第12話 誕生日

――――誕生日当日。


 ここ数日間、横島が黙っていてくれたおかげで、俺は余計なことに巻き込まれず、また芳賀たちもやられたことが恥ずいのか、何も言ってこなくて、俺の学園生活は童貞らしい日常を取り戻している。


 そんな平穏のなかの非日常なイベント、俺たち兄妹は十七回目の誕生日を迎えていた。


 俺と父さんは誕生日パーティの飾りつけに勤しみ、父さんが忙しい合間を縫って仕上げてくれたリング状の金銀と赤青緑などメタリックなテープがホームパーティ感を盛り上げる。


「春臣、右端を留めてくれ」

「ああ」


 俺は椅子に登って、天井に近いところでテープを留めていた。俺と父さんはキラキラテープのリングでリビングを飾っていると、


「お母さーん、オードブルの飾りつけ、これでいい?」

「沙耶乃は座っててー。今日はあなたたちが主役なんだから!」

「あ、うん、でも……」


 テーブルでケーキやパーティーセットのような料理を仲睦まじい様子で沙耶乃と母さんが準備しているが、普段忙しくしている妹を気遣い、ゆっくりしているように勧める。 


「春臣、おまえも座っていてくれ。あとは父さんに任せろ」

「ああ……ありがとう、父さん」

「気にするな」


 父さんも母さんに続き、俺にも座って待っているよう促す。


「なんだか、落ち着かないね」

「だな」


 俺と沙耶乃は顔を見合わした。暇なときはお手伝いをしている俺と沙耶乃だったから、両親になんだか悪い気持ちになってしまい、「座って見ていろ」と言われると逆にそわそわしてしまう。


 俺の見立てでは、沙耶乃が芸能人として売れた理由には両親の教育が大きく関係していると思っていた。


 もちろん持って生まれたもの、見目の良さ、プロポーション、歌唱力、ダンスなどの身体能力、演技力……それに記憶力や頭の回転など。それらも凄く大事だろう。


 だけど家でお手伝いをすることにより、人と協調して仕事をすること、相手を気遣ったり、自主的に行動したり……そういった学びを沙耶乃はアイドル活動でも多いに生かしていると俺は思う。



 沙耶乃の忙しい合間を縫ってのささやかながらも家族水要らずで過ごす、お誕生日会。


 白石さやへお祝いのファンレター、メッセージ、電報にプレゼントやらで事務所は凄いことになっているに違いない。藤原さんが受け取りのサインでてんてこ舞いになっている姿が目に浮かぶ。


 ばたばた忙しく動く両親だったが手伝おうとすると「座ってなさい」と言われ、仕方なく俺たちはタブレットの動画を見て暇を潰していた。


「お兄ちゃん、どうかな? みんなに送ったメッセージ。変じゃない?」


 沙耶乃はネットテレビの黄泉坂公式チャンネルに深夜零時ちょうどにアップされた動画に指を指す。ファンのお祝いに対する返礼のメッセージ動画はすでに収録済みで、それを今日流すということは実にテレビ的と言えた。


『みんなーっ! 起きてるーーっ? 黄泉坂49の白石さやです! 今日で私は十七歳になりました。ファンのみんなに温かい声援を受け、見守られながら、ようやくここまでこれました。ありがとうございます!』


 後ろのひな壇にいるメンバーから、盛大な拍手がなされ、各チームのリーダーから花束を贈呈されていた。


『おめでとう、さや! これからもよろしくね』


 お嬢さま然としたBチームリーダーの篠原麻美が代表して、沙耶乃に声かけする。篠原麻美の横にはスラヴ系ハーフで銀髪の高阪ヴィオレッタ、妹小悪魔系のツインテールの葛城星奈かつらぎせななどマジでかわいい子たちが並んでいた。


 そのなかでも、一番輝いているのが、俺の妹の沙耶乃だなんて……沙耶乃がいるそばで白石さやが躍動している姿を何度も見ているが、いつまで経っても不思議な感覚が抜けることはない。


