第22話 自ら招いた孤立1【ざまぁ】

 綾香は面倒臭そうにスマホを机に置くと三島を見て、低い声で訊ねていた。


「なに? 奈緒子は私がだましたとでも言うの?」

「そうだよ、ひどいよ……粗悪品を売りつけるなんて!」


 感情をあらわにする三島と落ち着いた綾香。


「粗悪品? 破れほつれがあるなら、そうだけどないでしょ? それに奈緒子、あんなに気に入って、着ていたじゃん。いまさら文句なんて、都合良過ぎない?」

「そうだけど……でも高過ぎだよぉぉ」


 三島は拳を握り、肘を両脇に置きながら身体を震わせ、男心をくすぐるようなポーズで綾香に品物の高さと品質が釣り合ってないことを抗議する。


「あのね……私が着たら、どんな服も輝いて見えるように奈緒子だって、そうなればいいことだから。いちいち、そんなこと言わせないでよ」

「だってぇぇ……」


 三島はまぶたに涙を浮かべながら、抗議するも綾香の巧みな話術により言いくるめられようとしていた。


 だが村瀬がそれに割って入ってくる。バンっと綾香の机に手のひらを叩くように強く置いた村瀬はじっと綾香の目を見据え、問いつめる。


「綾香さ、ちょっと聞きてえんだがよ、君塚にセクハラされたってマジの話か?」

「なに言ってんの? 美穂まで私を疑ってんの? 春臣はいつも私をいやらしい目で見てるんだから」


 決していやらしい目で見ていたわけではないが、想いを寄せていた分、綾香を目で追っていたことは否定しない。


 綾香にとって俺はそう思われていたのかと思うと少し寂しく思うし、沙耶乃をそんな風に見てしまっているのかと思うと恐ろしくなる。


 村瀬は俺と沙耶乃に恩義を感じているのか、俺たち兄妹の擁護ようごをし始めていた。


「あいつさ、綾香の言ってるような奴に思えねえんだよ。マジで妹想いだし……。沙耶乃も迷子になってたあたしの弟を連れてきてくれたから」


 俺は村瀬にガンプラを譲っただけで、なにかしたわけじゃないんだけどな……。俺もシスコンで人のことは言えないが、村瀬も相当ブラコンのようだ。


 ブラコン村瀬の言葉に三島が驚く。


「えっ!? 美穂ちゃんも君塚に助けられたの?」

「ん? 奈緒子もか?」

「うん、飲まされて無理やりホテルに連れこまれそうところを助けられたの」


 偶然か、二人から週末あったことが話されていた。


 俺の存在感が薄いのか、教室の端にいるからなのか分からないが、今まで俺をいじめるまでもいかなくとも、良くは見られていなかった二人から俺の話題がのぼるのは、なんだかむずがゆい。


「綾香、もうちょっと君塚に優しくしてやってもいいんじゃね? あいつ、意外といい奴だとあたしは思うよ」

「そうそう、君塚、意外と男らしいし。沙耶乃ちゃんも優しいんだよねー!」


 意外は余計だよ……。


 と思いつつもわざわざ二人に訂正を求めるほど、俺は彼女たちと親しくない。村瀬と三島は俺と沙耶乃のことを誉めちぎっていると、


「なんなの? 二人とも私より春臣や沙耶乃が良いって言うの? だったら、勝手にしたらいいじゃない!」


 綾香は席を立ち、村瀬と三島を置いて教室の外へ出ようとする。


「ちょっと待って、茅野さん!」

「三島さんの話って、ホントのこと?」


 そこへ三島の話に他の女子たちが聞きつけ、綾香は女子たちに取り囲まれてしまっていた。一人の気の強そうな茶髪の女の子が綾香を問いつめる。


「もしかして私たちの服もそうなの?」

「だったら、差額分返金してもらわないと納得いかない」

「そうよ、そうよ」


 すると綾香から服を買わされた子たちからも本来の価格から上乗せした分の返金を求める声が次々とあがっていた。


「はあ? 私がブランドっていうはくをつけてあげたのにそれに文句言うわけ? その分、高くなるなんて当然じゃない。だいたい、あなたたちなんてプレタポルテだろうが、オートクチュールを着ようが似合わないんだから」


