第27話 メイド喫茶

――――【春臣目線】


 父さんが家にいるのが分かると綾香の両親が訪れて来て、リビングで話していた。


「おじさん、おばさん、どうぞ」

「ありがとう、沙耶乃ちゃん。綾香と違ってホント気が利くね」

「そんなことないですよぉ」


 おばさんはお茶出しの手伝いをしていた沙耶乃をほめる。沙耶乃は俺の後ろに回り、お盆で顔を隠して照れていた。それが身近な人だけに見せるアイドルモードでない沙耶乃の本当の姿だ。


「トップアイドルだったのに気取らないところがまた良い。さすが陽平さんのお子さんだ」


 沙耶乃が普通のことだと伝えると今度はおじさんが俺たち家族を持ち上げてきていた。


 結局俺たちはカフェに行くのを中止しておじさんたちの話に耳を傾けていると、おばさんがスマホを取り出し、送られてきたメッセージを見せた。


 内容はというと……、


【綾香】

《お父さんお母さん、私元気にやっているからね。毎日が楽しくて仕方ないの。なかなか連絡できないけど、心配しないで。私、トップアイドルになって帰ってくる。それまで元気に過ごしてね》


 というごくありふれたもの。


「おかしいと思いませんか?」


 だがその場にいる全員がその内容に訝しんでおり、おじさんが口火を切る。


「綾香がこんな丁寧に……しかも私たちを心配するようなLINEを送ってくるはずがないんです」


 おばさんの言葉に俺は激しく同意して吹き出しそうになるが、綾香のことを心配している二人に悪いと思い、自重した。


「つまり綾香ちゃんではなく、別人が成りすまして送ってきたと……」


 父さんは指を組み合わせると二人に推察を述べていた。


「はい……お忙しいとは思ったのですが、ご相談に来たのは陽平さんのお力をお借りしたいと思いまして……」

「どうか綾香を……」


「部署が違いますし、成りすましというのは私の推察に過ぎないのですが、知り合いに頼んで調べるよう伝えておきます。私も個人的にですが、探ってみますね」

「「ありがとうございます、ありがとうございます」」


 俺たち家族に何度も頭を下げたあと、二人は帰っていった。


 そういや綾香の奴……両親に事務所ヴィーナスステージのこととか、グループ名I♡SISとか伝えてないんだろうか?


「父さん、あの話があるんだけど……」

「ん? どうした?」


 俺はスマホを手に取り、電話をしようとしていた父さんに綾香の情報を伝える。


「諏訪か……堅気に戻ったって聞いていたが……」


 父さんはガラス窓から外を見ながら、ぼそりとつぶやいていた。



――――【綾香目線】


 あうう……お腹空いた……。


 大体、いくら女の子でもシリアルと牛乳だけで半日乗り切れって言うほうが無理なのよ! まともなサラダすらないとか、ちゃんとした栄養士すらいないとか有り得ない。


 粗食に不満を抱いていると皆川がなにか大きな段ボール箱を抱えてやってくる。


「みんな物販の時間だよ! 早い者勝ちだから~」


 皆川が部屋の入り口に立つと声をかけるまえから、先輩たちは冬眠から覚めた熊のようにのそのそとベッドから這い出てきて、段ボール箱のなかを漁っていた。


 私も気になってなかを覗くとスナック菓子やアイス、そしてビールに乾き物が入っていた。


 あ……ポッキーもある。


 ぐう……とお腹が鳴いてしまい、赤い箱を手にしていた。一方、成人した先輩たちはこぞってビールを手に取っており……、


「ビール一本につき千プリカだから!」

「えっ!? 缶ビール一本が千円!?」

「綾ちゃん、円じゃないよ、プリカだよ。あ、ちなみにポッキーは五百プリカだからね」


 みんな決して安くはないジャンクフードを次々手に取り、キモオタたちと密着して稼いだ貴重な財貨を湯水のように使っていた。


「ちょっと! もっとまともな食事はないの? おかしいんじゃない?」

「おかしだけに?」


 こっちはまじめに話してるのにプププッと口に手を当てて笑う皆川にムカつきを覚えた。


「サラダとか用意してよ!!!」

「あーごめんごめん、怒った? そんな綾ちゃんのために……はい!」

「えっ? なにこれ?」


 皆川から渡されたのはキュウリとトマト。サラダどころか、もいだまま持ってきたって感じの。


 私が戸惑っていると皆川は千プリカをサッと取り上げ、段ボール箱のなかに乱雑に放り込んで行ってしまった。


 ガブッ!


「綾ちゃん……」

「凛々亜さん!?」


 ムカついたそのままの勢いで、塩で揉み洗いした野菜を丸かじりしていたら、凛々亜に見られてしまった。恥ずかしさを紛らわすのも兼ね、彼女のことが気になったので訊ねる。


「あの凛々亜さんは物販を買わなくてよかったんですか?」

「うん、使っちゃうと流されてしまうから。だってお金がなくなってしまうとコンカフェで働かなくちゃいけないの」


「コンカフェ? もしかして一階にあるメイド喫茶ですか?」


「そう。ツケが溜まった子はそこで働いて返済したりしてる。怪しいサービスもあるから、コンカフェで働くだけにしておいたほうがいいよ。お金くれるからといって、ぜったいにVIPルームに手を出しちゃダメだからね!」


 そう彼女からアドバイスを受けた。



――――コンカフェ。


 私は凛々亜が教えてくれたコンカフェにいた。


 なるほど! 


 現役地下アイドルのメイド喫茶……そりゃ、推しの子がいればファンは来ちゃうよね。


 私たちのお小遣いはあのチェキ会でしか得られなくて、ライブはまた週末まで待たないといけなかった。


 メイド服に着替えた先輩たちがキモオタ、まあそうじゃないお客もいるけど、萌々きゅんみたいなベタな接客を笑顔でしている。


 それにしてもなんなの、このメイド服!


 私も仕事するなら着替えるように言われて、更衣室の姿見で見てみる。


 これじゃ、ネットキャップかぶせた果物よ。いかにも乳袋って感じで胸元が開いてて、フリルつきの布で被われてる。それにうしろを見るとスカートの丈が短くて、わずかだけどショーツがはみ出しちゃってるじゃん!!!


 私はエロ売りのアイドルじゃないんですけど!


「ここかあ、皆川さんが紹介してくれたコンカフェっつうのはよぉ!」

「まあ、地下アイドルのレベルなんて、こんなもんか」


 ホールをやるように言われて出てきたものの、うしろが気になって、何度も何度もスカートの裾を下げようとしていると、聞き慣れた声がしてきていた。


「おっ、綾香じゃん!」


 私の前には悠斗芳賀健司服部が立っていたのだ。


「なんで、二人がいんのよ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る