第48話 選択
「綾香とはつき合わないよ」
「えっ!?」
綾香の美顔が、がーんとなにか頭上からの落下物に当たってしまったかのような
俺はきょろきょろと部屋のなかを見渡しながら、まだ心ここに在らずといった綾香に伝えた。
「どうせ、俺が綾香に告白してきたとか言って、どこかで隠し撮りしていて、沙耶乃にマウント取ろうとか思ってるんだろ? もうその手には乗らない」
ちょっと厳しかったかもしれないが、また誰かが綾香のせいで大変な目に遭うのは避けたかったのだ。それが沙耶乃なら、尚更のこと。
俺が綾香の術中にはまらないと告げると、綾香はぶんぶんとボブヘアに整えた金髪を振り乱して、首を横に振っていた。
「違うっ! そんなことしない……」
目に涙を浮かべながら、わなわなと後ずさりしながら、くらくらと
「綾香っ!」
俺は身体が自然と動いてしまい、綾香の腰に手を回して、柔らかな身体を支えていた。
「あ、ありがとう……」
「あ、いや……ちょっと言い過ぎた」
まるでチークダンスを踊っているかのような距離で俺と綾香は接近してしまっており、綾香の頬と俺のとが触れ合ってしてしまっている。
綾香はそこから体勢を立て直そうとしていたが、足がもつれて……。
「おわっ! ちょっ、ちょっ、綾香ぁぁ」
「どいてどいて、春臣ぃぃっ!?」
立て直そうとする反動で綾香は一気に俺に体重を預けてしまい、もたれかかってきて、俺は綾香に寄り切られるような形で尻もちをついたかと思うとどてんと倒されてしまっていた。
頭はとっさに引いて、後頭部を打つような真似はしなかったが、綾香の予想外の動きに油断してしまった。俺がしたになり庇ったようなものだけど、床に倒れた衝撃で綾香は「うう」と声を漏らしている。
俺に覆いかぶさる綾香。
不可抗力とはいえ、俺がずっと想いを寄せていた、憧れていた綾香をその腕に抱いてしまっていた。
「大丈夫か!?」
俺を傷つけ、罵倒し一時は憎いとまで思ってしまっていたが、面と向かうと昔はいつも一緒にいた幼馴染だけに心配せざるを得ない。
「大丈夫じゃない……、取ってよ……」
「ああ、すぐ離れる」
「違う、責任取りなさいって言ってんの!」
「責任?」
綾香の言ってる意味が分からない。
なにか俺は綾香に悪いことをしたのだろうか? 反射的に彼女に訊き返したら、
「私を押し倒したこと、春臣が私に呪いをかけたこと、ぜんぶぜんぶ責任取って!」
むくりと上半身を起こしたかと思うと俺の腰のうえに跨がったまま、スレッジハンマーよろしくぽかぽかと俺を責め立てる。
「止めろって! 俺は呪いなんてかけてないぞ」
「かけたよ! 沙耶乃ばっか構って、私のこと
さほど痛いわけじゃないが、綾香の言ってることに集中できないので、手があがった瞬間に手首を掴んで制止させると、今度は別のものが落ちてきてしまう。
頬に落ちる生温かい雫……。
綾香は感極まったのか整った顔立ちを崩して、幼い子どものように泣きじゃくってしまっていた。
「私は春臣のために頑張ってきたのに、沙耶乃、沙耶乃……、私の気持ちを少しでも考えたことあるの?」
「あ、いや……」
綾香の言ってることはおまいうではある。俺だけじゃなく、色んな人に綾香は迷惑をかけてた。だけど、その一因を作ったのは、ほかでもない俺……。
「春臣の告白を受けたって、春臣は沙耶乃の面倒を見るために絶対にデート断ったり、沙耶乃になにかあったら、抜け出すに決まってるもん。そんなの嫌! もう比較され続けるのなんてこりごりなの……」
あいまいな返事しかできないでいる俺に涙を見せながら訴えかけられ、なにもまともに反論せずにいる。
綾香は想いをぶちまけ言い疲れたのか、ゆっくりと上半身はおりてきて俺の胸元で甘えるかのように手と身を寄せた。
綾香の髪からはシャンプーと女の子特有のいい香りが漂ってきて、想いを寄せていた頃のことが無理やり呼び起こされようとしてしまっていた。
「いいよ……」
「えっ!?」
いいよ、ってなんだよ!?
