第21話 紛い物

「その子、未成年ですよ」


 三島の頬をひっぱたいて、ラブホに連れこもうとしていたリーマン風のおっさんに声をかけた。沙耶乃は俺の後ろに隠れて、うんうんと首を縦に振っている。


 俺がおっさんに教えてやると、ずかずかと目の前にまで歩いてきて、柄の悪い口調で凄んできた。


「なんだぁ? なんか文句あんのかよ、ガキが! 俺もしょっぴかれりゃ、こいつも同罪だ。そこんとこ分かってんのか!」


 おっさんが怒鳴るたびに酒臭い息が吹きかかって、ただでさえあんな場面見たあとで気分が悪いってのに、さらに気分を害しそう……。


 三島に目をやると、まぶたが落ちかけており眼球が充血していた。それから分かることはひとつ。


「彼女、酔ってますよね? それに暴行を働いて、無理やりホテルに連れこんで淫行したら、下手すりゃ準強制性交罪で後ろに手が回る。しかも相手は未成年、そんなの会社にでもバレたらヤバいのはあんたなんじゃないのか?」


 凄まれようが俺には関係ない。俺は毅然きぜんとした態度で言い放った。おっさんには小生意気なガキに思えてならないだろう。


 三島は襟首を掴まれたままぶるぶると震え、おっさんと俺のほうを交互に見ていた。


「減らず口を!」


 俺の言葉に強く反応したおっさんが叫ぶと三島はびくっと身体を過敏に震わす。その怒声にまったく動じることなく、俺はおっさんの目を見据えながら、おっさんの立場のほうが不利だと訴え続ける。


「学生は退学させられても別の学校に入って、やり直せるけどさ、社会人だときついんじゃないの、特にあんたぐらいの年齢だったら?」


 おっさんは見た目アラフォーぐらいだから、再就職するにしても、楽じゃないだろうと俺は勝手に踏んでいた。


「くそっ、くそっ、くそったれがぁぁっ!!!」

「ひっ!?」


 おっさんは一瞬黙りこんだかと思えば、ぶち切れたように激高する。三島は恐怖のあまり声にならない叫び声をあげている。


「おまえのせいで、おまえのせいで……」


 拳を握りしめたかと思うと振りあげ、しゃがみこんでいる三島めがけて打ち下ろそうとしていた。



 ガシッ!



 俺は咄嗟におっさんの振りあげた腕を掴んで制止する。


「止めとけよ」

「は、離せったら、離せよ!」


 おっさんは掴まれた手首を振り解こうとするが俺ががっしり掴んでいるのでその程度では外れない。


「俺はあんただけが悪いなんて思ってない。こいつだって、充分悪い。あんたからたっぷり甘い汁啜ってたんだからな」


 おっさんの腕を掴んでないほうの手で三島を指差しながら彼女を糾弾すると、腕を胸前に不安そうに抱えて俺から目を背けていた。おっさんの話が本当なら、どんだけ貢がせてるんだよ、って思ってしまう。


「あ、ああ……」


 俺がおっさんに共感するような言葉を伝えると、抵抗しようとしていた腕の力が抜けてきたので、俺は掴んだ手を離す。すると、すとんと腕は力なく垂れた。


「返してやれよ、今日の分だけでもよ」


 俺はこの場を丸く収めようと三島に受けとったパパ活の報酬の返還を求めたが、三島は怖い目に遭っているというのに、ぶるぶると首を横に振る。


 埒が開かないと思っていると俺の後ろに隠れていた沙耶乃がしゃがんで三島の目線に合わせながら伝えていた。


「ナオちゃん……お金を稼ぐのって、本当に大変なの。寝る時間も惜しんでお稽古したり、トレーニングしたり。いっぱい嫌なことも経験すると思う。おじさんも一生懸命働いて、お金を稼いでるんだよ。だから返してあげよ、ね?」


 優しく三島に微笑んで、諭す。高校生でお金を稼ぐ……沙耶乃はちゃんと働いて、それを実践していた。


 沙耶乃は超売れっ子だったが、その割にはもらっている給与は少ないように思えた。ある意味、育ててもらった恩返しとして黄泉坂のメンバーを食べさせていたとも言えるだろう。


 同性の沙耶乃の言葉にようやく納得したのか、アスファルトに女の子座りでへたりこんでいる三島はブランド物の財布を開いて、おっさんに三万円を渡そうとすると、おっさんは引ったくるようにお金を掴んでポケットに乱雑に突っこんだ。


 さらになにを思ったのか、おっさんは吐き捨てるように三島に言い放つ。


「最後に言っとくがな、ナオ。おまえの着てる服はまがい物なんだよ!」


 おっさんの物言いに三島は酔いが完全に覚めたようにはっとして、戸惑う。


「えっ!?」


 三島の戸惑う表情を楽しむかのようにおっさんはにやつきながら続けた。


「おまえがブランド物と自慢してるがな、俺には分かるぞ。生地からして安物だ」

「嘘っ、嘘っ、嘘っ! ナオの服は読モの友だちから買ったんだもん! このニットだって二万もしたんだから!」


 読モ……俺に思い当たる節はあいつしかいない。



 綾香だ!



