第46話 逆スパイ

 沙耶乃たちが基本的なステップや振り付けを踊っているのを俺はじーっと見つめていた。二人ともポニーテールで髪をまとめていて、額からキラキラとした汗を流しながら、真剣な眼差しでレッスンしている。


「うん、いいよ、ゆのちゃん! その調子だよ」

「はい! さや先輩!」


 沙耶乃の動きに合わせて、ゆのちゃんが追従していた。ついつい見入ってしまい、二人を邪な目で見ていた自分が恥ずかしくなる。


 それにしても、我が妹ながら沙耶乃のダンスのキレは惚れ惚れするほど、贔屓目抜きでも素晴らしい。沙耶乃は子どもの頃にバレエをやっていたから、体幹と柔軟性は抜きん出たものがあったけど、瞬発力が俺から見たら足りないと感じた。


 格闘技のように重い物を持ちあげる必要がないから、ゴムチューブや軽いウエイトなど低負荷をかけて、素早く動くことを徹底したら、いつのまにかキレキレッになってて、驚いたものだ。


「はあっ、はあっ……」

「ちょっと休憩しよっか」

「まだ、大丈夫です!」


 激しい動きにゆのちゃんは息を切らす。一方、沙耶乃は汗こそ掻いてるものの、表情は穏やか。熱のこもった沙耶乃先生の指導にゆのちゃんは必死に食らいつこうとしていた。


「うん、じゃあ水分補給したら、再開しよっ」

「はい! さや先輩」


 ああ……。


 二人は汗を拭うと喉をごくごくと鳴らし、スポーツドリンクで渇きを癒やす。なんだろう、この美しき先輩と後輩のキラキラと輝く青春の一ページは。


 一時間少々、激しくダンスしていた二人だったが、ここでようやく休憩に入った。


「どうかな、お兄ちゃんから見て……」

「どうでしょう? 私のダンスは……」


 美少女二人が俺なんかに祈るように、うるうると潤んだ瞳で訊ねてくるものだから、ドキッとさせられる。


 俺の率直な感想として、ゆのちゃんはリズム感は悪くないが、どうやら体幹が弱いらしく、ターンなどの動作ではワンテンポ遅れているような気がした。


 でもそんなことよりももっと大事なことがある。


「うん、これなら充分アイドルとして成功できると思う!」

「ホントですかっ!?」

「よかったねー、ゆのちゃん!」

「はいっ!」


 そう、ゆのちゃんが自分に自信を持つこと。


 俺は薫子さんが頭ごなしにゆのちゃんを貶す理由が分からなかった。もちろんほぼ完成されたアイドルの理想型である沙耶乃と比べると劣るのかもしれないが駆け出しなら、それで当然だ。


 むしろ、駆け出しの子を育成していくのが、マネージメントではないのか? と、すら思う。


 アドバイスに関しては俺がどうしても気になった点を一つ二つ伝える程度に留めた。いくつも伝えても意味がない。


 ゆのちゃんは沙耶乃と違って、体幹がまだ未完成だったのでアイソメトリック等尺性な筋トレを勧めておいた。


「ゆのちゃんは体幹が少し弱いかもしれない。だから読書か、テレビ見ながらでもいいから、プランクとかフラフープで鍛えるといいかもね」

「はい、ありがとうございます! すぐやってみます!」


 俺は物事を習ううえで一番大事なことをゆのちゃんが持っていることで確実に彼女が研修生からステップアップできることを確信する。



 ゆのちゃんは素直さを持っていたから。


 

 ゆのちゃんと別れたあと、ふらふらと繁華街を歩いていた俺たちだったが沙耶乃はふとなにかを見つけて立ち止まる。


「お兄ちゃん! これ見て」

「ん?」


 沙耶乃の指差す黒板のような色合いの立て看板には、


【水星の魔女コスプレイベント開催(来月予定)】


 と書かれてあった。


 どうやら目の前のコンセプトカフェのものらしく、喉も渇いていることだし、お店の前だからと俺は沙耶乃に訊ねた。


「せっかくだし、寄って行こっか」

「うん!」


 お店に入ると他のお客に給仕していたかわいらしい格好をしたメイドさんが振り返り、俺たちに元気いっぱいの出迎えのごあいさつをしようするのだが、


「いらっしゃいま……」


 俺たちを見たメイドさんはあいさつの途中で口ごもってしまった。


「なおちゃんのバイト先ってここだったんだ!」

「うん、さやのんには伝えようと思ったんだけど、ちょっとメイド衣装がまだ恥ずかしくて……」


 どうも三島がバイトしていたらしく、かわいらしいメイド服を見られるのが嫌だったらしい。


「うー、さやのんはいいけど、君塚に見られるのはちょっとやだ……」

「俺は似合ってると思うけどな」


 沙耶乃から三島はパパ活から足を洗い、汗水垂らして真っ当にバイトするようにしたらしい。


「う、うるさい……ばかにしてんなら帰れー!」

「めちゃくちゃ偉いよ! ファストマネーよりスローマネーって言うしな」

「なにそれ?」

「額に汗して、働くのが一番ってこと」


 三島はきょとんとしていたが、そんなこと分からなくたっていい。沙耶乃は「うんうん」と頷いていたが、これは父さんの受け売りだから。


 俺はちょーっとだけ、綾香の告白で悪口を言われたことを根に持ってて、仕返ししてやろうと思った。と、言っても大したことじゃない。


 突然気づいたふりをして、三島に訊ねる。


「あ、そだ。三島はみたいなサービスはするの?」

「は、はぁぁぁーーーっ!?」


 バンとテーブルを両手を叩きながら、「なにふざけたこと言ってんの!?」みたいな顔をして、俺を凝視する三島。


「こらぁ! なおちゃん、お客さまですよ」

「は、はぁい……」


 だけどマネージャーみたいなメイドさんから三島はたしなめられ、しゅんとしてしまった。


「分かったわよ、やればいいんでしょ! やってやるわよ!」


 半ばヤケクソにやった三島は、


「コンセプトカフェなごみの痛んだ心を治すなおちゃんです♡ お帰りなさませ、ご主人さまお嬢さまのお食事がもっともーっと美味しくなるように愛情をこめたいと思いまーす! それじゃあいっくよぉぉーーー萌え萌えきゅーーん♡」