 綾香が女の子たちに吐き捨てるように言った言葉に寒気が走る。彼女たちのプライドというガラスの器にミシッと亀裂が入ったような気がしたからだ。


 綾香はクラス内でも度々、炎上するがその火消しに回っていた村瀬と三島はとうとう愛想をつかせてしまったのか、距離を置いてしまっている。


 愛想を尽かした三島が俺を見つけ、駆け寄ってくると、


「あっ、君塚くん。おはよう!」


 軽く手のひらを見せるように手をあげて、挨拶してくる。


 君塚……くん?


 今まで呼び捨てどころか、虫けらのように見られていたのが、急に人間扱いされて俺は戸惑った。だがお目当ては、当然俺ではないらしく三島は当家のお姫さまを所望する。


「沙耶乃ちゃん、来てる?」

「ああ、ドアの外にいるよ」

「ありがと!」


 あの一晩でずいぶんと沙耶乃と三島は仲良くなったっぽい。すでにかなり遅かったが、部屋の壁からガールズトークが微かに聞こえていたし。


 沙耶乃がドアの外でそーっと教室の様子を窺っていたが、三島が俺のところへ来たことで、手を振りながら、なかに入ってくる。


「おい、奈緒子……綾香を放っておいていいのかよ?」

「だって、綾香が悪いんだもん。美穂ちゃんだって、騙されてたんだからね!」


 村瀬は綾香を擁護するつもりでいたようだが、三島に諭され、口をつぐんでしまっていた。


「いやまあ、そうなんだけど……」

「ちょっとくらい反省したら、いいのよ。綾香は」


 三島はよほど腹に据えかねたのか、綾香を庇うつもりはなさそう。


「美穂ちゃん、おはよ!」

「沙耶乃! おはよう!」

「ねえ、昨日の見た?」

「見た、見た! 伏線たっぷりって感じだったよな」


 おそらく日曜夕方の水星の魔女の話なんだろう、二人はまるでドラマを見たように話していた。そこに三島が疎外感を感じてしまったのか、盛り上がる二人の会話に割って入る。


「えっ? えっ? なんの話? 私も混ぜて混ぜて!」

「いやー、奈緒子には合わないんじゃねーかな?」


「ちょっとマニアックだと思うの」

「もしかして、沙耶乃ちゃんの部屋にあったロボット?」


 そこにはっと何かに気づいたのか、三島は勘を働かして、訊ねた。ガンダムを知らない女の子ならほぼ正解と言えたのだが、村瀬は納得いってないようで、


「ロボットじゃねーよ、モビルスーツだよ!」

「美穂ちゃん……声大きいよぉ……」

「おっと、やっちまった。はは……」


 正しい答えをしゃべってしまう。沙耶乃もちょっと恥ずかしそうに村瀬をたしなめていた。


 俺は沙耶乃たち美少女がきゃっはうふふしてるところをマジてぇてぇ・・・・とほっこり眺めている一方、綾香はそれどころでなく、修羅場を迎えていた。


 村瀬と三島以外のほとんどのクラスの女子から詰め寄られ、気の強い茶髪の女子……名前は確か田畑だったっけ? 彼女が強い口調で言い放ったかと思ったら、他の子も追従していく。


