第49話 謝罪

 あのあと、必死で渋る綾香を説得して、迷惑をかけたクラスメートたちに謝罪と差額の返金をして回ろうということになった。



――――当日。


「はあ……」


 三名ほどの女子の家に回り、終えたところで綾香がぴたりと足を止め、深いため息をついた。


 俺が横で見張ってるからか、いつもの高飛車な態度は形を潜め、女の子たちに丁寧に謝罪し、差額を返金したことで、相手は少々のわだかまりを残しつつも綾香の謝罪を受け入れてくれていた。


 ただ……。


「なんでもっと早く謝らなかったんだよ。向こうもちゃんと許してくれたのに」


 綾香の家庭環境からすれば、うちなんかよりずっと裕福なお嬢さまと言ってもいいのに、決して高くはない金額を払い渋ったことを彼女たちに指摘されていた。


「パパやママに言えるわけないでしょ……。こんな恥ずかしいこと。それに私が稼いで払わなきゃ、あの子たちも納得しなかったと思う」


 綾香はうなだれながら、地面の石ころを軽く蹴ってとぼとぼ重たい足取りでまた歩き出す。


「ああ、立派な責任感だと思うけど、なんかズレてる。俺なら親に泣きついてでも、お金は面倒見てもらって、親に返していくかな。じゃないといつまで経っても、綾香は炎上したままだ」


「う、うるさいわね。そんなこと分かってる。分かってるけど、できないこと、春臣だっていっぱいあるじゃない!」


 別に綾香を責めるつもりはなかったのだが、半泣きになりながら、俺のことを非難してきていた。俺と綾香が昔の幼馴染のような関係に戻るのは難しいかもしれないが、せめて友だちぐらいには改善したいと思い!素直に聞く気で訊ねる。


「例えば?」

「いまだに童貞じゃない! ホント、高校生にもなって、恥ずかしい、マジ恥ずかしい」


 額に手を当てて、やっちまったみたいな感じで首を横に振って、全力で俺のことを小馬鹿にしてくる。


 しかし事実だけに反論できない……。


 結構男子からモテてた綾香のことだ、俺なんかより断然早く経験済みになってることだろう。


「仕方ないだろ! ずっと綾香のこと好きだったんだから……」


 沙耶乃とつき合うまでは初えっちは綾香と……なんてキモい童貞の妄想をむくむく膨らませてた。


 恥ずかしいながらも、綾香に打ち明けると俺を小馬鹿にしていた態度は時間停止でも食らったかのようにぴたりと止んだ。


 それになんだか、綾香の顔が急に真っ赤になっていっているような……。


「だから、あたしが……春臣のど、どう……ていを……」

「おーい、綾香。ここっぽいぞ!」


 また渋って足取りを止めてしまった綾香に発破をかけて、こちらに来るように促した。


「春臣のバカァァァ!!!」


 なに怒ってんだ? 綾香の奴……。



 目的地のマンションのエントランスで綾香を待って、二人でエレベーターに乗る。


「あんまりくっつかないでよ」

「は?」


 ドア付近にいたのだが綾香は俺にぴたりと身体を寄せていた。だが身体はぶるぶると小刻みに震えており、どうも怖がってるっぽい。


 小さい頃、近所に大きく吠える犬がいて、そこを通るときは綾香はいつも俺に文句をいいつつ身体を寄せてきたのを思い出す。


 ちーん、とエレベーターが目的の階に到着し、出ると綾香は相変わらず、俺の後ろで身体を寄せていた。


「大丈夫だ。俺も一緒だから」

「そんなこと分かってる!」


 昔と同じ反応で、ちょっと含み笑いしそうになるがこらえた。


 廊下を歩いていると綾香が指を差した。507号室、表札には結城って書いてある。綾香と派手にビンタの応戦をしていたあの茶髪の女の子だ。


 反省の色を見せる綾香だったが結城には思うところがあるらしく、彼女の部屋を直視しようとせずにそっぽを向いたままで、綾香の手を離すとどこかへ逃亡してしまいかねそうな雰囲気だった。


