第53話 リデビュー

――――教室。


「今日もお兄ちゃんと登校できたよ!」

「あ、いや、うん……」

「お兄ちゃんはうれしくないの?」


 教室の机のフックに鞄をかけていると手を後ろに組んで左右に身体を弾ませながら、沙耶乃が満面の笑みで俺のそばにいる。


 沙耶乃のかわいさに当てられ、気恥ずかしさから気のない返事をすると沙耶乃は満面の笑みに影を落とした。


「ホントはさ、まだ沙耶乃が俺の彼女だってこと、信じられないんだ。だって、黄泉坂49のセンターだった白石さやが俺の彼女なんだぞ。それがうれしくないわけがない。俺は沙耶乃と登校できてしあわせだよ」


 それを見た俺はすかさず、みんなに聞き取られないよう周囲を見回し沙耶乃の耳元でささやいた。


 俺が沙耶乃にささやき終わるとぼんっと空気を入れたビニール袋がはじけたかのようにびっくりしたあと、急激に顔を赤く染めた。


「お、お、お兄ちゃん……朝なのに恥ずかしいよ……」


 指をもじもじさせたかと思ったら、挙動不審ぎみにきょろきょろしており、こんなにも慌てる沙耶乃の姿を見るのは初めてだ。


 沙耶乃はグイグイ攻めるのは得意でも、もしかしたら攻められると弱かったりして。


 そんなバカなことを考えていると男子たちが噂に花を咲かせていた。


 ――――なあ、聞いたか?


 ――――あ? なにをだよ。


 ――――芳賀と服部のことだ。あいつらホモビに出演してたんだってな。


 ――――マジか!?


 綾香を撮影しようとしていた男のカメラからデータを回収した際、芳賀と服部がパンイチで並んでいた画像があったのでこっそりネットにあげておいたのだ。


 ヴィーナスステージはホモビにも手を出していたみたいで、俺の流した画像に尾ひれはひれがついて芳賀服部ゲイ説は瞬く間に広まっていた。


 停学明けの二人の反応が楽しみでならない。



 チャイムが鳴り、大枝先生が入ってきて「みんなおはよう」とあいさつしながら教卓の前へ来る。教室の雰囲気は以前とはがらりと違っており、とくに沙耶乃がムードメーカーとなった今、先生もそれに影響されたのか、とても明るい。


 前まで先生が教室に入ってきても、ほとんどのクラスメートがあいさつを返さなかったのに、今ではすっかり「おはよーございーす!」と返す生徒も多くなっていた。


 先生がにこにこと笑顔だったが、少し表情がこわばらせながら言った。


「今日はみなさんにお知らせがあります。茅野綾香さんがまた、一緒に教室で学ぶことになりました」


 結城や謝罪した女子、それに村瀬と三島の方を順々に見ていくととくに変わった様子はない。落ち着いており、それで、みたいな感じだった。


「入ってきて、茅野さん」

「はい」


 借りてきた猫みたいにそわそわとした落ち着きのない様子で教室に入ってきた綾香。これじゃまるで転校生だ。いやそれ以上か。


「いろいろ、みんなに迷惑をかけてしまったけど、またここで勉強させてください」


 綾香は先生から促され、声を振り絞ってあいさつをしていた。そこにはかつての女帝だった面影などなく、ただ不登校児がおどおどと登校してきただけで威厳もへったくれも皆無。


 だけどもう綾香をからかう者の姿はない。芳賀たちがいたなら、わざとらしい盛大な拍手で迎えいれられたんだろうけど、それもなくクラスメートたちは淡々と綾香を受け入れていた。


 綾香は教卓からとぼとぼと歩いて席につく。それに安堵したのか先生は頷いたあと、軽くその他の連絡事項をみんなに告げて、朝のHRが終了する。


「君塚くんなんでしょ?」


 朝のHRが終わり、去り際に先生がそんな問いかけをしてきて、俺は戸惑う。


「なんのことですか?」

「茅野さんが感謝してたわよ」


 えっ!?


 俺は先生の言葉に驚いた。あの綾香が俺に感謝するとか、あり得ない。俺と顔を合わせれば、悪態ついてるのに。


「そのことでまた君塚くんとお話したいから、放課後に職員室に来てくれる、かな?」

「は、はあ」


 戸惑いながら、返事ともつかない返事をすると先生は俺の目の前で前かがみになっていた。以前の先生なら、リクルートスーツのしたに着るYシャツのボタンを襟まで留めていたのに、今はどうだ?



 胸の谷間が見えそうなくらい開け放っている。



 真面目で卑屈な感じだった、あの大枝先生がまるで地味子が高校デビューしたように変わっていた。そんな先生は「今日は暑いわね」と言いながら、シャツの間に指を差しこんでいた。


 俺は思わず、息を飲む。


 シャツの奥の黒い影と素肌を晒し、先生の谷間が強調され、ブラのレースのようなものが微かに見えてしまう。


 みんなには内緒的な先生の姿に俺は思わず、目を背けていると先生は少し残念そうな表情になったかと思っていると陽キャのような手の振り方をして、教室をあとにした。


 どうしたっていうんだよ、先生……。


 俺とタメが張れてれてしまいそうなくらい陰キャだった先生がまるで高校デビューしたJKみたいな変貌ぶりにただただ驚くばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る