「いいや、凄くかわいく撮れてる。これならファンも納得すると思うよ!」

「ありがとう、お兄ちゃん!」


 沙耶乃の座る椅子の背もたれに手をかけて見ていた俺に振り返ってお礼する、そんな沙耶乃のほうが画面のなかの白石さやより、かわいく、そして輝いて見えた。


 今はすっぴんに近いというのに……。


 

 動画を見終えた頃には父さんたちは準備を済ませて着席し、俺たちを祝うお誕生日会が始まった。


「今日は二人の十七歳の誕生日だ。あんなに小さかった二人があと一年で大人の仲間入りする。俺は……俺は……こんな感慨深いことはない!」


 父さんは大きな背中を小刻みに震わせ、涙ぐむ。


「あらあら、陽平さんたらお祝いの席だというのに泣いちゃって……」


 母さんはそんな父さんに紙ナプキンをハンカチ代わりに渡していた。


 大袈裟だなぁと思ったが、母さんの瞼も潤んでおり、俺と沙耶乃は互いを見合わせ、手招きした妹は耳元で「歳を取ると泣き虫になるのかなぁ?」なんて言っていた。


 母さんが近所で人気のパティスリーに頼んでいた純白のクリームに苺の乗った、いかにもお誕生ケーキといったショートケーキにロウソクをひとつひとつ差していく。


 母さんが十七本差し終えると父さんが点火棒の付いたライターで着火し終えると、俺たちのほうを向いている。母さんがカーテンを閉めると、ロウソクの薄明かりが俺たち家族の顔をぼんやり朱色に照らしていた。


 俺と沙耶乃は見合わせたあと、すうっと息を飲んで呼吸を合わせ、



 ふーっ!



 と二人の吐息で勢いよくケーキのロウソクを消す。息を吹きかけられたロウソクの火は、ゆらゆら揺らめき、白い筋の煙りをあげて燃えていた名残を残していた。


 物心ついたときには誕生日はいつもこうしていた。


 お互いの顔が近づいていたので、消し終わると二人で照れ笑いする。今年は十七本のロウソクを二人であっという間に吹き消した。俺はいつまで沙耶乃と一緒に誕生日の共同作業をして過ごせるのだろうか?


 俺たちが吹き消し終えると、父さんと母さんが「おめでとう」とお祝いの言葉とともに盛大な拍手をしてくれた。子どもの誕生日を本当に心から祝ってくれていることが、二人の態度からありありと伝わってくる。


 二人が用意していたクラッカーが打ち鳴らされ、パァァン! と鋭い炸裂音がリビング全体に響き渡った。火薬に含まれる硫黄の独特の匂いと勢いよく飛び出した紙テープの余韻が残るなか、両親は顔を見合わす。


 父さんが俺に、母さんが沙耶乃に、それぞれ長方形で青いラッピングされた箱を渡していた。


「お父さん、お母さん開けていいかな?」


 沙耶乃が問いかけると二人は頷いたので、沙耶乃は、ペーパーナイフでテープを切り開封する。俺にもナイフの柄から渡されたので開けてみると……ペアになったシルバーアクセサリーだった。


 箱から長いチェーンを取りあげ、沙耶乃はうれしそうに見つめている。俺へのプレゼントはシルバーで、沙耶乃のものはピンクゴールド、チェーンの先にはリングがついており、俺と沙耶乃の名前がアルファベットで刻まれていた。


