第17話 女の争い【綾香目線】【ざまぁ】

――――春臣の三度目の告白前。


 郵便受けを確認する。


 両親宛てのDMダイレクトメールは玄関の収納棚のうえに適当に投げ捨て、私宛てのハガキや封筒数通を持ち部屋にもる。


 もっとも緊張する瞬間。


【このハガキは二つ折りです。両端を持って矢印の方向にゆっくり開いて下さい】


 ハガキの注意書きを見て、はやる気持ちからか、ぐっと力を込めると折り目で少し破けてしまう。夢破れるみたいでなんか縁起が悪い。気を取り直し、糊でくっついた重要な内容が書かれた部分を開き見て、震えた。



 不合格。



 目に飛び込んできた三文字に血が頭にのぼった。


「なんで不合格なのよぉぉーーーーーーっ!!!」


 思わずヒステリックに声をあげ、折り目をびりっと引き裂いて、ハサミで細切れになるまでごみ箱のうえでバラバラになるまで、切り刻んでやる。


 はぁはぁ……。


 すべてを壊したくなるような強い破壊衝動を不合格通知にぶつけ、さっきまでハガキの形をなしていた紙くずを見て落ち着きを取り戻した。もう紙くずは何が書いてあるのすら分からなくなった。


 大丈夫、大丈夫。


 まだひとつ不合格だっただけ。まだ四通もあるんだから、絶対に合格しているはず。


 気持ちを切り替えて次への期待をこめ、封筒をハサミで開封し、なかの折り畳まれたA4用紙を開いてみた。


【審査内容を熟慮した結果、誠に残念ですがご希望と添いかねるものとなったことをお伝え申しあげます。茅野綾香様の今後、尚一層のご活躍をお祈り申し上げます】


「……」


 お決まりの文句でお断りされ、無言になった。もう次の封筒からはハサミを使うのも面倒になって、未読の封筒のふたを手でびりびりと乱雑に破ると、なかの通知の用紙の端が千切れてしまっていた。


 構わない。


 合格か、不合格か判別できれば、それでいいんだから!



 残りの三件も全滅だった……。



 

すべてのオーディションの不合格通知をぐしゃぐしゃに丸めて、壁に投げつけると跳ね返ってカーペットに落ちる。それを拾いあげ、ごみ箱に垂直に叩きつけると跳ね返ったうえにごみ箱が倒れて、切り裂いた紙が部屋に散らばってしまった。


 怒りがこみ上げてくる。身体のなかに溜まった灼熱のマグマが胸に集まってきて、今にも噴火寸前。


 すべて完璧だった。歌唱、ダンス、演技……それに持って生まれた優れた容姿。


 私が沙耶乃に負けてることなんて、何ひとつないはずなのに!


 中学生からオーディションを受け続けて、何度落ちたことだろう? 百件は越えてるかもしれない。辛うじて、親戚のコネで得た読モをやっていることが私のプライドを支えていた。


 それも脆くも崩れ去る……。


 休日の午後、不合格を通知で憤懣やるかたない私に、


『ごめーーん、綾香ちゃん。エッグティーンが廃刊になっちゃった!』

「えっ!? 嘘でしょ!」


 編集の矢田さんから電話があり、無情の内容なのに軽く伝えられる。


「……」

『あっ、綾香ちゃん、大丈夫だよーっ、廃刊って言っても紙媒体からWebに移行するだけだから』


 どこが大丈夫なんだろうか?


 結局売れてないってことじゃない!


 しかも次は私が表紙の予定だったのに!!


 私はこの身体のなかに溜まったどす黒い悪魔のような怒りをぶつけられる相手を物色していた。



 それから数日後、私のイライラが収まるどころか、ふつふつと煮えたぎっている最中に春臣から話があると呼び出された。


 私の心をぐちゃぐちゃに掻き乱した張本人。


 きっとまた告白に違いない。だったら、春臣にも私の願いがずっと叶わない苦しみを共に味わってもらわないとね。



(好きなんでしょ? 私のこと……)



 体育館裏に行くと春臣は、


「俺……綾香に二度振られたけど、やっぱり好きなんだ! 俺と付き合ってほしい」


 私の気も知らないで性懲りもなく告白してきた。


 春臣はホントに馬鹿なの?


