第28話 ツンデレSOS

「ひゃーっ! あの綾香がエロメイドになってやがんの」

「とうとう痴女になっちまったかぁ!」


 驚きのあまり開いた口が塞がらない。


 私が食うに困るに至って、仕方なくこんなに恥ずかしい格好をしていたのに、芳賀と服部は大笑いしていたのだ。


「お~い、綾香ぁぁ、この“メイドの愛を詰めこんだオムライス“っての頼むわ!」

「やめてよ、名前で呼ぶのは……」


 芳賀は大声で私の名前を呼んで、先輩たちはもとより、お客さんまで私たちのほうを見てしまう。


「あー、このメニュー読めねえ。なあ、メイドさんよぉ、このメニューの名前読み上げてよ」


 服部はメニューを指でトントン叩いて私に恥ずかしメニュー名を読み上げることを要求してくる。


「メ……“メイドのもえもえをキュンキュンに挟んだサンドイッチ“です……」

「あ? すまねえ、声が小さくて聞き取れねえんだ。もう一回、大きな声で言ってくんね?」

「何度も言わせないでよ!」


 慣れない仕事に加えて、二人の嫌がらせに腹を立ててしまった私は大きな声を出してしまっていた。


「おいおい、俺ら客だぜ?」

「詫びは綾香の裸土下座かぁ?」


 しまった!


 いくら嫌な二人でもお客であることは変わらない。叱られると思ってうつむいていると足音がしてきて、なにやら二人に説明しているのだが、聞いたことのある声だった。


「お客さま、天海がご迷惑をおかけいたしました。彼女に代わって私が接客いたします」


 凛々亜が私に代わって、二人に謝っていたのだ。


「いや、あんたに謝ってもらう義理はねえな。アイドルだか知んねえけど、俺らは綾香に相手してもらいたいんだわ」


 服部が足を組んで、ふんぞり返って凛々亜に言葉を返すが、彼女は動ずることはない。


「わ、私が接客しますから……」


 ここで二人から逃げたとか思われるのが嫌で凛々亜を片手で制して告げた、そのときだった。



 ――――おかえりなさいませ、ご主人さま!



 玄関近くにいたメイドたちが入店してきたお客にあいさつをする。新しいお客が入店してきて気になり、玄関の様子を窺うと見慣れた男の子の姿があった。


 私の姿を見かけるとこちらに近づいてきたのだが、芳賀と服部が入店してきたお客に早速噛みついていた。


「「なんでおまえが来んだよ!!!」」

「俺が来ちゃダメな店なのか、ここは? つーか、つまんないことするなよ」

「くそ! 今日は最悪な日だ!」

「帰らしてもらうぞ」


 どこで聞きつけたのか、春臣がコンカフェに来てくれたのだ。なぜだか春臣の来店に気を悪くした芳賀たちは文句を垂れながら、退店してしまった。


 凛々亜は安心したのか私の肩を軽く叩いて、別のお客のところへ行ってしまう。


 私と春臣は二人きりになってしまった……。


「は、春臣!」

「綾香……ちょっとそのメイド服は目のやり場に困るというか……」

「どうせ、あんたも私のこと馬鹿にしにきたんでしょうが!!!」


「いや、頑張ってるかなって気になってさ。せっかくだから、“メイドの愛が詰まったオムライス“をもらえる?」

「う、うん……食べたら早く帰って!」


 私がイラついているのに、春臣はにこにこして春の陽気みたいに私の毒気を抜きにくる。


 ばか、ばか、ばか! 春臣のばか!


