第43話 オーディション【綾香目線】
保健室で勉強していると……。
「失礼しまーす!」
「あら、君塚くん。茅野さんに?」
「ええ、まあ。そんなところです」
養護の教諭が春臣を出迎えていた。春臣が来たということは今日は玉環が休みなんだろう。
(来てくれたんだ!)
最近、玉環が調子こいて、学校が楽しいとか言いだしてきて、はっきり言ってウザいったら、ありやしない。
養護の教諭と他愛のない雑談していることに嫉妬を覚える。そんなBBAと話してないで、私と話ししようよ……。
養護教諭は用事があるようで、春臣との会話をそこそこに保健室を離れた。
またとない好機が巡ってきたことに心がきゅんとときめいている。カーテンの向こうには愛しの春臣がいるのだから。
ベッドの周りを覆うカーテンを開け放って、春臣に抱きつきたい衝動を抑え、澄ましてベッドに座り勉強している振りをして、春臣が来るのを待つ。
恋は駆け引き。
下手に喜んで出て行くと春臣が勘違いを起こして、私が春臣にベタ惚れとか思いこんでしまうから。ホントはそうなんだけど……。
「綾香ー、プリントここに置いておくからなー」
へ!?
カーテンの間からにゅっと手だけが伸びてきて、プリントが椅子のうえに置かれた。置き終えるとその手はカーテンの奥へと消えようとしていた。
ちょっ、ちょっと!
これじゃまるで、することだけ終えると私を置いて部屋を出る屑男じゃない!
「待って! 春臣……」
精いっぱい甘える声で鳴いてみると、春臣の手はぴたりと止まった。
「俺、これから授業なんだけど」
「授業と私、どっちが大事なのよっ!」
私は去りゆく春臣の袖を摘まんで引き留める。カーテンの向こうにいる春臣は行かないで欲しいという私の思いに答えた。
「もちろん……」
「もちろん?」
やけに含んだ物言いに期待に胸が高鳴ってしまう。摘まんだ袖から私のどきどきが春臣に伝わるんじゃないかって、頬が勝手に火照ってしまっていた。
二人きりになった保健室で獣のように発情した春臣からベッドに押し倒されて、私は処女を捧げるの。沙耶乃に頼まれたとか、本心をはぐらかしていたけど、春臣は私に絶対に未練はあるはず。
だって三回も告白してきたくらいなんだから!
でも、春臣の答えは私の予想を簡単に裏切る。
「授業に決まってんだろ!」
(ひ、酷いっ!!!)
はっきりと春臣から拒絶されるような言葉を投げつけられ、思わず摘まんだ袖から指が離れていってしまう。
大丈夫。
諦めたりなんかしない。春臣は照れ屋さんでホントはまだ私をものにしようと狙ってるんだから!
――――電車内。
春臣に邪険に扱われるのも馴れてきた頃のこと。もしかしたら、私は春臣に対してはMなのかも、って思ってしまっていた。
めちゃくちゃに春臣に愛されたい……。
その布石となる鍵を手に入れたのだから、使わない手はない。今は邪険に扱う春臣も黄泉坂の研修生から勝ち残り、正メンバーに選ばれれば考えを改めてくれるはずよ!
それにしてもあの女……冗談みたいな痛い格好していたけど、黄泉坂のマネージャーっていうことは本当だった。今度はちゃんと親と相談して契約書を書いたから、間違いはない。
私の下を去った美穂や奈緒子……もし黄泉坂の正メンバーになれたら、絶対にすり寄ってくるに違いない。
でももう遅いのよ!
私を裏切って、沙耶乃についたことを後悔させてやるんだから!!!
インスタに新たに黄泉坂の研修生に選ばれましたとか、笑顔の写真を載せたら馬鹿な男どもがかわいいとか騒いでる。
生まれ持った美しさ、って罪よね。
近日中に行われる沙耶乃の欠けた穴を埋める正メンバーオーディションに選ばれた暁には私の夢がついに叶う!
