第40話 類は友を呼ぶ【薫子目線】【ざまぁ】

 ドルルルルルルルーーー♪


 V型四気筒のパルスが身体に響いてくると私を高揚感で満たしてくれる。


 私は黒のライダースーツに身を包み、パパにおねだりして買ってもらったPanigaleパニガーレ V4Rを駆り、さやの家の近くで彼女の動向を探ることにした。


 さやの意中の男をあぶり出すために。


 ゴシップ記事がさやのあの冴えない兄を彼氏だとか書いたみたいだけど、馬鹿馬鹿しいほどにも限度がある。案の定、ネットでもゴシップ記事を書いた記者はさんざん叩かれてるくらいなんだから。



 どけどけー! 大衆車ごときが私の前を走るなんて許さないんだから!



 高速道路を飛ばしていると追い越し車線をトロい車が占拠してるのでパッシングしてやっても、なかなか退こうとしない。イラッとして、走行車線に車線変更し、左追い越しでぶち抜いてやった!


 ストレスの溜まったとき、高速をぶっ飛ばして二百キロで走れば、スカッとする。高速のICから下道を走るとさやの自宅付近へ到着した。


 ここ一週間、さやの自宅まで通い動きを見張ってはいるものの、男と接触した気配すら掴めない。


 おかしい。


 警戒して、尻尾を出さないっていうのかしら?



 ドゥルン♪ ドゥルン♪


 

 アクセルを軽く煽ってエンジンを切った。単車を停め、ヘルメットを脱いでタンクのうえに置いたら長い髪を首を振って、棚引かせる。


 走っているとイキそうになるくらい気持ち良いのだけど、化粧落ちするのと髪がぺったんこになってしまうことだけが残念。


 さやの彼氏……いったいどんな男なの?


 考えごとをしながら、高いシート高によるつま先立ちからサイドスタンドが上手く出せなくて、車体がどんどん傾いてゆく。


「あああーーーー!!!」


 疲れて横になろうとする愛馬を両手と片足で支え踏ん張るものの、女の私に二百キロの車重を支え切れるものでない。


 転かしたら、修理代がとんでもないことになるぅぅぅーーー!!!


 倒れまいと必死に踏ん張っていると、


「ちょっとぉ、そこのおばさん! 私の春臣にストーカーするのは止めてもらえない? はっきり言って迷惑なんだけど!」

「お、お、おばさん!?」


 そんな私に、後ろからふざけた言葉を吐いたので振り向いてしまったのが間違いだった。



 ガッシャーーーーン!!!



 愛馬は残念なことに大地に横たわってしまった。タンクのうえに乗せていたヘルメットがごろごろと車道に転がってゆく。新品同様だったものはガリガリに削れて、シールドも割れてしまってすでに傷物……。



 諸経費こみこみで五百万円の愛馬が無残な姿を晒してしまい、私は呆然と立ち尽くす。



 ふと我に返り引き起こそうにも、イヤイヤ犬のようにビクとも動かない。おまけにドライカーボン製のウィングレットが根元からばっきり折れてしまって、発狂しそうになる。


 傷心の私に声かけてきたクソガ……、

 

「ふん! 私の春臣をつけ回した天罰よ」


 ギャル風の小娘が私の愛馬を立ちごけさせてしまったことを嘲笑っている。ゆ、許さない。怒りがこみあげてきて、思わず小娘を平手打ちしそうになったときだった。


 春臣? 


 小娘が出した名前に聞き覚えがあり、あの冴えない沙耶乃の兄だと私のなかで点と点だったものが線でつながる。私は無残に転んだ愛馬のことも忘れて、小娘に訊ねていた。


「あなた……白石さやを知っているの?」

「知ってるもなにも、あの子は私の幼馴染で憎たらしい恋敵よ!」


 私にとっては小娘のほうが百倍憎たらしい!


 だけど、この憎々しい小娘の言うことに驚いた。


 白石さやの相手を知っているってこと!?