 三度目の正直とか信じてるの?


 春臣の顔を見てると沙耶乃のことが思い浮かんできてむしゃくしゃする!


 だから、芳賀たちを使って分からせてあげたの。


「はあ? 春臣さ、勘違いしてない? なんで読モの私が春臣みたいなモブ男と付き合わなきゃいけないの、もう二度と告白なんてしないでよね!」


 ああ、最高!


 春臣にOKしておいてからの嘘告どっきりで、どん底に落ちきった顔を見たら、今までオーディションで散々、こけにされてきた私のプライドは甘美な蜜で満たされていた。



 でも春臣は私にベタ惚れ。


 春臣はまたきっと私に告白してくる。

 


 沙耶乃にはどんなに努力しても手に入れられない春臣は手酷く振っても振っても、私に惚れてること見せつけてあげる。


 きっとあの子は私のことを見下してるに決まってるから。


 沙耶乃が春臣を好きなのは女の勘で分かる。話の端々に雌の匂いをぷんぷん漂わせ、双子の兄に良からぬ感情を抱いてるんだから、本当に気持ちが悪い。


 実の兄に恋愛感情抱くなんて、あの子はやっぱり変なのよ、頭がおかしいのよ。


 あんな、あんな馬鹿な男を好きになるとか、信じられない。自分の才能を全部捨てて、妹ために尽くす男なんてサイテー……。


 だけど、沙耶乃と春臣は絶対に結ばれることなんてないんだから!



