第52話 バトルロワイアル

――――【村瀬目線】


「ごめんね、さやのん。つまらないことにつき合わせて」

「ううん、いいよ。私も無関係ってわけじゃないし」


 沙耶乃と奈緒子が仲良く話してるが、綾香は罰が悪そうにしてる。ホントはもっと反省しろっていいたいとこだが、迷惑かけたクラスの女子にはもう謝ってるって春臣も言ってたからなぁ。


 綾香を庇う春臣見てたら、格好よく思えてきてしまってた。なんつーか、すげえ熱い眼差しであたしたちを見つめてきて、必死で説得してくるというか。


 あんなこと言われちゃ、綾香のこと許すしかねーじゃん……。綾香から春臣のこと、最悪なキモオタみたいなことさんざん聞かされてきたけど、綾香の奴、あたしらに知られたくないから、ずっと黙ってたんじゃねーかって勘ぐっちまう。


 なんだろう、最近春臣と普通に話せなくなって来てしまって、ただあいつから「おはよう」とか「じゃあな」とか、大したことじゃないのに声を掛けられるだけで、ぽーっと身体が熱くなったり、恥ずかしくてあいつのこと見れなくなってる。


 あたしはどうかしてしまってる。


 たまに虎太郎とLINEやりとりしてるのを見て、いいなぁ、なんて思ってしまってて、虎太郎の奴が「姉ちゃんもやれば?」とか言うけど、できかっかよ。そんな気軽にあいつとLINEなんか。


 それにしても綾香に酷いことばっかさせらてたのに、あたしたちと仲直りさせるために、わざわざ仲介役まで買って出るなんて、どんだけお人好しなんだよ!



 いやいやあたしは綾香なんかと違う。



 春臣は沙耶乃のことを想ってるんだ。二人の仲を応援するのがあたしの役目。それが一番、春臣は望んでる。


 それがあたしが春臣に酷いことをしてしまった罰と償いなんだから。



 綾香のことを考えていると、奈緒子がとんでもないことを言いだして、あたしの耳はぴくりと動いて聞き耳を立てていた。


「ねえねえ、さやのん。君塚とはどこまでいったの? えっちしたの?」

「な、奈緒子っ! 春臣が沙耶乃とするわけないっ!」


「はあ? 私はさやのんに訊いてるの。綾香は黙ってて!」

「うーんとね、まだ内緒ー」

「えー、教えてよ」


 

「じゃあ、ちょっとだけ。お兄ちゃんね、痩せてるけどー、脱ぐとすんごいたくましいんだよー」


 マジかっ!?


 いや、やっぱそうだよな。あの八神武秋とため張るくらいだもんな。


 沙耶乃の服のうえからでも分かるデカい乳を見たあと、あたしのを見ると……言葉をうしなっちまう。


 やっぱ春臣の奴、胸デカい女のほうが好きなのかな? ああっ! どうしてあたしには、沙耶乃みたいにデカい胸がねーんだよ!


 虎太郎には悪いが、牛乳はあたしが飲むしかなさそうだな……。



――――【三島目線】


 あーあ、ありゃ恋する乙女の目だわ……。


 美穂はもう完全に落ちちゃってるね、君塚に。


 いや、私はそうじゃないよ。


 まあ君塚がフリーだったら、考えてあげてもいいんだけど、どう見てもさやのんに勝てる気がしない。


 綾香も美穂もチャレンジャーだなぁって思う。



 結局私たちって、綾香にさんざん振り回された挙げ句、仲直りしないといけないなんて、損な役回りだよね。


 あ、いいこと思いついた。


 あれだけさやのんも綾香も春臣、春臣って言うんだから、綾香の告白で酷いことしたお詫びと屑パパから助けてもらったお礼にデート提案してみようかな?


 さやのんが黄泉坂に復帰して、綾香もアイドルに成れたら、忙しくって君塚に会えなくなるはず。デートぐらい浮気にはなんないし。


 なーんだ、簡単なことじゃない。


 さやのんと綾香を応援すれば、君塚は好意くらい持ってくれるでしょ。それにぼっちって言いつつ、八神武秋とか、他にもすんごいいい男の子知ってそうだし!



――――【綾香目線】


 なにか怖いわ。


 みんな、私なんかのことより春臣ばかり見てる。



(私の方が先に春臣のこと好きだったのにっ!!)



 変に意地を張った私がばかだったのね。でも誰にも春臣を渡すつもりなんてない! 美穂も奈緒子も所詮しょせん、私の敵じゃない、けどなにかの拍子でころっと春臣の気持ち転ぶことも考えられる。


 そうだ!