 ずっと探りを入れていたのにまったくさやのお相手を見つけられなかったのに、小娘は知っていて、しかも恋敵だと言うのだ。


 哀れに折れたウィングレットを捨て去るとJAFに愛馬の引きあげを頼んだ。JAFが来るまで理由をなんだかんだとつけて小娘を無理やり捕まえ、近所のファミレスに案内させ押しこんだ。


「なんなのよ! 私は忙しいんだから!」


 小娘は怒りを露わにしているが、そんなことお構いなしに彼女に話しかけている。別に小娘に一ミリも興味がないのだが、さやの男を探るには必要だろうと思い、仕方なく訊ねたのだ。


「あなた、名前は?」

「ふん! 人に名前を訊ねるときは自分から先に名乗るのが礼儀でしょ? それでも大人なのかしら? それになんなの? そんな格好で歩き回るとかただの痛い女じゃない」


 これだから、小娘は……。


 癪に障ることを言って、人をとにかくイラつかせる。この格好でファスナーを胸元まで下げて挑発するとパパが喜ぶことを知らないのかしら?


 でも、私はオ・ト・ナ……。


「失礼したわ。私はこういう者よ」


 いちいちマウント取ってくる小娘に私の怒りは爆発しそうになるが、若いだけで女の魅力を勘違いしていることを分からすために、小娘に大人の女の余裕を見せ名刺を渡す。


 本当はカードを手裏剣のように投げつけながら渡したかったけど!


 すると小娘はカードを両手で持って、ぷるぷると震え出していた。



 まったくなんなのよ。



 また馬鹿にしたように笑うのかと思ったら、


「本当なんですかっ!?」

「は? なにがよ?」

「黄泉坂49合同事務所って……」


 今まで無礼な物言いだった小娘は私を羨望の眼差しで見てきていた。小娘は名前を名乗ることも忘れて、黄泉坂にやたらと食いついてくる。


 ふーん、だったら……。


「教えてあげる。私は黄泉坂でチーフマネージャーしてるの。白石さやは私が見いだしたのよ。どう、恐れいったかしら?」


 天下の黄泉坂のチーフマネージャーで白石さやを世に知らしめた存在、それこそ、ワ・タ・シ!


 ていうか、私が黄泉坂のセンターだってこと知らないのかしら?


 さっきまでの小娘の態度は一変し、素直にうんうんと頷いていた。私は止めに衝撃の事実を伝える。もうこれで小娘は私に一言も逆らえないはず。


 私にひれ伏すがいい!


「ついでに教えてあげる。私は黄泉坂の元センターだったのよ」

「知らない」


 私が腕組みしながら、ふふんと鼻で笑いドヤ顔で語ってやったのだが、小娘は平然として頼んだタピオカミルクティーをなに食わぬ顔で啜っていた。 


「な!? なんですってーーーーっ!?」


 ビッチ面して、なにを咥えてそうなくせして!


 私が血と汗と涙と愛液で身体を張りに張って、勝ち得たセンターの座だったことを知らないだなんて、これだからZ世代って嫌いよ!


 この際、私のことはいい。大事なのはさやのこと。小娘の気に入るようなことで釣り、さやの男の情報を聞き出すほうが肝心だから。


「あなた、もしかしてアイドルになりたい口?」

「私、茅野綾香って言います! 私なら沙耶乃、いえ白石さやを越える逸材だと思ってますから」


 鑑定を行ったほうが良いんじゃないかと思えるくらいの自信家ぶりに私は口に含んだブラックコーヒーを吹き出しそうになる。


 オーディションでもこういう子はよく見かけていた。でもその自信に実力が追いついていないのが、ほとんどで口だけなら、いくらでも言えると伝えて、その場で落としている。


 この程度の子なら、吐いて捨てるほどいるけど、さやの復帰に関わってるなら話は別だ。私は綾香を交渉のテーブルへと導く言葉を伝えた。

 

「綾香さん、さやの男について詳しく教えてくれるかしら? そうしたら、事務所を紹介してあげる」


 せいぜい、綾香程度のルックスならローカルな地下アイドルが関の山。私がそう思っていると、綾香はとんでもないことをしれっと言ってのけた。


「だったら私を黄泉坂の研修生にしてください。敏腕マネージャーならできるでしょ? それとも沙耶乃を復帰させたくないの?」


 ぐぬぬ、人の足元見てきやがって!