 アイドルを夢見て事務所に入ったのに理想と現実の違いに戸惑い、おまけに芳賀や服部たちに目をつけられて馬鹿にされて、つらかったのに春臣の顔を見た途端に昔みたいに甘えたくなる、頼りたくなる。


 オーダーのオムライスをテーブルへ。


「早く食べなさいよ!!!」


 誰かに見られないように春臣に出したオムライスにケチャップで文字を書いていた。


【SOS】


 凛々亜の言っていた通り、この芸能事務所ヴィーナスステージはスタッフのなかに半グレみたいなのが混じってて油断ならなかったから。


 春臣は無言で頷いて、オムライスを完食していた。


 凛々亜は事情を察したのか、他の子じゃなく私に練習がてら、お会計するように伝えてくる。


 余計なお世話なのに……。


「ご主人さまのまたのお帰りをお待ちしております」

「今週中には帰ってくるから、それまで待ってて」

「う、うん……」


 仕事が終わり部屋に戻ると私はカーテンを閉め切り、ベッドのなかで布団をかぶって、声を殺してずっと泣いていた。


 自分のふがいなさと、あんな酷い振り方をしたのに私を心配して見にきてくれた春臣のやさしさに……。



 一週間後ライブが終わり、先輩たちが常に疲れている事情がよく分かったところでベッドに潜り込みぐったりしていると、突然シェアハウスに乗り込んで来た皆川が私たち全員を叩き起こして、ローテーブルのまえに正座させていた。


「最近こそこそ、うちの周りを探ってる奴がいる。誰だ? 内情を暴露しやがった奴は!」


 凛々亜以外の先輩たちが一斉に私の顔を見た。


「私じゃない! どこにそんな証拠があるのよ!」

「とりあえず、事情を訊かせてもらうわ」


 優男の皆川が見せる普段とはまったく別の顔、ドラマでよく見るDV男って感じだった。



 嫌がる私の手を無理やり引っ張って、皆川は事務所に私を連行していた。最悪なことに事務所には悠斗と健司が立っていたのだ。


「なんで、二人がいんのよ……」


 驚きのあまり開いた口が塞がらない。


 私が驚いていると二人は、


「「皆川さん、あざーすっ!」」

「なんだよ、お前ら知り合いだったのか!」


 ソファーに横柄な態度で座っている男の前にゆき、深々と挨拶していた。男は二人の肩を叩いて、和やかに談笑している。


「んじゃ、二人に任せてやるか!」

「マジっすか!?」

「やった!」


 男の言葉に二人はガッツポーズをとったりしていて、嬉しがっている。だけど、女の勘から二人の喜びは私にとってろくでもないことが予想できてしまっていた。


 私の疑問にようやく悠斗が偶々だったと答える。


「ああ、ジムの先輩の皆川さんから面白いことがあるって聞いて、来たら綾香がいたんだよ」


 皆川は二人の通う格闘技ジムの先輩だったらしく、春臣みたいに決して品行方正ではない二人ならあり得ると思ってしまう。


 息づかいを荒くし私に明らかに欲情した視線を向けていた。弱った私を性欲のはけ口にしようとしているのは明らかだった。


 弱り目に祟り目の私に悠斗は膨らんだズボンを見せつけるように腰に手を置き、仁王立ちしながら卑猥なことを言ってくる。


 健司も悠斗の言葉に「うんうん」と頷くと気持ちの悪い笑みをこちらに向けてきていた。私は悠斗と健司に交互にしがみつき、恥も外聞も捨てて頼みこんでいた。


「ねえ、嘘でしょ? 二人からお願いしてよ、知り合いだから、見逃してやって、って……」

「はあ? 綾香を好き勝手できんだぜ。こんな機会逃したら、いつ巡ってくるか、分かんねえから無理だな」


 私が涙目になりながら、頼みこんだのに二人はまったく聞き入れるどころか、逆に嗜虐心を刺激してしまったのか、


「ああ、我慢できねえ! ちょっと俺脱ぐわ」


 健司はシャツとインナーを脱ぎ捨て、「鍛えただろ」と言わんばかりの上半身を私に見せびらかしていた。


 悠斗は皆川と話しており、アダルト向けの動画配信について話している。


「しかし、驚きましたよ。『動画配信に興味ねえ?』ってLINEきた時には……」


「よく言うぜ。おまえら、『いや、すんません。そういうのはちょっと……』、『俺もっす』とか断ってたくせに現役JKアイドルと生ハメって送った途端に『やるっす!』だもんな」


 二人は皆川の配慮に感謝すると私のほうを見ていた。私は皆川に腕を掴まれ、強い力で無理やり引き寄せられて、後ろから顎を撫でられながら、告げられた。


「じゃあ、クラスメートに輪姦されるって、シチュで撮れば面白そうじゃね?」



(面白いわけない!)



