第51話 和平交渉

 沙耶乃を伴い、綾香と村瀬、三島との和解の席に同伴していた俺だったが、予想を上回る綾香と村瀬、三島の険悪な雰囲気に思わず、胃が痛くなりかけてた。


 終始、綾香と村瀬、三島は一言も会話どころか、視線すら合わそうとせず、ドリンクバーから各々持ってきた紅茶やコーラ、オレンジジュースを啜っているだけの時間が過ぎてゆく。


「みほちゃんのメイド服、かわいかったよー!」

「ありがとう! さやのんから誉められるなんて、うれしいぃぃぃーー!」


 対面に座る三島が席を立って沙耶乃の手を取り、二人で握手して、きらら好きの俺としては実にてぇてぇく微笑ましい。



 つか男、俺だけじゃん……。



 一応、仲介役ではあるんだけど、こう美少女たちに囲まれてしまうと根っからの陰キャ体質としては邪魔者扱いされてないか心配になる。


「さやのん、美穂ちゃん、二週間後はいよいよ、コスプレイベントだからね!」

「おおっ、ついにか!」

「やったー、楽しみだよ」


 恐らく水星の魔女のコスプレ祭りのことなんだろうな。三島は綾香をスルーして、俺たちにお店のPRに熱心だった。それだけ熱くなれるってことは、もうパパ活なんて危ない橋を渡ることもないだろう。


 俺がひと安心していると三島に誘われた。


「さやのんも美穂ちゃんも、またお店に来てよ! ついでに君塚も」

「俺はついでかよ」


 俺が愚痴をこぼすと、「わはは」と沙耶乃たちから笑いが起こる。


 が……。


「……」


 綾香だけはうつむいてしまっており、俺たちがパリピみたいに盛りあがっているのに、ひとりだけお通夜帰りみたいな顔をしていた。


 ここは世間話から入って、場の空気を和ませなければ……。


 俺は極力フランクを装い、村瀬に話しかけた。俺の少ないリア友を気にして。


「村瀬、虎太郎は?」

「ああ、母さんが休みで見てくれてる。偶には自由に遊んで来いってよ。しかし、せっかくの休日がよぉ……」


「ホントホント。美穂ちゃんの言う通りだよ。さやのんと君塚とだけなら良かったのに……」


 えっ!? 俺もなかに入ってもいいの?


 村瀬までも三島に同意して、首を何度も縦に振る。


 いやいや、ダメでしょ。


 それにしても、このままでは綾香を除いて、ただ楽しい雑談で時間を過ごすばかりで、本題がちっとも進まない。それに綾香の気持ちを思うと胸がきゅーっと締めつけられる。


 裁判長だか、議長だかどっちでもいいが仲介役としての仕事をしないと、と思い綾香のほうを向いて、目線を送っていたが、いつもの高飛車というか自信過剰な態度は消え失せ、うつむいたまま指をもじもじさせて陰キャよりも酷い有りさまだった。