 春臣を盛大に振ってやったあと、みんなでカラオケに行った。私にとっては沙耶乃に勝った、ちょっとした祝勝会気分。


「ああ、すっきりした!」

「でも綾香さ、あんなこっぴどい振り方して大丈夫? 君塚がストーカーになったりしない?」

「あはは、春臣にそんな意気地ないから」


 美穂村瀬はストーカー被害にでもあったのか、私を心配していた。


 歌い終えた奈緒子が私に抱きついてきて、スマホの画像を見せる。私が読モの撮影で着ていた白い肩出しオフショルダーニットに指を差しながら、


「綾香ぁぁ! 私、この服欲しいよぉ、編集さんにお願いしてどこの服か教えてもらって」


 私に懇願してくる。


「あれね、あるよ。ちょっと値が張るけど……」

「ホントに!? 大丈夫! 私、今月お金あるから!」


 奈緒子三島はパパ活してるっぽいし、パパからお小遣いをもらえたんだろう。


 私の副業。アリペイにある安っい服を私がかわいく見えるようにコーディネートして、読モとコラボしたブランド物と偽り数万円で売りつける。


 この子たちは私に貢いでくれる私のお財布。


 いいよね、私がアイドルになれたら、「友だちがアイドルしてるんだー」とか自慢できるだろうし。


「綾香! 俺とデュエットしようぜ!」

「はぁ? 俺のほうが歌上手いんだから、俺が先だろ」


 私を巡って、子どもみたいに仕様もない争いをする二人。まあこの二人と付き合うとかあり得ないけど。


 悠斗芳賀健司服部も私の言うことならなんでも聞く、ちょうどいい召使い。沙耶乃に負けてる腹いせに春臣をこけにする手伝いさせたら、きっちり仕事をしてくれた。


 まあ二人とも馬鹿だから、余計なことしないように見張ってないといけないけどね。


 腐っても春臣は子ども時代にボクシングでアマなら金メダル、プロなら世界統一チャンピオンも可能と言われている八神武秋にすべての試合で勝ってるのだから。


 手を出そうものなら、二人ともただじゃ済まされないことは間違いない。私がいるから、春臣は大人しくしてるけど。



 はっきり言って、格闘技を止めてしまった春臣に私はなんの興味も抱かないんだから! 止めてから、どんどんダサくなっていく春臣を見ていてムカついてた。


 ホント、いい気味よ。



――――数日後。


 あいつ、幼稚園のころから私のことばっかり見てて、今も窓から私のこと見てる。未練たらたらも勘弁してもらいたいわ。


 なにをするでもなく、遠くを見つめてぼんやり過ごす春臣。登校したあとも教室で誰とも絡まない春臣に呆れつつ、始まったいつものダルい朝のHRだったのだけれど……。


「なんでっ!? なんで沙耶乃がうちにっ!?」


 私は自分の目を疑った。


「君塚沙耶乃です。今日から皆さんと一緒に学ぶことになりました。よろしくねーーっ!」


 沙耶乃が私のクラスの転校生として、自己紹介しているのだから……。


 クラスの男子は沙耶乃の姿を見て、ざわざわと互いに見合わせ、そわそわとしてまったく落ち着きをなくしていた。それだけじゃない、女子たちも「えっ!?」と驚きを隠せないでいる。


 もちろん私もその一人。


 だけど春臣まで驚いているってのはどういうことなの?


「さ、沙耶乃……なんでうちの学校に? 堀北はどうしたんだよ?」

「君塚くん。いくら兄妹でも今は授業中よ、私語は休憩時間にね」

「はい……」


 担任の玉環たまきが春臣に注意している。


 沙耶乃は私の席の前を通り過ぎるときに軽く微笑んだ。


「綾香ちゃん、よろしくね」


 なんてしれっと言ってのける。私にあんなLINEを送ってきておいて!


《お話しよ、お兄ちゃんのことで》


 ホント、あの兄妹は私をいらつかせる。


 また体育館裏に呼び出すなんて。


 お昼休みに行くと誰もいなかったが、あとから沙耶乃が壁の角から現れる。


「呼び出しておいて遅れるなんて、何さま?」

「うん、この周りに綾香ちゃんの友だちがいないか、探してたの。お兄ちゃんのときみたいに」


 くっ! 


 沙耶乃は春臣から告白のことを聞かされたのか、私がした仕打ちのことを知っているらしい。


「いちいち、しゃくさわる子ね」

「それはどっちかな? 私のお兄ちゃんを傷つけたのは綾香ちゃんだから」


 優しげな笑顔を湛えているが目の奥はまったく笑っていない。沙耶乃が一番怒っているときの顔だ。私は少し怖くなり、話を切り上げようと必死になる。


「ムカつくから、早く話して。私は途中でアイドルを投げ出した沙耶乃みたいに暇じゃないの」


 沙耶乃はまるで私に自慢げに語り始めた。


「私ね、お兄ちゃんに彼女にして欲しい、って告白したの。一応、綾香ちゃんに断っておかないといけないかなーって思ったから」


 血のつながった兄妹のキモい純愛なんてもの、それこそドラマのなかだけにしておいて欲しいわ。私は沙耶乃の気持ちの悪い告白をあざ笑ってやった。


「ばっ、馬っ鹿じゃないの? あなたたち、二卵性双生児なのよ。実の兄妹で付き合ったりとか、ご両親も大変よねー。いずれは近親相姦なんて世間体の悪い話になりかねないなんて」


 私が沙耶乃を鼻で笑い勝ち誇った表情でいると、彼女は大きく首を振って驚くべきことを言ってのける。


「ううん、私とお兄ちゃん、血がつながってなくて義理の双子の兄妹だったの。びっくりしちゃったけど、すごく嬉しかった! もうお兄ちゃんに好きって想いを隠さなくていいんだからねっ」


 満面の笑みで私に語りかけ、それまでの秘めた想いを春臣に告げた沙耶乃の雲ひとつない真っ青に晴れ渡った表情は瞬く間に私の満たされない心を凍りつかせた。


「えっ!?」


 この女に負け続け、煮え湯を飲まされた私の唯一、勝っている点。


 それは春臣が私に好意を寄せ続けており、血のつながった沙耶乃と春臣は絶対に結ばれないこと。私は胡座あぐらをかいて高をくくっていたが、今の沙耶乃が言ったことですべて崩壊していた。


「そんな……そんなことって……」


 膝から崩れ落ちる私を見届けた沙耶乃は口角を上げるときびすを返して、立ち去ってゆく。俯いて地面を見ると体育館のコンクリートの基礎にぽたぽたと濃い斑点が落ちていた。

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