 そのまま皆川に強引に私は投げられるようにダブルベッドに放られてしまう。慌ててベッドから降りようとするも、悠斗と健司がそれを許さず、二人から腕と足を掴まれ、仰向けに押さえつけられてしまっていた。


「俺たち、散々綾香に尽くしてきたのによう無能呼ばわりとか、ねーんじゃね?」


 私の両腕を頭のうえのほうから押さえつける健司が言った。


 足を掴んでいた悠斗はいったん掴んでいた手を離すと、


「無能か、有能か綾香の身体で試してやんぜ」


 ズボンのファスナーをおろし、下着姿で言った。


「ははっ! それをいうなら、不能だろ」

「うっせ、綾香を犯せるならどっちでも構うか!」


 健司がどうでもいいことを突っこんでいたが、下着おろしたクラスメートの見たくもないボクサーパンツから目を背けた。


 私がなんとか悠斗の足を蹴り、必死で抵抗する。


 犯されまいと必死に抵抗する様を皆川や皆川がカメラを回しながら、「ぎゃははは」と笑っていた。まるで私たちが春臣にした仕打ちのように……。


 そのとき、私の踵が悠斗の向こうすねにうまく当たり、「いってっーーな!」と言って痛みを訴えていた。


 しかし……。


 格闘技馴れしている悠斗に効くはずもなく、彼は私の足を素早く払いのけ、前髪を掴かんで、



 パッシーーーン!!!



 悠斗は強く私の頬を平手で叩いた。その瞬間、女に叩かれたのとは段違いの衝撃が身体を突き抜け、頭がくらくらするほど。


 私は信じられなかった。


 いつも悠斗から寄ってきて、私にあからさまな好意を抱いて、使い走りをしていた男にされたことに。


 これじゃ、本当に下克上じゃない!


「あんたなんかサイテーの男よ! 春臣は女の子に絶対に手をあげなかったのにっ!!!」


 私は叩かれたことで思わず、春臣のことを口走ってしまっていた。なんであんな、沙耶乃、沙耶乃って言ってる男のことが口に出てしまったのか、分からない。


 だけど、悠斗と健司のやってることが許せなくて、


「春臣はね、オリンピックのボクシングで金メダル最有力候補、もしプロ転向すれば、世界チャンピオンどころか、団体統一もしくは三階級制覇も確実って言われてるあの八神武秋と小中で対戦してぜんぶ勝っているんだから!」


 あんなに才能あるのに途中で止めちゃったけど……春臣はほんと馬鹿よ!


 まるで自慢のように語ってしまっていた。


「春臣が来たら、あんたたちなんてただの雑魚よ!」


 絶対に来るわけがないのに、春臣の名前が出てくるとか、悠斗に頬を強く叩かれておかしくなってしまったのかもしれない、恐怖で正常な判断を欠いているんだと思う。


 そんなあり得ない希望にすがる私に、悠斗は言い放った。


「その君塚はここにはいねえ!」

「綾香にまで俺たちが君塚にやられたことが知られちまったか……。しゃーねえ、その口を塞いでやんねえとなぁ! くっくっくっ!」


 健司が私の顎を掴んで無理やり口を開かせていた。


 し、知らない……まさか春臣が二人を倒していたっていうの!?


「おら! 口開けろーーーっ!!!」


 悠斗は私に身体を寄せてきて、勝ち誇ったように私を蹂躙じゅうりんしようとしていた……。



 そのときだった。



 ガッシャーーーーーーーーーーン!!!


 事務所のベランダのガラス窓が割れる大きな音が響いて、まるでいまからサバゲでもするの? って感じの迷彩柄の服装に変なジャケットを羽織った春臣が入ってきていた。


「綾香、助けにきた」

「助けにくるのが遅いわよ!!! ホントぐずなんだから……」


 陽を背にした春臣が昔みたいにスポットライトを浴びていた姿に酷似して格好よく見えて仕方なかった。

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