第36話 聖地デート

――――週末の夜。


 最近、綾香がうろついているが、俺を恨んで寝首でもかくつもりなんだろうか?


 幸いというか、偶然というか沙耶乃がお布団にこっそり忍びこんでいて、救われている。だから、最近潜りこんでいても怒るに怒れない。


 添い寝はマズいので俺の部屋で寝るぐらいは許可するしかなかった。下手に禁止ってしてしまうと、沙耶乃は暴走しかねないから……。


 おパンツ丸出しはいくら俺の前でもはしたないと注意すると沙耶乃は次の日から、ちゃんと下を穿いてきていた。


 ベッドに眠る沙耶乃に向かって、


「沙耶乃、もう寝た?」

「ううん、起きてるよ」


 起こさない程度の小さな声でささやいたのだが、沙耶乃は即座に拾っている。俺は声のトーンを通常に戻し、訊ねた。


「そっか、良かったら明日デートに行かないか?」

「うん! 行きたい!」


 OKをもらい、安心する。もし、綾香と付き合ってたりしたら、俺はデートに誘うだけで一日がかりで決心して、言おうか言うまいか、更に一日を要してたことだろう。



 綾香の事件以来ごたごたが続いて、アイドルを休業扱いにしてもらい、沙耶乃にせっかくの暇ができたというのにまともにデートすらしていなかった。


 その罪滅ぼしというわけではないのだけれど、沙耶乃がずっと行きたいと行っていた聖地へと俺たちは向かっている。



 ふふふふーーん♪



 沙耶乃は久々のデートで嬉しいのか、駅までの道すがら鼻歌を口ずさみ、上機嫌だった。


「今日はずいぶんと嬉しそうだな?」

「それはそうだよー! なんたってお兄ちゃんと一緒に聖地に足を踏み入れるんだからねっ」


 手を後ろで組んで、俺の前へ歩み出たかと思うとくるりと振り向き、満面の笑みで喜びを表現する沙耶乃がかわいくて、ドキッとさせられる。


 駅のホームでしばらく待っていると各駅停車の電車をやり過ごしたあと、快速電車が到着した。まだ休日の早い朝の電車内は人はまばら。快速電車が次々と駅を通過するごとに外の風景は田舎町から都会へと風景を変える。


 ふと車内の釣り広告を見るとゴシップ紙が出ていて、『学業のため休業中の白石さやに男の影』なんて好き勝手に書かれてる。


 一体、沙耶乃の男って誰なんだよ!


 俺がさすがゴシップ紙と鼻で笑ってると、沙耶乃もその広告を見たようでふふっと笑っていた。


 まさか……。



 俺?



 途端に辺りをきょろきょろと挙動不審気味に見回すも、それらしき怪しげな人物の姿はない。


 ローカル線からメトロに乗り換えると途端に乗客の出入りが激しくなった。人波ではぐれないように沙耶乃と手を繋ながら、メトロの真橋駅の改札を出て、地上へと出るとうみかもめへと乗り換えた。


 沙耶乃と一緒に車内に乗りこむと、男性客の視線が一気に沙耶乃へと注がれているのが手に取るように分かる。


 沙耶乃は黒く大きめのマスクで身バレしないようにしているものの、その程度で沙耶乃のかわいさが揺らぐことはなく、その美しい目元が色褪せることなんてない。


 座席に座りながら、スマホの画面に釘付けになっていた若い男の子は今は沙耶乃から目が離せないでいるようだ。


 二人の子どもと奥さんと家族で乗り合わせている男性客は沙耶乃に気を取られ、奥さんの目が吊りあがってることを知らないでいる。


 沙耶乃がそんな感じなので、手を繋いでいる俺にも注目が集まったのだが、それは決して好ましいものではない。


 羨望よりも嫉妬とやっかみ。


「お兄ちゃん、あそこの席開いてるよ。一緒に座ろうよ」

「そうだな」


 俺が沙耶乃に返事すると周囲から「なんだ、兄貴か……」と安堵の声が微かに聞き取れた。沙耶乃がお兄ちゃんと俺を呼んだことで、魔法の言葉のように男たちの嫉妬の焔はシュッと鎮火されたような感じ。


 沙耶乃にしばらくデートに行けていないことを謝ると「毎日、お兄ちゃんと一緒だからいいよ」なんて遠慮しているがそういうわけにもいかない。


 俺は沙耶乃にとって、聖地とも言える場所でのデートを画策していた。普通の女の子なら、ほぼほぼ喜ばないであろう場所だったのだけど。


 釣った魚に餌をやらない男が一番嫌われる。


 もちろん沙耶乃が釣れてるとか思ってないし、心変わりして、俺なんかより良い男がいれば、乗り換えるのも兄としては仕方のないことだとも思っている。


 うめかもめに揺られ、ゆっくりと流れる車窓がいつもなら、もどかしくて仕方ないのに隣で座る沙耶乃がそっと身体を傾け、身を寄せるともっとゆっくり時が流れて欲しいと思ってしまう。