「お兄ちゃんとペアだぁーー! お父さんお母さん、ありがとう!」


 飛び跳ねるくらい喜ぶ沙耶乃。


「ありがとう、父さん母さん」

「よかったねーっ、お兄ちゃん!」

「そうだな」


 父さんと母さんは俺と沙耶乃がいつまでも一緒に、って願いを込めて俺たちに渡してくれたのかもしれない。


「お兄ちゃん……」


 沙耶乃が俺にネックレスを渡して、首を伸ばしている。


 どうやらつけて、っていうことらしい。


 俺は沙耶乃の首にピンクゴールドのネックレスをつけた。黒い髪と白い肌の間でよく映えていた。


「似合ってる……かな?」

「すごく似合ってる」


 なんて答えたが、本当は照れくさそうにする沙耶乃がとても愛らしく、てぇてぇと死ぬまで連呼したい気持ちを必死に抑えていた。


 兄馬鹿を抑えていると、沙耶乃は俺のネックレスを手に取っている。


「じゃあ今度は沙耶乃がお兄ちゃんにつけてあげる!」


 俺の首にかけてくれたとき、沙耶乃とキスできるんじゃないかってくらい互いの距離が近くなっていた。両親の前だから何も起こらなかったが、それでも俺の妹は本当にかわいくて、どきどきを抑えられないでいた。


 俺だけが言ってるなら、マジで兄馬鹿なのだが、日本、いや世界が白石さやこと、俺の妹の沙耶乃を美しき歌姫ディーヴァとして賞賛しているのだ!


「あっ、やっぱり格好いい! お兄ちゃんだったら、絶対似合うって思ってた」

「そ、そう? 俺もうれしい……」


 そんな沙耶乃が俺に格好いいって言ってくれている。たとえお世辞であろうとも、俺にはうれしさが込みあげてきていた。


「そうだ! 沙耶乃からね、お兄ちゃんにプレゼントがあるんだよ」 


 沙耶乃からペアのネックレスをかけてもらうと、思い出したように用意してくれていたらしいプレゼントについて触れていた。


 だが……。


「沙耶乃、春臣に渡したい気持ちは分かるが二人が一生懸命作ってくれた料理が冷めてしまう。先に食べてからにしないか?」


 父さんから、ごもっともなご意見により、先に食べようということになった。


「あっ、ごめんね。お父さん……うん、先に食べよう、食べようーっ!」


 ちょっと天然なところは母さん譲りなんだろうな、きっと。



 父さんが半分にケーキを切り、そのまま九十度角度を変えて、切ろうとしていた。


「お父さーん! ケーキを四等分じゃ、大き過ぎるよぉーっ」

「そうか? 俺は大丈夫だぞ? もう沙耶乃も大きいんだし、食べられるだろ?」


「もうっ、お父さんは分かってないなぁ!」


 ぷんぷんと頬を膨らました沙耶乃に困ったようにたじたじになる父さん。結局母さんが半分に切ったところで六等分にして、沙耶乃の食べやすいサイズに変わる。


「やっぱりパティスリーミシェルのケーキは美味しいね!」

「だな!」


 程よい甘さに口溶けの良いクリーム、ふわふわとしたスポンジとの相性は抜群で、甘さは苺の酸味と絶妙にマッチングしていた。


 美味いのでフォークで大きく切って食べていると……沙耶乃が俺の口元を見ている。


「お兄ちゃん、口にクリームついてるよ」


 口角にクリームがついているにも拘らず、気づかずにケーキを頬張っていた俺のおっちょこちょいなところを沙耶乃が見つけてくれた。


「ありがと」


 俺がナプキンを取ろうとすると、


「いいよ、私が取ってあげるね!」


 そう言って、沙耶乃はナプキンも取らずに指で俺の唇周りを擦ったかと思うと、そのまま指を口へと運んでペロリと舐めとる。


「えっ、沙耶乃!?」

「兄妹なんだから、気にしない気にしない」


 と言い、えへへへっと笑っていた。



(クリーム指舐めからの間接キス……)



 さすが、日本を代表するアイドル。


 やることがパネェ!!!


(じゃねーよ!)