 俺が綾香のほうを向いて、謝罪の言葉を促そうとすると、先に沙耶乃が綾香に煽るような口調で言っていた。


「綾香ちゃんって、いっつもそうだよねー。都合が悪くなると溜まりこくって、すぐにお兄ちゃんや男の子に頼るの」

「そ、そんなことない! 私は……私は……」


 綾香とは打ち合わせしてなかったが、もしも綾香が口を噤んでしまったら、強制的に口を開かざるを得ない状況に持っていこうと沙耶乃とは案を練っていた。


 沙耶乃には悪役を演じてもらうのは心苦しいところではあるが、さすが演技も上手いアイドルの面目躍如で、演技とは思えない迫力だ。


 だがそれでも、謝罪できずに自分の殻にこもったようなことをぶつぶつと綾香はつぶやいている。


 それに業を煮やした村瀬は、あえて綾香と呼ばずに顎をあげ、綾香を見さげるようにして言い放った。


「あのさ、あたしらもそんなに暇じゃないだよね。誰かさんがちゃんと謝りたいっつうから来たんだけど」

「そうそう、さやのんと君塚がいなかったら来てないんだから」


 やっぱり怪しい芸能事務所に監禁され、ヤバい目に遭った二人は綾香のことをかなり警戒しており、容易に許してはくれなさそうだった。


 売り言葉に買い言葉ではないが沙耶乃の挑発に乗せられたかのように綾香は口元を震わせて、謝罪の言葉を口にする。


「ご……ごめんなさい……」


 それまでの不遜な態度からは想像できないほど、か細い声で。


 バッグから取り出した三島への差額分の入った封筒をそれと同時に渡していたのだが、村瀬も三島も腕組みして、怖い顔で綾香を見下してしまっている。


「ちょっと謝るのが遅すぎるっていうか、謝って済むような問題でもないよね。あのとき君塚が助けに来てくれなかったら、私たちまでレイプされてたんだから」


「奈緒子の言う通りだ。あたしらを巻きこんだこと、この程度で怒りが収まるとか思ってんのかよ!」


 綾香が二人を騙して、怖い思いをさせたのだから、怒りが収まらないのは分かるし、そもそもこじれてるうえに、綾香は謝罪するのが遅すぎた。それでも綾香は謝罪する意志がある。


 不本意だ。


 いま採ろうとしている手段ならば、村瀬や三島は納得してくれるかもしれない。だけど、それを言ってしまえば、沙耶乃を傷つけてしまうかもしれない。


 俺は沙耶乃の目をじっと見つめた。


 沙耶乃も見つめ返してくれて、テーブルのしたで村瀬たちに見えないように俺の手のうえに手を置いてくれる。


 俺も沙耶乃の手を握り返したと同時に、小動物のように小さくなって震える綾香の手を握って、村瀬たちに向かって、ゆっくりと、でもはっきりと言った。


「綾香は本当に好きなものがあるとき、嫌いって言ってしまう癖がある。村瀬も三島も俺が綾香に告白した現場にいたから、俺が綾香に振られたのは知ってのことだろう」


 俺が綾香に振られたときの話を出した途端に二人は俺から目を背けて、村瀬はストローのビニールの包装をいじり、三島は氷だけになったアップルティーを啜っていた。


「俺を振ったはずの綾香がまさかの告白をしてきた。俺も綾香とつき合いが長いけど、そういう奴なんだよ。口では強がりばっか言ってるけど、本当は村瀬と三島、二人と仲直りしたがってる。俺もちゃんと話せるようになったみんなが喧嘩したままなんて辛いんだよ」


「私からもお願い! 美穂ちゃん、奈緒子ちゃん……綾香ちゃんと仲直りしてあげて。また悪いことをしたら、お兄ちゃんが綾香ちゃんを叱ってくれるから」


 沙耶乃……。


 犬猿の仲になってしまっていた沙耶乃から綾香を庇い、仲直りを後押ししていた。やっばり沙耶乃は人間の器が大きい。


 綾香は俺と沙耶乃の目を見て、一瞬驚いたもののぼろぼろと大粒の涙を流し、見目の良い顔を崩して村瀬と三島に告げた。


「わ、わたしもっ、二人と仲直りしたいよぉぉ……、ずっとずっと謝ろう謝ろうって思ってたけど、また二人から拒絶されるんじゃないかって、怖くてなにもいえなかったのぉぉ……」


 とても読モとは思えないくらい顔はくしゃくしゃにして、村瀬たちと仲直りしたいことを訴えていた。


 瞼に雫を貯め、号泣する綾香の顔を見て、二人は目を見合わせ、ふうっとため息をついたかと思うと、


「くそっ、なんだよ、その顔。とりあえず、鼻水くらい拭けよ」

「仕方ないわね、君塚とさやのんに頼まれたから、今回だけは許してあげる。でも次はないからね」


 綾香に向かって、手を差し出していた。


「ほらよ、仲直りの握手だ」

「うん」

「私も」

「うん」


 いつもならハンカチで顔を拭う綾香だが、今日はブラウスの袖で腫れぼったい瞼を拭ったあと、二人と固い握手をかわしていたのだった。

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