 俺と沙耶乃では差があり過ぎるのだ。


 それでも俺に好意を寄せてくれる沙耶乃が妹以上にかわいく感じてしまう。いつも自然に撫でていた手に緊張からかこわばりを感じながらも、頭を寄せる沙耶乃の髪を撫でると、彼女は幸せそうに目を細めていた。


 YMS劇場へと送迎していたときは、沙耶乃は地味な格好をしていたし、実の妹だと思いこんでいたので、あまり意識していなかったが、彼女って思うだけでどきどきと胸が高鳴る。


 ピンクのフリル付きのブラウスに黒のフレアスカート……、いわゆる地雷系のファッションに身を包む沙耶乃を見るとロリとまではいかないが、妹感が強いのが救いだろう。


 ウェーブといかないまでも、今朝母さんにセットしてもらっていた緩い巻き髪のツインテールが首筋に触れるようなとても近い距離感に俺と沙耶乃はいる。


 漆黒の美しく艶のある髪からはシャンプーと沙耶乃から醸し出るとても良い香りが漂ってきて、俺を幸せな気分にさせてくれていた。


「お兄ちゃん、起きて。着いたみたいだよ」

「あ、うん、ありがとう」


 あまりにも幸せな時間でゆっくりと揺られる車内と陽気で、俺はうとうとしてしまい軽く居眠りしてしまったようだ。

 

 沙耶乃に起こされるとちょうど車内アナウンスで臨海駅を案内していた。


「お兄ちゃん、早く早く!」

「あ、ああ」


 すでに立っていた沙耶乃は俺の右手を両手で握って、引いてくれる。逸る気持ちというよりおちおちしているとドアが閉まってしまうので、沙耶乃は焦っているようだった。



 駅改札を出て、広場のようになった駅前デッキペデストリアンデッキを見ると天気がよいので家族連れやカップルがベンチに座り、楽しそうに過ごしている姿が多く見られた。沙耶乃は仲よく手を繋ぐカップルを見たかと思うと俺の顔を見つめてくる。



 無言で微笑む沙耶乃。



 言わずもがな手をつなげ、と目で訴えてくるので「あ、はい」と慌てて返事して、恋人繋ぎをすると途端に柔らかい手の感触と温かみが伝わり、嬉しいやら恥ずかしいやらで鼓動は高鳴り、体温が上昇していた。


 よかった。


 満面の笑みで歩く沙耶乃を見ると、周りはどう思おうが俺でも恋人役が勤まっているのかと安心する。そんな沙耶乃は走り出して、俺の手を強く引く。


「お兄ちゃん! ユニコーンガンダムだよっ!!」


 ガンダムベースに来たと実感させられる巨大なモニュメント、いやモビルスーツに沙耶乃のテンションが一気にあがっていた。量産機好きの沙耶乃でもあのユニコーンガンダムは関心があるのかと訊ねたら、


「沙耶乃でも主役機に興奮するんだな」

「うん、ここは特別だよ。アナハイムの倉庫みたいなところだもん!」


 沙耶乃の返事に、なるほど言い得て妙だなーと感心させられていた。まあアナハイムだけでないのだけれど。


 沙耶乃は振り返りながら、お出迎えのガンダムに手を振りつつ、ダイバーシティという大型商業施設のなかへと入っていった。


 長いエスカレーターを昇っている間も沙耶乃の心は躍っているのか、繋いだ手からうきうきわくわくしているのが、文字通り手に取るように分かる。


 踏み段から乗降板に乗り移る際にも、ぴょんとかわいく小ジャンプしたことからも沙耶乃のうれしい気持ちは相当のものだった。


 エスカレーターを降りた先の白い壁にグレーのGANPLAの文字を見た沙耶乃は、


「わぁーーーっ! 初めて来れたよっ!!!」


 初めて来る聖地に目を輝かせ、よろこんでいた。一緒に店内に入ると柱に埋めこまれたガラス窓のディスプレイスペースにはさまざまの大きさのRXー78が飾られてある。


 目を輝かせながら、ガラスケースには目移りするほどの人気モデラーたちの芸術的とも思える力作が並んでいた。


 その多くはガンダムやライバルの固有機だったのだが、そのなかで量産機を見つけては俺を呼んで、その量産機の良さを語っている。


「特長がないのが特徴だよー」


(まさに量産機じゃん!?)


