第26話 地下アイドル帝国

――――【綾香目線】


 えっ!?


 ベッドのなかを隠していたカーテンが開くとそこからよろよろと生気を失った女の子たちがこちらへと寄ってくる。


 彼女たちは全員ジャージという出で立ちで修学旅行なんだろうか? と思ってしまった。


 年齢はいちばん年上の子でも、二十歳そこそこって聞いてたけど……だけど目には隈ができて、唇はガサガサ、肌も乾燥しているのかぼろぼろ……。どう見てもアイドルというより、徹夜明けのおばさんって感じの人たちばかりだった。


「さあ、天海綾ちゃん。先輩たちにあいさつして」

「えっ!? 私の名前は……」

「芸名だよ、げ・い・め・い。もうアイドルだからね!」


 突然出た名前に振り返り、皆川を見ると白い歯を見せて教えてくれた。


 天海綾ねえ……ありきたりだけど、スゴくいい!


 私はもうアイドル!!!


 一般人とは違う、げ・い・の・う・じ・ん!


 そうよ、私はここにいる負け犬たちとは違うの!


「みなさん、はじめまして! 私は天海綾。これからトップスターになる女です。私が来たからにはI♡SISもグループアイドルのトップに立つことでしょう!」

「はーい、みんな拍手拍手!」


 ぺちぺちぺち……。


 皆川が促すとようやくやる気のない拍手がした。そのあと彼女たちはそそくさとベッドへと戻ってしまった。まるでかたつむりみたいだった。


 一人だけ皆川に呼び止められ、私たちのそばに寄ってくる。


「おい、凛々亜。新人にシェアハウスのことを教えてやれ」

「はい……」


 凛々亜と呼ばれた女子は覇気のない返事を皆川に返すと、皆川はシェアハウスから出て行ってしまった。


 凛々亜は地味な長い黒髪に目は伏し目がちで、チャームポイントは清純、私より十歳くらい年上の薄幸系アイドルって感じ。


 そんな彼女が私の両肩に手を置いて、真顔になり語りかけてきた。


「どうして、あなたみたいに若い子が来てしまったのよ……ここはアイドルの牢獄みたいなものなのに」

「えっ!?」


 私が彼女の言葉に戸惑っているとカーテンの奥から、ひそひそと声が漏れてくる。


 ――――かわいそうに。


 ――――まだ若いのに。


 ――――ここが監獄で強制労働って知らないのね……。


 なんなの、ここは……。


「ごめん、名乗るのが遅れたわ。私は松井凛々亜。このなかではいちばん古いから、リーダーみたいなことをやってるの」

「どうも天海綾です……」


 彼女が各メンバーの名前を教えてくれたのだが、彼女たちはすぐにゲッドへ引っ込んだ。


「綾ちゃん……曲がり間違っても逃げようなんて思ったら、ダメよ」

「ご心配なく。私、自慢じゃないですけど読モだったんですから。私は負け犬になんてならないです」


「そうじゃないのよ……綾ちゃんは若いから分からなかったかもしれないけど、あの人たちが堅気に見える? 普段はにこにこしてるけど、裏の顔は鬼畜そのものだから」


「鬼畜って……そんなドラマじゃあるまいし」

「私の同期は逃げようとして捕まり、違約金が払えないことを理由に強制引退させられ、ビデオに出演させられてしまったのよ」


「ビデオって……まさか……」

「うん、セクシービデオ。私たちみたいな無名地下アイドルでも“アイドル堕ち“って箔があると売れるらしいから……」

「ななな!?」


「それに逃げたら、連帯責任にされて食事抜きとかにされるの。だからあの人たちに逆らわないことが大事だからね」


 そのあと凛々亜からシェアハウスのルールを教わったが、まったく耳に入らなかった……。


 夢にまで見たアイドルが、こんな地獄だなんて聞いてない!



――――翌日。


 恥ずかしいくらいに胸元のはだけたメイド服に着替えさせられたのだが、アイドルらしいと言えば、らしいステージ衣装だったので私のテンションは上がっていた。


 地下には潰れたライブホールのあとにヴィーナスステージの舞台があり、そこでライブが行われるんだけど……。


 あれ? 私、ダンスのレッスンを一時間受けただけでステージに立つの?