そうすれば、日本中の男どもが私の魅力にひれ伏すの。
でも他の男どもが何人ひれ伏そうが私にはまったくうれしくもない。沙耶乃が悔しがる姿が見たいの。
私の実力を見直した春臣は告白してきて、それを受け入れた私は春臣と激しく愛し合う……。
ああっ、そんな光景を思うだけで濡れてきてしまいそう。
春臣との愛の営みを沙耶乃が指を咥えて見てるとか思うだけで、最高な気分にさせてくれる。春臣の寵愛を奪った泥棒猫の沙耶乃からすべてを奪い返す、そして沙耶乃は今の私のような立場に陥るの。
(せいぜい恋人を盗られた私の苦しみを味わうといいわ)
YMS劇場にはトップアイドルとされる篠原麻美、葛城星奈、ヴィレッタ高坂がファンに手を振りながら、余裕そうに入ってゆく。
ふん!
歳も変わんないし、かわいいかわいいとか騒がれてるけど、沙耶乃に比べると劣ってるんでしょ。なら私が負けるわけない。
見てなさい。
私があんたたちを蹴落として、センターの座と春臣の愛を勝ち取るんだから!
華やかな表玄関からあの女のメモに従い、ビルとビルの隙間にある陰気な狭い通路を歩いてる。今日は晴れているけど、雨が降ったら傘も差せないじゃない!
所々塗装が剥げた通用口の鉄の扉を開けて階段をおりると地下駐車場に繋がってる。その奥には冴えない中年の警備員が目の前に座っていた。
「んー、見ない顔だね。黄泉坂の研修生かな?」
「そうよ! 見て分からない? いずれセンターになる茅野綾香よ。ちゃんと覚えておいて」
「は、はぁ……」
未来のセンターの私に向かって、気のない返事を返すなんて、あり得ない。契約のときに渡されたパスを見せ、冴えない警備員の詰所を通り、研修生のミーティングルームへと向かう。
私は沙耶乃みたいにのんびり研修生を続けるつもりなんてないんだから。ただの正メンバーの引き立て役で終わるつもりなんてない。篠原麻美、葛城星奈、ヴィレッタ高坂、伊原愛莉、坂口美嘉、村松葉子……全員、私の引き立て役にしてやるの。
沙耶乃にできたんだから、私にもできるはず。
「あの、もう始まっちゃうよ」
ミーティングルームの前で私の目標をはっきりと定めていると後ろから話しかけられて振り向くと小動物のように気弱そうな女の子がいた。
「あなた、名前は?」
「朝霧ゆのです。よろしくお願いします!」
「ゆのね、私は茅野綾香。いずれセンターになる者よ、よろしく」
こういうのは最初が肝心。
先輩だからって一歩も引いちゃダメ。
初対面でどっちが立場がうえなのか分からせないとならないの。でないと一生、したの立場で過ごすことになる。
それが私とゆのの出会いだった。
――――数日後。
パンパンパンパンッ!
薫子に小出しに春臣と沙耶乃の情報をリークすることにより、黄泉坂の研修生のなかでは特別な待遇を得ている。
だけどそれだけじゃ足りない。
沙耶乃を寝取る間男にご登場願わないとね。
汗がキラキラと光り、四角いリングのうえにこぼれ落ちる。まるでなにかが爆ぜるような炸裂音が響くなか、イケメンが上半身裸で無心でトレーナーの持つパンチングミットを叩いていた。
私以外にも女子が見にきていて、集中するイケメンを見て両手を祈るように組んで、うっとりした目で眺めている。
バスッ! バスッ!
「くうーーーっ」
イケメンの鋭いパンチに思わず声をあげて、パンチングミットを持った手を痛そうに振っていた。
「ありがとうございましたーっ!」
イケメンはトレーナーに丁寧にお辞儀をして、ミット打ちを終える。
「お、おまえがなんでここにいる!?」
窓から私が手を振るとタオルで汗を拭っていたイケメンが気づいて、声をあげていた。私だけに男が声をかけたことにより、見にきていた女たちの注目が集まる。
私が欲しいのはこれよ、これ。
女たちからの嫉妬と羨望。私は八神武秋に声をかけられるような特別な女なんだから。
―――――――――あとがき――――――――――
こじらせてたから仕方ないんだけど春臣をぞんざいに扱ったざまぁで授業以下の扱いになってしまった綾香www だけど春臣への想いはホンモノなのでポンコツ綾香頑張れと思う読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。
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