俺と顔を合わす度に尖っていた綾香の表情は柔らかい、いや頬を赤らめて、とろんとした眼差しで俺を見つめてきたかと思えば、目を閉じてなにかを期待して待ちわびているようだった。
違う、そうじゃない。
綾香に振られる前に今のように瞳を閉じる綾香といい雰囲気なったなら、俺は綾香とキスを交わしていただろう。
だけど俺は綾香とそういうことをしに来たわけじゃなくて、ただ普通に話せるように仲直りしようとしていただけだ。
そもそも俺には沙耶乃っていう彼女がいるんだから!
俺は綾香の腰に回していた手を離すと両肩を掴みながら、腕を伸ばして距離を取ると綾香は異変を感じて瞼を開く。そんな綾香に本当に言いたかったことを告げた。
「俺は綾香を信じ過ぎたんだ。今日はただ綾香が反省していると思って、来たわけだし、もし綾香が村瀬や三島に謝る気持ちがあったなら、彼女たちと機会を設けようって思ってたのにつまらないことを考えてるんだったら、帰らしてもらう」
未練はない、未練はないんだが俺だって男だから、綾香に迫られ続けたら危ないかもしれない。
「どうして、そんな些細なことに拘るのよ! 私は春臣とさえ……春臣だけがいてくれればいいのに」
俺はお菓子と飲み物をいただいたので「ごちそうさま、旨かった」とだけ告げ、部屋から出ようとすると、綾香は俺が背中を見せた途端にパーカーの裾を掴んで引き止める。
綾香は行かないで、と別れを告げられた恋人のように俺の胸下辺りに後ろから抱きしめてきていた。
「待って春臣。あのね……私、やっとアイドルに成れそうなの」
はっ、として俺は振り返り、綾香を見た。
返り見た綾香は瞼こそ腫らしているものの、指で涙を拭い、今までツンツンしていた綾香の態度が急に柔らかくなり、素直だった頃の表情を見せてくれていた。
俺はそんな綾香に絆されてしまって、彼女の両肩を掴んで喜んでいた。
「マジか!? 良かったな! まあ綾香は素直でいたら、かわいいもんな」
「あ、ありがとう……春臣」
涙を拭い、素直になって微笑んだ綾香を見た瞬間、どきりとさせられてしまう。子どもの頃、綾香の見せた笑顔そっくりだったから。
慌てて、会話でつなごうと訊ねた。
「で、なんて言うアイドル名なんだ? 事務所は?」
前みたいヤバい芸能事務所じゃないか、ちゃんと確認を取っておかないとまた助けに行かないといけない羽目になるから、そこは大事なことだ。
綾香は俺に手のひらを見せ、ストップというような仕草しながら、意外なことを口にする。
「心配しないで。今度は大丈夫。なんたって黄泉坂の研修生になったんだから」
「えっ!?」
綾香が!?
あれだけオーディションに落ちまくっていたのになんで急に?
いやいや、ここは素直に喜ぶべきところなんだけど、まだ他の不安が俺には残る。
だが無情にも綾香は俺が恐れていたことを口にしていた。
「春臣は来月行われる新メンバーのオーディションに必ず来なさいよ。どうせ大した子はいないから、私が黄泉坂49の正メンバーに選ばれるんだけどね」
俺の頭のなかは真っ白になってしまう。綾香自身が招いたとはいえ、不遇な目に遭っている綾香が念願の黄泉坂メンバーになれるなら、俺は純粋な気持ちで応援したかった。
だけど、俺はゆのちゃんを推していて、二人が必然的に対決になってしまう。
「が、がんばれよ……」
「なによ、もっと応援してよ!」
「いや、してるって」
とんでもないことになってしまった……。
俺はどっちを応援すればいいんだーーっ???
―――――――――あとがき――――――――――
間違いなく綾香は激重に面倒臭いだろうなぁwww
綾香はゆのちゃんに勝てるのか!? いや無理だろう……というお思いの読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。
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