 堂に入った“萌え萌えきゅん“を俺と沙耶乃に披露していた。


「すげー!」

「なおちゃん、かわいいーっ!」


 思わず俺たちは拍手してしまっていた。


 しかし……だ。


 沙耶乃のオムライスはちゃんとハートマークだったのになぜか俺のオムライスにドクロマークが描かれていた。


 これ……毒とか入ってねえよな?


「美味しかったね、お兄ちゃん!」

「そうだな、また来たくなる味だったよ」


 単にコスプレやメイドで売ってるわけじゃなく、クオリティの高い飲食を提供してくれることに感心した。



 帰り際に会計を済ましたあと、三島は俺の袖を掴む。


「君塚、ありがと。あのとき助けてくれたことにはスゴく感謝してる。今日はいきなり来られて、悪態ついちゃったけどね。今度来たら、お礼を兼ねてサービスするから……」


「別にサービスとかいいよ。俺は安心した。三島がちゃんと働いてる姿が見れて。それにメイド服、すげーかわいいから」

「君塚にそんなこと言われても、嬉しくないんだから!」


 怒ったかと思ったら、三島はうつむく。友だちの顔色の変化に心配そうに沙耶乃が訊ねる。


「とうしたの? なおちゃん、顔真っ赤だよ?」

「ああっ、さやのん……そんなこと言わないでーっ」


 三島は沙耶乃に指摘されて、キッチンへと逃げるように去ってしまった。なんか落ち着きのなさがちょっと心配になるな。


 まあ見た限り、マネージャーとか、お店の雰囲気は良さそうだし、大丈夫か。



 お店を出て数分後。沙耶乃が慌てた様子で立ち止まった。


「お兄ちゃん、ごめん。ちょっとお店に忘れ物しちゃったみたい。先に帰っててもらえるかな?」

「ああ、別に構わないけど、気をつけてな」

「うん!」


 沙耶乃が途中でお店に戻るらしく、俺は一人で繁華街を歩くことになってしまった。もしかしたら、三島となにか話そびれてて、俺に遠慮して話せないことがあったのかもしれない。


 なんにせよ、沙耶乃がクラスメートと仲良くできているのは好ましいことだ。


 沙耶乃と別れて、ぼっちで歩いていると、


「春臣っ!」

「綾香!」


 俺は気合いの入ったおしゃれをしている綾香と遭遇していた。


 あれ、なんか気のせいか、綾香の奴、髪型変わってねえか?


 綾香は俺に話しかけてくるのだが、


「こんなところで奇遇ね」

「そうか? 最近よく家の周りにいてないか?」

「き、気のせいよ……」


 俺の家の周りをうろついているのでとても偶然だとは思えない。


「ねえ、ちょっと私の家まで来てもらえないかしら? まだ春臣に謝れていないから」

「そんなのもうどうでもいいって」

「春臣が良くても、私は良くないの! とにかく家に来なさい!」


 今日の予定はすべて済ましたし、このまま綾香にストーカーされても嫌なので、それを含めて話し合おうと俺は綾香について行くことを決めた。


「分かった。このままストーカーされ続けるのも嫌だから、今日だけつき合うよ」

「ホントに!?」


 俺の言葉に喜ぶ綾香の顔なんて、ひさびさに見た気がする。綾香のことだから、なにか企んでそうな気もするけど……。



――――【沙耶乃目線】


 私はお店に一旦戻り、席に座って待っていた。奈緒子ちゃんも知ってるあの子。待ち合わせていた男の子が入ってくると、奈緒子ちゃんと男の子はお互いににこやかにあいさつしていた。


 世間ではイケメン格闘家で有名らしいんだけど、目の前にお兄ちゃんには一歩も二歩も及ばない男の子が私の正面に座る。


「お待たせして、すみません」

「ううん、私も今来たばかりだよ」


 あいさつもそこそこに、私はバッグにしまっておいたプレゼントを彼に差し出す。白く厚手の紙袋にかじったリンゴのマークがついたものだった。


「はい、これ」

「沙耶乃さんにこんなお手数おかけして、申し訳ありません」


「ううん、こっちこそごめんね。つまらないことを手伝わせてしまって。武文たけふみくん」

「沙耶乃さん……武文は兄で、僕は武秋です」

「そうなの? 知らなかったー」


 プレゼントの中身は綾香ちゃんと同じ機種のスマホ。新品なんだけど、特別な伝手でほんの少し手を加えさせてもらったものを……。


―――――――――あとがき――――――――――

武秋は綾香になびいてなんかいませんでしたぁwww

お兄ちゃんを守るため一枚も二枚も上手の沙耶乃に綾香は勝てるのか!? って、ざまぁ必至なんですけどね。

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