第19話 ブラコンvsシスコン

 俺は深夜のコンビニで綾香の取り巻きの女子、村瀬と遭遇そうぐうしてしまっていた。


「村瀬もガンプラ好きなのか?」

「ちっ、ちげーよ。んなもん、あたしが好きとか思ってんのかよ。はんっ、さすが陰キャオタクだよな」


 俺の予測は外れてしまったかのように思ったが、まだ残っているルブリス以外のガンダムを見て、明らかにがっかりした表情をしている。


「あっ! 手が滑ったぁ!」

「なぁっ!?」


 俺がルブリスの箱から両手を離すと、重力に捕らわれた箱は落下を始め、それを目の当たりにした村瀬は思わず振り返り、落ち行く箱をレシーブよろしく手のひらですくおうとする。


 俺はしゃがみながら箱を掴むのと同時に村瀬が片手で箱の底を支えていた。


「ふぅ~、阻止限界点でなんとか止められた!」

「は?」


 俺が村瀬の言ったよく分からない用語に戸惑っていると、


「馬鹿野郎! 限定カラーのガンダムをコロニーみてえに簡単に落とすんじゃねえよ!」


 やたら俺の行為をキレながら非難してきた。だが短気は損気。感情の高ぶった村瀬は俺にガンダムが好きなことを自白していた。


「好きじゃん」

「あ……」


 まんまと俺の策に完全にはまった村瀬はしまったと口を押さえて、顔色を青くするというテンプレートな表情をしていたが、だんだんと眉間みけんしわを寄せると叫ぶ。


はかったな、君塚!」

「どっちが先に俺をはめたんだろうな?」


 俺が村瀬を指摘すると痛いところを突かれたようで、「うぐっ」ともった声で唸っていた。綾香と一緒に俺をおとしめた憎い相手だったが、村瀬は両腕を胸前で組んで身を引きながら、恐る恐る言った。


「ま、まさか、君塚……あたしがガンダム好きってことをネタにあたしの身体を目的に強請ゆすろうってんじゃねえだろうな? この変態! 色魔! どエロ!」


 村瀬はややボリュームに欠けるが、黒いジャージから覗くボディラインは女の子にしては長身でスラリとしたモデル体型をしている。


 つまりかわいいほうだと思うが、俺の趣味とは外れていた……。


 どうやら村瀬も周囲には隠しているらしく、しかもガンダムが好きなことに恥じらいを感じているようだ。


「しねえよ……むしろ、村瀬がガンプラ好きで良かったって思ってる」


 もしかしたら、沙耶乃とガンダム談義で盛りあがれる友だちになれるかもしれないのだから。だが沙耶乃がガノタだと知らない村瀬は俺が彼女を狙っていると誤解している。


「はあ? ははーん、さては綾香に振られたから、ガンプラを餌にあたしに交際を迫ろうってんだな? 馬鹿にすんなよ! あたしだって、彼氏のひとりやふたり……」


 うちのクラスのかわいい女子の五本の指には入るであろう村瀬は威勢良く話していたが、声のトーンがだんだんとさがってゆく。


 なぜかと思ったら、俺たちがレジ前で喧々諤々けんけんがくがくにやり合っていると店員がじーっとこちらを見ていたので罰が悪くなり、それぞれ飲み物やらを購入して、レジ脇のイートインで話し合うことになった。


 容器の割りに量の少ないいちごミルクをちびりちびりと啜る横で、村瀬はぶどうサイダーをぐびっと煽りぷはーっと息を吐いたあと、コンビニに来たわけを教えてくれた。


「あたしは弟に頼まれただけだよ……」

「にしては詳しかったけど」

「はまった……弟が楽しそうに見てたから」


 綾香に告白して、村瀬になじられたことに苦手意識を抱いて、俺は黙りこんでしまう。しばしの沈黙あと、村瀬は口を開いた。


「あたしは綾香から君塚にセクハラばかりされてるって聞いてたんだよ」

「そんなことしねえって……それどころか、高校に入ってからは手も握ってねえから」

「マジか……」


 綾香から俺のことで、なにかあることないこと吹き込まれていたのかもしれない。それも今となってはどうでもいいこと。俺は空になったいちごミルクの容器をぐしゃりと握り潰して、店内のごみ箱へ捨てながら言った。


「別にどっちを信じようが、村瀬の勝手だ。じゃ、遅いし帰る」

「待て、って! あたしにそのルブリスを譲ってくれ。勝手なことを言ってるのは分かってる。君塚に酷いことしたことなら、ちゃんと謝るから……」


 村瀬は椅子から立ち上がり、丁寧に腰を折り謝罪していた。


「ごめんなさい。あたし、君塚のこと誤解してた。綾香の言うことだけ鵜呑うのみにしてた」


 態度からみるに形だけの謝罪ではなさそうだったが、村瀬はガンプラのために、仕方なく謝罪しているだけかもしれない。


 ただ謝罪と譲渡はまったく別の話。


 俺は村瀬のお願いの返答をする。


「そうか、分かった。謝罪は受け入れるよ。だけど、ルブリスは譲れない。これはプレゼントするからな」

「そ、そんな……」


 俺の返事に村瀬は俺にすがる手を伸ばしてくるが、その手を取るつもりはない。恐らく村瀬も弟にプレゼントするんだろう。だけど、俺も沙耶乃に贈りたいから。


 俺が肩を落として、うなだれる村瀬を置いて去ろうとしたときだった。


 トントン、トントン。


 コンビニのガラス窓を指の腹で叩く女の子……


「沙耶乃!?」

「白石さや!? それに虎太郎こたろうまで……」


 虎太郎?