 不思議に思ったんだけど、ライブは二十分ほどで終わってしまった。


「あの……ライブってこんなに短くていいの?」

「ライブよりも私たちにとっては次のお仕事のほうが大事だからね」


 凛々亜に訊ねるとライブの道具を片付けながら、答えた。他の子たちは長机や椅子を用意していた。

 

「それじゃチェキ会始めるよ! 一枚二千円! 推しの子のところにマナーよく並んでね」


 凛々亜から声がかかると、ファンたちが手を突き上げて歓喜してる。まともそうな男子もいるけど、脂ぎったキモオタどもがそれぞれの推しをまえに列をなして並んでいた。


「新人の綾たんだね、よろしく」

「ボク、ギャルみたいな子も好きなんだよな」


 ひっ!?


 私のまえにもいかにも童貞くさい奴らが並んできたけど握手なんて……。



 無理! ぜったい無理!!!



 でも写真ぐらいなら……って!?


 どうやればこのピンチを切り抜けられるのかと思って先輩たちを見ると、キモオタどもと頬と頬が触れ合うくらい寄り添い、にこにこしながらチェキを撮ってた……。


 うわーっ! キモっ!


 こんなときに限って、春臣のことを思い出してしまう。昔はあんな風に寄り添って、写真も撮ってたのに……でもぜんぶ春臣が悪い!!! 


 私のピュアな想いを踏みにじったんだから。


 そう思うとむかむかしてきて、並んでるキモオタどもに塩対応アイドルになることを決め込んだ。


「はあ? 私がかわいい? あたりまえでしょ」


 これでキモオタどもは塩対応アイドルキターとか騒ぎ立てるんでしょ。ホントちょろいもんよ。


「なにこいつ……勘違いしすぎ」

「昔ならいざ知らず、キミ程度ならゴロゴロいるから」


 えっ!?


 そういってキモオタどもは私の下を離れて、先輩たちのほうへ列を変えて並んでしまった。


 いやちょっとメンタルクソザコ過ぎない?


 まあ、あんなオナピーーして手すら洗ってないような奴らと握手しなくて済んだだけでもマシよね。


 

 ライブが終わり、私たちは監視されてるなか事務所に呼ばれて来てたんだけど、先輩たちは諏訪社長から封筒を受け取っていた。


「はい、よく頑張ったね、凛々亜ちゃん」

「……ありがとうございます」


 私も手招きされて、封筒を渡される。


「はい、綾ちゃん。初めてのお給料だよ! 初回サービスで今回だけあげるけど、あの対応はいただけないなぁ~」

「すみません……」



――――シェアハウス。


「やったあ! 三万も入ってた」

「私は一万だよ……」


 どうも凛々亜によるとチェキ会でファンと写真を撮れた分が私たちの収入になるらしい。そりゃ、ライブそっちのけでキモオタと濃厚接触を頑張るわけだ。


 先輩たちが封筒を開けてよろこんでたのだけど、私はなかに入っていたお札を見て絶句した。


 千プリカってなに?


 社長の顔が印刷されたお札。


 単位は円ではなくプリカ。


 わなわな震えていると凛々亜が後ろから声をかけてくる。


「ああ……綾ちゃんもお給料もらったんだぁ……でも外で使えないから注意してね。欲しいものがあったら、皆川を通して買わなきゃいけないから」


 まさかここは聖愛グループの地下帝国なのっ!?


 昔、春臣の家で読んだ漫画でギャンブル依存症のどうしようもなくダメ人間が借金を払えなくて、地下労働させられるみたいなのを思い出した。



――――【春臣目線】


「春ちゃん! 沙耶ちゃん! こんにちは」

「「和香のどかさん、こんにちは」」


 俺と沙耶乃は日曜に暇だったのでカフェにでも出かけようと玄関を出たら、綾香のお母さんの和香さんと鉢合わせになった。


「良かったわ、いまね、綾香のことで陽平さんにご相談しようかと思ってたの」


 和香さんはいつもと違い、どこか不安そうな顔をしていた。

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