 ちゅぱちゅぱと音を立てて、クリームのついた指を舐める妹がえっちに見えてしまうダメな俺だった。俺がただ、おかしいだけだ、沙耶乃をそんな目で見るなんて、どうかしてる。


 

 二人が用意してくれていたオードブルもケーキも大変美味でもう大満足していると、沙耶乃はリビングの外に出て、俺を手招きしていた。


 なんだろうと向かうと、ちょっと困った顔をしながら沙耶乃は言った。


「お兄ちゃんが欲しがってたアジャスタブルなダンベルなんだけど、沙耶乃じゃ持てなくて……」

「ああ、なんだろうって気になってたんだけど、沙耶乃のプレゼントだったのか!? いやでも、あのダンベルかなり高かったと思うんだけど……」


「大丈夫、大丈夫! なんたって、沙耶乃はアイドルなんだよ。ちゃんと私のお小遣いで買ったから! 無駄遣いはダメだけど、お兄ちゃんなら頑張ってくれるに違いないよ」


「ああ、沙耶乃を軽々お姫さま抱っこできるまで、頑張ろうかな?」


 なんてな。


 武秋ならまだしも、自分の寒いギャグに引いてしまう。さすがに俺にお姫さま抱っこされるとか、沙耶乃でも嫌がるに違いない。


 俺が自嘲してしまっていると、沙耶乃は震えていた。ああ、やっぱりドン引きされていると思ったときだった。


 沙耶乃は俺にハグして喜びを爆発させる。


「本当に!? うれしいなぁ! お兄ちゃんにお姫さま抱っこされたら、沙耶乃はそのままお持ち帰りされてもいいかも」


 は?


 白石さやをお持ち帰りだとっ!?


 沙耶乃は俺の背に手を回したまま、耳元で囁いて、俺の思考を完全に停止させていた。


 瞬間停電から復帰したものの、俺の脳はバグってしまう。


「沙耶乃は白石さやで、白石さやは沙耶乃、妹なのにアイドル、アイドルなのに妹、店内でお食事ですか? それともお持ち帰りですか? よかったら、ポテトもいかがですか? えっ? スマイルですか? はははははははーーーっ!!!」


「お兄ちゃん! お兄ちゃん! しっかりしてよ。沙耶乃が悪かったから……沙耶乃をお持ち帰りなんて嫌だよね?」


 沙耶乃はそれまでの楽しそうなトーンが消え去り、悲しそうに俯いていた。俺は慌てて、弁解を始める。


「いや! 俺は毎日、沙耶乃をお持ち帰りしているようなものだ! だってそうだろう? 俺と沙耶乃は兄妹で一つ屋根というか、隣同士の部屋で寝起きして、一緒に暮らしているんだ。これはお持ち帰りどころじゃない、同棲だっ!!!」


「うん! そうだよね、私、お兄ちゃんと同棲してるんだよね」


 よかった……。


 自信の無さから沙耶乃を悲しませてしまったが、俺のひとことで笑顔になってくれていた。


「そうだ、俺からもプレゼントがあるんだ。受け取ってくれるかな?」


 俺たちはリビングに戻り、サプライズで用意していたスタークジェガンを沙耶乃に渡そうと準備していたときだった。



 父さんが神妙な面もちで俺たちを呼ぶ。母さんの表情も明らかに堅い。


 俺と沙耶乃は見たことのない両親の雰囲気に言い知れない恐怖を感じて、沙耶乃が俺の後ろで袖を掴んでいた。


 俺と沙耶乃は並んで椅子に座り、両親と対面すると、父さんは重々しい口調で話を切り出していた。


「大人になるということで、二人に話しておかないとならない大事なことがある。よく聞いてくれ……」


 父さんが話し始めると母さんは手を組んで祈るように震えていた。いつも明るい二人がここまで重苦しくなるなんて信じられない。


 だが、本当に信じられなかったのは父さんの口から出た言葉だった。


「おまえたちは血のつながらない義理の兄妹だ」


 俺の手からストンと滑り落ちる苦労して購入したガンプラ。父さんの言葉に俺は絶句していた……。

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