 沙耶乃は小さな男の子、年齢はいくつくらいだろうか? 幼稚園か、小学生低学年ぐらいの子どもと一緒に手をつないでコンビニの前まで来ていたのだ。


 俺が手を振り返すと、すたすたと店内に入ってくる。


「お兄ちゃーーん!」

「お姉ちゃーーん!」


 自動ドアが開き店内へ入ってきた二人は俺たちに一目散に向かってきていた。沙耶乃は俺に、虎太郎と呼ばれた男の子は村瀬にひしっと抱きつく。


「どうしたんだよ! こんな時間に……女の子が夜道を歩いたら、危ないって」

「お兄ちゃんが部屋にいなかったから、お父さんに訊いて、コンビニって言ってたから来ちゃった」


 てへっと照れ笑いをされて、俺の沙耶乃を叱ろうと思う気持ちは雲散霧消うさんむしょうしてしまう。


 沙耶乃は村瀬の顔を見るとほっとして安堵あんとの表情を浮かべており、彼女に伝えていた。


「よかった! 村瀬さんがいてくれて」

「なんで、白石さやがコンビニに? それに虎太郎まで……」


 沙耶乃が男の子を連れていた理由が分からず、村瀬は戸惑うが、沙耶乃は一緒にいた理由を説明し始めた。


「うん、コンビニの途中で道に迷ってたから、一緒に連れてきたの。訊いたら、たぶんここのコンビニだろって」


 話を詳しく聞くと、どうやら村瀬を探して迷子になりかけていた村瀬の弟をコンビニに向かっていた沙耶乃が保護して連れてきたらしい。


「済まねえ……弟が面倒かけた。ありがとう、ここまで連れて来てくれて」

「ううん……いいのいいの」


 ギャルっぽい容姿と砕けた口調だが、沙耶乃にちゃんとお礼をした村瀬は彼女の弟のほうを向いたかと思うと叱り始めた。


「虎太郎! なんで家から出てきてしまったんだよ。家で待ってろって言っただろ」

「お姉ちゃんがいなくなって、寂しかったの……」


 村瀬が虎太郎と呼んだ男の子を叱ると、男の子は指をもじもじさせて、しゅんとうなだれていた。


「くっそ、今日は最悪だ! 君塚に恥ずかしいとこばっかみられちまう」


 村瀬は思い通りにことが運ばないことに苛立ち、黒髪の頭髪をがりがりとかきむしる。確かに俺がまったく村瀬という女の子の素性が分からなかったのにこの数十分でいろんなことが知れてしまっていた。


 苛立つ村瀬だったが、虎太郎はマイペースで、


「お姉ちゃん、ルブリス……」


 村瀬の手に限定カラーのルブリスがないことに気づいて、虎太郎は彼女の黒ジャージの袖を掴む。


「済まねえ……あたしが不甲斐ないばっかりに手に入れられなかったんだよ」

「えっ!?」


 今にも泣き出しそうな虎太郎……村瀬はいやらしいことに俺をちらちら見てくる。くそっ、子どもを使うなんて卑怯だぞ!


 物欲しそうに二人に見つめられた俺はいたたまれなくなり、思わず沙耶乃を見た俺は意外な言葉を聞いてしまった。


「ねえねえ、私、ルブリスはなくてもいいよ。それをお兄ちゃんに伝えにきたの」

「ええっ!?」

「だから、村瀬さんに譲ってあげて」


 驚く俺の気持ちを差し置いて、どうすべきかを俺に伝えてくる。沙耶乃の言葉に村瀬は即座に反応していた。


「いいのか、白石さや!?」

「ううん、もう白石さやじゃないよ。君塚沙耶乃だからね、沙耶乃って呼んで、村瀬さん」

「あ、ああ、じゃあ、あたしは美穂でいい」


 なんだろう、この女子のコミュ力の高さ。


 沙耶乃と村瀬は面識というほどのものがなかったはずなのに、数分も経たないうちに名前で呼び合う関係になれるなんて、正直うらやましい。


 俺は村瀬から代金を受け取り、虎太郎にルブリスを渡すと「ありがとー、お兄ちゃん!」と子どもらしい屈託のない笑顔を向けられ、思わず照れてしまう。


 沙耶乃と村瀬はイートインコーナーの椅子に並んで座り、肩を組んできた村瀬は沙耶乃に訊ねた。


「てことは、沙耶乃もガンダム好きか?」

「うん! 大好き! と言っても量産機のほうが好きなんだけどね」


「マジかぁ~! まさかあの白石さやがガンダム好きだったなんて知らなかった。なんつうかさ、アイドルなんてもっとお高くとまって、いけ好かねえ奴かと思ったら、めちゃくちゃいい奴じゃん!」


 沙耶乃の魅力が男子だけでなく、女子、しかも同じクラスの村瀬に伝わったことが、兄としてなんだかとてもうれしくなる。


「あのね、村瀬さん。私の友だちになってくれる? みんなアイドルとしての私しか見てくれてないから……」


 おずおずと村瀬に申し出る沙耶乃。村瀬は笑顔で沙耶乃の提案に乗る。


「もちろんに決まってんじゃん! あたしもさ、綾香と奈緒子にガンプラ好きなんて言えなかったんだよ……」


 クラスで我が物顔に振る舞うトップカーストに属する村瀬だったが、それはそれで意外と面倒くさい事情を抱えているようだった。

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