 春臣と美穂か、奈緒子、どちらかと浮気させて、沙耶乃の気持ちを折ればいい。そこに武秋が慰めるように沙耶乃を落としてくれれば……。


 あとは簡単、アイドルになった私が春臣の気持ちをかっさらうの。



 ああっ、もう完璧っ!!!



 私は沙耶乃たちに秘密を明かそうとしていた。これを聞けば美穂たちだって、悪いようには思わないはずだから。


「みんなに言っておきたいことがあるの」

「もったいぶって、なんだよ、綾香」

「まだなにかあるの? どうせ自慢話でしょ」


 美穂と奈緒子は顔をしかめて、嫌そうに私の顔を見た。沙耶乃はミルクティーに口つけたかと思うと、くるくるとストローでかき混ぜて興味なさそうにしている。


 そんな態度取れるのも今だけなんだから!


「良かったわね、今の内に私と仲直りしておいて」

「はあ? なんだよ、その上から目線は!」

「綾香……さっきまで震えてたのに態度変わり過ぎだって」


「綾香ちゃん、せっかくお兄ちゃんが仲を取り持ってくれたのに、調子乗らないほうがいいよ」


 相変わらず、沙耶乃は私のマウントを取ってきて、苛立たせる。私から春臣だけじゃなく美穂や奈緒子、地位や名誉までぜんぶ奪っていった泥棒猫のくせに……。


 でもそれももう終わり。


 これからは茅野綾香のサクセスストーリーが幕開けするだから!


「ふふっ、もちろんみんなと仲良くしたいのはホントだから! 反省もしてる。だから応援して欲しいの」


「ああ? 応援ってなんだよ。あたしは金なんて持ってねーぞ」

「応援って、みんな綾香のこと応援してたのに、詐欺紛いのことして潰したのは綾香じゃん」


「わ、分かってるわよ。だから今度は絶対に上手くいく。なんたって私、黄泉坂の研修生に選ばれたんだから!!!」


「なんだと!?」

「エエーーーッ!?」


 ふふっ、驚いてる驚いてる。


 でもなんなの?


 ムカつく、ムカつく!


 一番驚かせてやりたかった沙耶乃は、


「ふーん、良かったね、綾香ちゃん。頑張って」


 素っ気なさすぎでしょ!


 なんで驚かないの!?


 もしかして、知ってた……?


 一番に驚かせてやろうと思った沙耶乃が驚かなくて、がっかりしそうになるが、


「沙耶乃! 次に行われるあんたが抜けた穴を埋める正メンバーオーディションで選ばれて、あんたの代わりにセンターをつとめてやるわ」


「うん、頑張って。だけど黄泉坂のセンターはそんな簡単につとまらないから。今までの綾香ちゃんみたいなことしたら、グループのみんなはついてこないよ」


 沙耶乃は私の目を見据えて、言い放った。ホンモノの凄みというのか、普段はにこにこしていて、甘えん坊っぽいのに、背中に寒気が走るほど私を恐れさせる。


「脅したって無駄よ! 私はね、沙耶乃を超えるアイドルになってみせる。そして春臣をあんたから奪い返してやるんだから」



――――【春臣目線】


 ふう……。


 綾香のおかげで胃に穴が開く思いがしたよ。


 俺がお手洗いから戻ると、みんな互いを牽制し合い、なにやら不穏な空気を匂わしてる。



 なんなんだ?



 これじゃ、綾香が謝罪する前より事態が悪化してるような気がするのは気のせいか?


「お兄ちゃん、お帰り!」

「あ、いや、うん……」


 沙耶乃がいつも通りの朗らかな声で出迎えてくれるのだが、お手洗いに行ったあとを歓迎されても少し気恥ずかしい。


「みんな喧嘩なんかしてないよな?」

「してないわよ! 小学生じゃないんだから、馬鹿にしないで」

「綾香ちゃん……それはないんじゃない? お兄ちゃんがせっかく仲を取り持ってくれたのに」


 俺が訊ねると綾香は怒ってしてしまうが、そんな綾香を沙耶乃が叱るとぷいっとそっぽを向いてしまった。相変わらず、沙耶乃と綾香の仲は良くはなってない。


 俺たちのやり取りを見ていた村瀬が俺を庇おうとしていた。


 だが……。


「そうだぞ、綾香は春臣に優しくして……いや、そのままでいろ」


 は?


 俺は村瀬のことが良く分からなくなってしまう。あとで虎太郎にでも聞いておくか、そう思って、一応の和解の橋渡しができて、俺は満足していた。


 こっから先は綾香次第なんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る