手を掴んで投げ飛ばして……。


 床に転がった芳賀の顔面に向かって、膝を高く上げ、そのまま踏み下ろした。


「ぎゃあああああぁぁぁぁーーーーーーー!!!」


 寸前で耳元に軌道修正して踏むのを避けたのだが、芳賀は情けない悲鳴をあげて、


 ジョロロロロロロ……。


 パンツにみるみるうちに黒い染みを作って、小便を漏らして気絶していた。

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