 おっさんはご丁寧にも三島に詳しく解説し始める。


「じゃあ、そいつは飛んだ食わせ物だな。せいぜい十分の一の価値だ。俺はこう見えても一流アパレルメーカー勤務。生地どころか、製品の善し悪しなんざ見て取るように分かる。おまえは馬鹿なんだよ。俺から貢がせて、そいつに貢いでたってわけなんだよ」


「嘘……」


 言い終わるとおっさんは満足したようにポケットに手を突っ込んで夜の街へと消えていった。三島は今までブランド物と信じてきた衣服が偽物と知り、立ちあがれずにへたりこんだままになっていた。


 綾香はショールームに置かれた最高のマネキン。たとえ粗悪品でも虚飾で覆い、買う者を裸の王さまへと変える。


 俺の幼馴染が友だちまで騙すまで堕ちるとは……。


「ううっ、ううっ、ひっぐひっぐ……」


 一難去って、緊張の糸が切れたのか、突然声をあげて大泣きする三島に沙耶乃は寄り添い背中をさすって慰めていた。


 泣き崩れてしまった三島をホテル街で放っておくわけにもいかず、俺たちは肩を貸して家まで連れてきた。


 沙耶乃が母さんに連絡を入れておいたので、納得してもらえたが、とにかく色々有りすぎる夜遊びにどっと疲れが出てしまう。


 沙耶乃の部屋に集まった俺たちだったが、かわいらしい壁掛け時計を見るとすでに深夜三時になってしまっていた。悲しそうにうなだれる三島に問い詰める気にもなれそうにない。


 俺たちは三島がナオなんて、名乗っていたからおっさんに身バレしないようにそのまま合わせていたが、そこまでしてパパ活なんてしないといけないものなのかと思ってしまう。



 収穫がまさか、JKとは。



 ガンプラ買いに行ったら、ラブホに連れこまれそうなJK拾って帰ってきた! とかWebのラノベかよ……。


 沙耶乃は三島の小さくなってしまった背に手を当て、気遣うように訊ねていた。


「三島さん、お風呂入る?」

「あ、うん……」


 頷いた三島だったが、沙耶乃はどうも心配らしく、


「お兄ちゃん、私、三島さんと一緒にお風呂に入ってくるね、ちょっと心配だから……」

「あ、ああ……」


 美少女JK二人がお風呂だと!?


 そっけない返事をしてしまったが、百合百合シチュに俺の妄想がむくむく湧き起こってしまい、深夜にも拘らず、眠気が吹き飛んでしまいそうだった。


 沙耶乃の部屋に泊まることになった三島。沙耶乃が聞いたところによると彼女の両親は放任主義で彼女のすることには無関心らしい。


 沙耶乃のパジャマを借りたようだが、三島には少し大きかったようで手の甲が袖に隠れてなんだか、かわいらしい。あの俺を嘲笑っていた三島が嘘のようだ。


「三島さんは私の部屋使って」

「あ、うん……沙耶乃さんは?」


 三島が沙耶乃に不思議そうに訊ねていたのだが、沙耶乃は俺の部屋へまるで自分の部屋のように堂々と入ろうしていた。


「私はお兄ちゃんのお部屋で寝ようと思うの」

「……」


 俺は言葉を失う。


「沙耶乃、今日は三島の面倒をお願いしたいんだ。構わないかな?」

「あうう……」


 沙耶乃は不満そうだったが、事情が事情だけに俺の言葉にしぶしぶ従い、三島を伴い部屋へと導いていくが、


「今日は? 今日って、どういうこと?」


 三島は俺が口を滑らしたことをぶつぶつ呟いていた……。

いつも沙耶乃といっしょに寝ているとか誤解されていないことを願いたい。


「二人ともおやすみ!」

「お兄ちゃん、おやすみなさい」

「お、おやすみ……」



 眠い目をこすり、朝起きた俺たち。


 元々着ていた服に着替えた三島は俺の前で正座していた。


「君塚にまだ伝えてないから……」

「なにをだ?」

「昨日は助けてくれて、ありがと……あと酷いこと言ってごめん……」


 思わずテーブルに頭をぶつけそうになりながらも頭をさげていた三島だったが、


「どうせ、綾香に俺のあることないことを吹きこまれたんだろ? もう構わねえから。それより沙耶乃にお礼しといてくれ」


 沙耶乃がいなかったら、俺は三島を見捨てていたかもしれない。


「沙耶乃ちゃんには言ったんだけど、君塚に、って。もちろんそのつもりだったけど……」



 謝罪を受けた俺は三島を家に送ったのだが、とある違和感を覚えていた。


「うちなんだけど……両親がほとんど家に帰って来ないんだよねー」

「それって……」


 俺が口ごもってしまうと三島は答えた。


「うん、W不倫って奴?」


 広い家だったが休日なのに誰も家にいないことになんとなく事情が透けて見えてしまったから。



――――週明け。


 俺たちの教室に差しかかると大声がしていた。


 いつもの騒がしい声とは明らかに違う声。瞬時に揉めごとが起こっていると予想されるものだった。こういうとき、俺は知り合いでもない限り、なるべく避けて通るのだが、うちのクラスともなると、そうもいかない。


「どうしたってんだよ、奈緒子」

「美穂ちゃんは黙ってて。私は綾香に話があるの!」


 沙耶乃には外に控えてもらい、そーっと教室のなかを覗くと綾香に三島が詰め寄り、村瀬がおろおろしながら宥めようと努めていたが、三島の怒りは収まりがつきそうにない。


「綾香! どういうことなのっ!」

「なに? 朝からギャンギャンうるさいから」


 綾香は軽くあしらうような感じで椅子に横座りして、三島のほうを向かず気ままにスマホを弄っている。


 不誠実な綾香に三島は鞄から取り出し、あのおっさんに指摘された片手で白いショルダーオフのニットを持って、もう一方の手で指差して、綾香を問い詰めていた。


「これ、二千円もしないって、ホントなのっ?」


 三島から強い口調で言い放たれた綾香は意外な返答を返していた。

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