「あら、あなたこそ、アイドルに成りたくて成りたくて仕方がないんじゃなくて? 私にそんな上から目線の態度を取っていいのかしら? 私が一声かければ、研修生ぐらいすぐに成れるわよー? どうするの?」


 長幼の序ってものを分からせてやんないと、この手の子はすぐにつけあがるんだから!


「そんな態度、取っていいんですか? 白石さやのこと知りたくないのかな?」

「なら教えなさいよ! さやは本当に妊娠してるのかって! 二人の側にいるならそれくらい分かるでしょ!」


 綾香相手に思わず腹を立てて、周りも気にせず大きな声で怒鳴ってしまう。腹を立てる私とは対照的に綾香は急にお腹を抱えて、笑い出していた。


「沙耶乃が妊娠? ぷっ……あーはっはっはっ! ウケるー、ホントウケるー。そんなわけないじゃないですか、まだ絶対に二人は清いままですよ」


 それを聞いた途端、綾香に向かって乗り出した身をおろして、ストンと薄いクッションの椅子へと腰かけていた。


 安堵。 


 さやに限って、妊娠とかあり得ないと思っていたけど、事実を知るまで納得いかなかった。さやの幼馴染だという綾香の言ったことに、私は張り詰めていた神経がぷっつり切れてしまう。


「ちゃんとお願いしますって言えたら、研修生の件考えてあげる」


 私の出した提案に綾香はしっかりと頷いて、答えた。


「分かりました。私は春臣を沙耶乃から奪い取り、黄泉坂へ復帰させる。あなたは私を黄泉坂の研修生に引き立てる……、それで取り引き成立ということで」


 ふーん、そこまで頭は悪くないみたい。


 さやを復帰させるにはあの邪魔な男の排除は必要。いいじゃない、ちょうどいい使い捨ての駒が手に入ったのだから。


「分かったわ。じゃあ、これで」

「待って!」


 立ち去ろうとすると私の腕を掴んで呼び止める綾香。


「なに? 連絡先は名刺の裏に書いてあるわ。研修生のことは追って連絡を入れるから」

「ちゃんと書面にしてください。口約束とか、裏切られるのはもうりですから!」


 今日は契約書なんて持ち合わせていない。仕方がないので綾香に研修生用の臨時通行証とメモを渡しておいた。


「これで満足? 近日中に劇場に足を運びなさい。そこで正式な契約を結ぶわ」


 そう私が伝えると気の強そうな性格にしか見えない綾香は目に涙を浮かべて、臨時通行証とメモを胸にしっかり抱いていた。


 まだ研修生だっていうのに……。


 綾香がどの程度使えるのかは分からない。でも彼女がさやの男を寝取ってくれさえすれば、こちらとしては傷心のさやに「あなたにはアイドルしかない」と植えつければ、復帰は間違いなし!



 あっ!?



 綾香の分の会計を済ませ、ファミレスから出たときに気づいた。


(私、この格好で電車に乗って帰らないとならないのかしら?)


―――――――――あとがき――――――――――

明けましておめでとうございます。新年からまた読んでいただけて、作者感無量です(≧▽≦)

綾香は沙耶乃から春臣を奪おうと思ってるバカかわいさがあるんですが、薫子……おまえはダメだ! と思われた読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。


【ネトラレうれしい!】というタイトルでNTRざまぁラブコメ新作書いてみました。良かったらご覧ください。

↓表紙リンク

https://kakuyomu.jp/works/16817330667920018002

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