「ちょっとさあ、茅野。調子乗り過ぎでしょ」

「かわいいからって、なんでも許されるとか思ってない?」

「性格悪過ぎ! だから村瀬さんや三島さんに愛想尽かされるのよ」


 大人しそうな女子にまで、非難された綾香は強がりからか、それまで綾香を庇い続けてくれていた村瀬たちのことを悪く言ってしまう。


「あの二人が友だち? そんなわけないじゃん。私にくっついてるだけの金魚のふんだから」


 ちらと綾香の漏らした一言が村瀬の耳に入り、沙耶乃の近くの席に腰かけていた村瀬は立ち上がろうとする。


「放っておこう、美穂ちゃん」

「あ、ああ……」


 そんな村瀬に三島が声をかけたことにより、このクラスの女子で綾香を庇う者は誰もいなくなったことを意味している。


 だが綾香の表情を見るとまったく焦った様子が見られない。なにかカードゲームで切り札を持ち合わせているかのような余裕の笑みを浮かべていた。


 綾香はドカッと腕組みしたかと思うと足を組んで、まるで召使いを呼ぶかのように言い放つ。


「悠斗、健司! この子たちに分からせてやってよ」


 切り札を盤面に叩きつけてやったみたいに綾香はほくそ笑んだが……、


「だってさ、どうするよ、健司」

「ああ? 沙耶乃ちゃん見てるに決まってんだろ。白石さやだぞ。綾香と比べりゃ、USSRウルトラスーパースペシャルレアとレアぐらいの違いだかんな」

「だな」


 俺がいるから過剰に接近することはないものの、頬杖をついて、並んで沙耶乃を眺めており、綾香のためになにかしようとする気はなさそうだった。


「ちょ、な……なに高見の見物決め込んでんのよ、助けに来なさいよ! いつもいつも綾香、綾香ってウザいくらいに寄ってくんのに!」


 貧すれば鈍するとでも言うのだろうか?


 綾香は正常な判断を欠いたのか、村瀬や芳賀たちを自分の手駒程度にしか思ってなかったのか、棘を含んだ物言いで芳賀たちの機嫌まで損ねてしまっている。


「あー、綾香。俺たちのことウザいって思ってたんだー」

「あんななりして、やらせてくんねーし、もういいんじゃね?」

「だな」


 だんまりを決めこんだ二人は一向に動く気配がない。


「なに、ぼーっとしてんのよ。早く私を助けなさいよ、悠斗! 健司! ホント、使えないわねっ!」


 綾香は二人にヒステリックにキレているが、番犬が働かないことを確認した田畑率いる女子たちは、まず綾香の机を激しく蹴飛ばした。


「なにすんのよ! こんな真似して、ただじゃ済まさないんだから」

「いつも綾香がやってることじゃん。なんで私がやったら怒んのさ?」


 田畑は綾香を見下しながら言った。それに我慢ならなかったのか立ち上がった綾香は……、


 パッシーーーーン!


 田畑の頬を思いきり平手打ちしていた。そのとき女子たちだけでなく、朝のHR前の教室全体が静まり返って、綾香はしてやったりの表情を浮かべていた。


 だが……。


 パッシーーーーン!


 すべての盾と矛を失った綾香に田畑は応戦する。


「な、なにすんのよーーーっ、私の顔に傷でもいったら、慰謝料請求してやるんだから!」

「先に叩いたのは綾香のほうじゃない。いつもいつもあんたはそう。人を見下すのもいい加減にしてほしいわ」


 田畑に平手打ちされた綾香は反動で椅子に座りこんでしまった。すると数人の女子に後ろから髪を掴まれ、押さえつけられていた。


「痛いっ! 引っ張らないでよ! 髪が傷んじゃうじゃない」


 一連のことを見ていた男子たちは日頃の鬱憤うっぷんからか、綾香を助けようとしない。むしろ、いいお灸程度に思っているんだろう。


「私、綾香ちゃんを助けてくる!」


 見かねた沙耶乃が立ち上がり、女子たちを止めようとするが、


「関わらないほうがいい」

「そうそう」


 村瀬と三島が首を横に振って、沙耶乃の肩に手を置いていた。


「沙耶乃、俺ちょっと先生呼んでくる」

「あ? えっ!? お兄ちゃん?」


 かくゆう俺もその一人だったが、ちょっと女の子同士ということと複数で一人をいたぶるのは違うと思った。


 沙耶乃たちにちょっと先生呼んでくると告げた俺。


 大枝先生じゃ、絶対に女子たちの暴走を抑えられそうにない。止められるのは隣のクラスの担任くらいだろう。でもその姿は見えなかった。


 なら……俺の取り得る手段は一つだった。

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