 俺は綾香に構わず、インターホンを鳴らす。すると女性の声で少し気だるそうな感じの応答があった。


 ――――はい、結城ですが。


「あ、俺です。クラスの君塚。綾香が結城さんに用があるということで付き添いできました」


 ――――いま開けるから待ってて。


 インターホン越しの声だと結城本人か分からなかったが、どうやら本人だったらしく顔を合わせてくれることに少し安心した。


 門前払いも覚悟していたから。


 ロックを解錠しドアを開けた結城は俺を一瞥いちべつすると俺の後ろで罰の悪そうな顔をする綾香をじっと見て、棘のある物言いをした。


「ふーん、男同伴じゃなきゃ、謝りも来れないなんて、学校でイキってた割りに大したことないじゃない。綾香って、所詮そんな子よね」


 会って早々に結城から責められた綾香は歯噛みしながらも、なんとかその場に居残る。もしかしたら、俺がいなけりゃその場から立ち去っていたかもしれない。


 結城の言うことも一理あるのだが、今日の俺は綾香のサポートで来ていることもあり、擁護ようごする。


「俺はただ仲介役で来ただけだから。二人が邪魔と思うなら俺は帰るよ」

「別に君塚のこと、悪く言ってるわけじゃないから。謝りに来んなら、ひとりで来なよって思っただけだし」


 結城は物言いこそ辛辣しんらつだったが、大きくドアを開いて、


「とりあえず外で話すのもなんだし、あがって」


 と言って俺たちを自宅へと招きいれていた。


 せっかくの機会だったので俺は二の足を踏む綾香の背中を押して、結城の自宅へ「お邪魔します」とあいさつをしながら、入った。綾香もあいさつをしたが、気に乗らないのか声は非常に小さい。結城はそんな綾香に「ふん」と鼻をならしていた。


「座って」

「ありがとう」


 リビングに通されたのだが、綾香は「うー」となにか言いたげだったが、俺が促すと渋々、布地のソファーに腰掛けた。俺は俺であることを不思議に思い辺りを見ていると、結城が教えてくれる。


「両親はいないから。綾香が来るって言ってたからいない日を選んだの。どうせ、君塚が綾香に謝れって言ったんだろうけど」


 思わず、ご名答と余計なことを言いそうになるが、口をつぐんだ。


「これ……ちゃんと返します」


 いくら入っているのか分からないが綾香は学生には不釣り合いなブランド物のバックから封筒を取り出して、テーブルを挟んで向かいに座る結城に差し出した。


 結城は封筒を受け取ると綾香の目を見ると、綾香は苦しそうに喉を鳴らして嚥下する。結城は封筒を開いて、中身を出して金額を確かめると……。


「違うわね」


 えっ!?


 結城の言葉に俺は思わず、綾香を見た。まさかこの期に及んで、ちゃんとした金額を返さないとかあり得ない!


「ええ、そうね。迷惑料もしくは、利子かしら」


 と思ったが、バンと結城がテーブルのうえに叩きつけたお札を見て驚いた。少ないのではなく、明らかに多かった。


 だが結城は……。


「いらない。私は差額が返して欲しいだけだから。また私のこと庶民だとか見下してるの? そういうとこ、マジで嫌いなんだけど」


 ただでさえ、つり目だというのに眉間に皺を寄せて綾香を睨みつけて、受け取ろうとしない。


 綾香がなかなか謝罪に行かなかった理由は、ただ怖がってただけじゃなく、多めに返そうとしてたのか……。


 俺としてはもう二人の問題だから勝手にやってくれ、と言いたいところだったが、また綾香がトラブルを起こすと確実に沙耶乃に飛び火してくると思い、助け舟を出してみる。


「結城! 綾香は本当に謝ろうとしてきたんだ。妙に気位が高くって、腹立つことも多いし、誤解を受けてばかりなんだけど、反省してるのは間違いないんだよ。ここに来るとき、怖くて震えてたくらいなんだから!」


 綾香は俺がバラしたことに「なっ!?」と目を見開き驚いていたが、結城は……。


「綾香はマジで馬鹿だよ。君塚を振るとか。いいわ、うちでいまでも幼馴染の庇い合いなんてもの見せられちゃ堪んない」


 余分な金額五千円だけ綾香に突き返し、封筒を受け取った。綾香は結城の前で立ち上がり、深々と頭をさげて、謝罪していた。


「迷惑かけて、ごめんなさい……」

「もういいわ。後々、うちらがいじめたとか言われるのもしゃくだし」


 結城は腕を組んで、ぷいっと綾香から目を離していた。もちろんこれでわだかまりが全て解消されたわけじゃないだろうけど、以前のように頬をビンタし合うなんてことにはならないはずだ。


 綾香は先にスニーカーを履いて、結城の家を出て外で待っているようだったので、俺もおいとましようとして靴を履いてると、「君塚、ちょっと」と呼び止められ、振り返る。


「ん?」


 結城は今日ここに来て、一度も見せたことのないような笑顔をしながら、言った。


「君塚も大変だね。面倒くさい女に好かれて。お人好し過ぎでしょ。あーあ、優良物件見逃した!」

「えっ、結城……なに言ってんだ?」

「用が済んだら、綾香のとこに行けって。もう、私の気は済んだし」


 俺は結城に背中を押され、まるで追い出されるように彼女の家をあとにした。


 ふーっと俺は無事、三大案件のうち、ひとつが片づいて安堵のため息を漏らしていた。


 だけど、次の二つは一筋縄では行かないことが予想される。なんせ、相手は村瀬と三島なんだから。


―――――――――あとがき――――――――――

なんだかんだ言って面倒見のいい春臣と面倒くさいツンデレの綾香w

春臣といっしょだけど、綾香は二人にちゃんと謝れるのか? また綾香がやらかすと思う読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。

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