 ライトブルーのMSをかわいい小物を見た女の子のような感じで目を輝かせていた。初めて来る沙耶乃に解説されながら、見て回るとお目当ての場所へたどり着くと、


「すっごーーーいっ! 宝物の山だぁぁぁ!!!」


 沙耶乃は祈るように手を組んで感嘆の声をあげている。確かにステージセットに俺の胸くらいまで積み上げられたガンプラを見たら、ガンプラ好きならそう思えることだろう。


 すっかり少女というより少年みたいになってしまった沙耶乃は圧巻とも言えるほど、目前に迫る棚全部にガンプラが埋め尽くされてる光景にきょろきょろ目移りして、落ち着きがない。


 立ったり、しゃがんだり、中腰にならながら、棚を見ていく沙耶乃に着いてゆくと……、



「リゼルっ!」



 沙耶乃はブルーの機体が描かれた大きな箱を指差した。


「確か、可変機なんだよな?」

「うんっ! 量産機なのに可変できるのー。普段はぽわんとしてるけど、いざとなるとお兄ちゃんみたいに強くて格好よくなるところなんて、似てるよ」


 UCのもう一人の主人公とも言えるリディの最初の愛機の箱をまるでテディベアのぬいぐるみのように大事そうに抱えた沙耶乃だった。


「じゃあ、今日はリゼルを買って帰ろうか」

「うんっ!!!」


 沙耶乃の言ったことが、MS形態とMA形態……、どちらを指すのか分からなかったが、沙耶乃から頼られるのは嬉しい。


 そのあと、アンクシャとアッシマーを欲しそうに見ていた沙耶乃だったが、また二人で一緒に来ようと伝えると納得してくれた。



 ダイバーシティのフードコートでテイクアウトのドリンクを買い、外に出て海沿いのプロムナードを二人で歩くとようやく年頃の男女のようなデートだと実感する。


 俺はどこか異空間に出現したような逆三角形が四つ並べたアヴァンギャルドな建築物を眺めながら、海辺の鉄柵に肘をかけたあと、訊ねた。


「沙耶乃、こんなデートで大丈夫だったか?」

「どうしたの、お兄ちゃん?」


 俺の問いに沙耶乃はきょとんとして、不思議そうな顔をした。


「いやさ、女の子の好きな場所とかでデートしたくないのかなぁ、って思って……」



 ブンブンブンッ!!!



 卑屈になってしまい俺がデートコースの選びのセンスのなさを詫びるように伝えると沙耶乃は大きく首を横に振る。


「ううん、ぜんぜんそんなことないよ! お兄ちゃんは沙耶乃が一番来たいところに連れて来てくれたんんだから! 沙耶乃ひとりじゃ、入れなかったかも……」


 沙耶乃は少し俯いたかと思ったら、俺の手を両手で握る。


「今日はとっても素敵なデートをありがとう、お兄ちゃん!」


 ちゅっ!


 申し訳なさから、沙耶乃を直視できないでいると、頬に沙耶乃の艶のある唇が触れた。沙耶乃を見ると照れて頬が赤くなってしまっていた。


「あはは、う、うん。どういたしまして」


 俺も照れて、お茶を濁すように笑っていた。



 帰りの電車をホームで待っているなか、沙耶乃が終始満足そうな顔でいてくれることで、聖地デートに来て良かったと思っているときだった。


 一両目の停車位置に知り合いの顔を見つけた。


「あれ? あの子って、朝霧さんだよな?」

「うんうん、そうだね」


 以前、会ったときは自信のなさそうな小動物のような感じだったが、今日はそんな感じではなく、それどころかまったく覇気が感じられない。


【電車が通過します。黄色い線の内側まで下がってください】


 俺はそんな彼女に違和感を感じると、


「って、おい……おいおいっ! 沙耶乃、これ頼むっ!!!」

「えっ、ええっ!?」


 沙耶乃に買いこんだガンプラを預けると俺は全力疾走していた。


 黄色い線を跨いだゆのちゃんは、向かい側をぼーっと見ながら、ホームを通過する快速電車に躊躇ちゅうちょなく飛びこもうとする勢いで歩いていたのだから!



 ファァァァーーーーン♪



 通過する電車からけたたましい警笛が駅のホーム中に響いていた。


―――――――――あとがき――――――――――

やはり聖地でデンドロビウムやネオジオングを買って帰るのは猛者でしょうかw

作者は懲りずにMGのEx-sガンダムが早く再販されないかなぁ? と思っております。あんまヤムチャすんじゃねえぞ、と思われた読者さまはフォロー、ご評価お願いいたします。

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