第10話 内緒【ざまぁ】

 俺に気づいた二人は綾香に振られたことをあざ笑ってくる。


「おほーっ! 誰かと思えば、綾香にこっぴどく振られた陰キャくんじゃねえか! のこのこやってきて、俺らに復讐でもするつもりか?」

「ははっ、秒で返り討ちにしてやんよ」


 復讐?


 俺にはまったくそんな気はない。だがそう思いこんだのか、服部は横島を抱えたまま余裕綽々よゆうしゃくしゃくで大笑いしていた。


「あんときの君塚の顔ったら、ねーよな」

「ああ、マジでざまぁって感じ。幼馴染だかなんだか知んねーけど、夢見過ぎだって」


「そうそう、俺らでも綾香のご機嫌取るのに必死なんだから、おまえが千回告ったところで無理だろうよ」

「ははっ! ちげーねえや」


 二人が俺を笑うが、綾香とはもう脈がないと分かり俺は清々している。


 そんなことよりも、だ!


芳賀が手に持った写真集を見て、怒りが湧いてきた。


 沙耶乃の励ましの言葉、「お兄ちゃんなら、大丈夫!」が教会の鐘のように何度も鳴り響き、俺に勇気を与えてくれていた。


 それを受け、俺は二人に言い放つ!


「俺は綾香が好きで告白したんだ! それのなにが悪いんだ、言ってみろよ!」


 俺は勝負を挑んで負けたんだ。


 俺の想いは綾香に届かなかった。綾香には嫌われてしまったが、俺は間違ったことも、人に恥じるようなことはなに一つしていない!


 俺の堂々と言い放った態度に服部は明らかに警戒していた。


「君塚……おまえ、また綾香にちょっかいかける気じゃねえだろうな?」


 服部は綾香がまるで自分の彼女のような口ぶりで話す。


「そう言うおまえらだって、綾香の彼氏じゃねえよな?」


 揶揄からかってきた芳賀たちに低い声で凄んでいた。さっきまでとは芳賀と服部の表情ががらりと変わる。俺の言葉を受けて、図星だったのか二人は互いに見合わせ、俺を鋭く睨んできていた。


「くそっ、なんだよ陰キャのくせにイキがりやがって!」


 芳賀が俺に向かってこようとしていたが、服部が横島の身体を放って、意気込んだ芳賀の気勢を手で制していた。


「俺が先にやるわ。君塚みてえな陰キャ、俺一人でいけるしな」

「だろうな。つか、柔術の大会で優勝してる健司が相手なんて君塚、おまえ死んだわ」


 二人がかりだと少々面倒だと思って、ベルトのバックルに手を置いたのだが、タイマンを張ってくれるらしい。


 それでも……。


「一対一なら、寝技が最強だ! 体重差すら覆しちまうことがあるんだからなぁ、くっくっく」


 俺の代わりに解説ありがとう。


 心のなかでいちいち俺にご高説を垂れてくれた服部にそう呟いた。


「横島! ブレザー頼む」


 俺が制服を脱いで放り投げ、横島がふらふらになりながらもキャッチした瞬間、服部は猛ダッシュして俺に迫る。ブレザーを投げる演出で服部は俺の得物えものに気づいていない。


 打撃の間合いよりも少し遠いところまで詰まったことで俺は逆手に持った得物の効果を発動させた。



 カッ!!!



 LEDの指向性を帯びた強い光が服部の網膜を襲う。思わず目を両腕で覆った服部。柔術で鍛えているだけあって、いい身体つきをしているのは認める。


 だけどなんで試合だけにしとかねえんだ!


 間違った力の使い方に憤りを感じて、タクティカルライトを点灯させたあと、素早く反転させ細くなったスイッチのついている底を服部の喉仏と鎖骨の間にねじこんだ。


「かはっ……かはっ……」


 大きな身体が苦しそうに息も絶え絶えに喘ぐ。


 急所、仏骨ぶっこつ


 とある武道の秘技で素手なら親指を突っ込むと絶大な効果を発揮する。だがしばらくすれば、傷もなく復帰できるから、相手を傷つけないで済むから便利だ。


 百八十近い身長の服部相手に俺の打撃だと本気出さないと通じないだろうし、殴ったら拳が痛んでいたところだろう。いくら筋力を鍛えても、眼球などの急所は鍛えられない。


 喉を押さえて、ごほごほと喘いで両膝をついてしまった服部を見た芳賀と横島は驚いていた。


 筋肉質で身長もある服部がうずくまってるんだ、それも仕方ないだろう。しかもそれをやったのが、陰キャの俺なんだから。


 焦りながらも芳賀は俺を非難してくる。


「一対一なのに武器使いやがって、卑怯だぞ!」

「俺はおまえらのルールを受け入れるとは一言も言ってないぞ」


 武器?


 俺の持つタクティカルライトはストライクベゼルと呼ばれる王冠のように尖ってはいないもの。警察に職質されても没収はされない。ましてや服部には一応、ゴムで被覆されたボタン側で突いている。


 ただの護身具に過ぎない。


 むしろ、この体格差を受け入れたことを誉めて欲しいくらいだ。


「は、は……服部とは相性が悪かっただけだ! 打撃の得意な俺が相手なら、結果は違うはずだっ!」


 声が上擦り、動揺しているのが手に取るように分かってしまう。おまけに自分の情報を俺に与えてしまっているので、どうしようもない……。


 芳賀は手に持った写真集を自分の鞄にしまう。


 それを目の当たりにした俺は沙耶乃が拉致されてしまったかのような気分になり、苛立ちはマックスに達しようとしていた。人から見れば、高々アイドルの写真集かもしれない。


 だが俺にとっては妹、沙耶乃の美しさ、かわいさを記録した大切なアルバムのひとつだーーーーっ!



 沙耶乃(の写真集)を拉致し終えた芳賀は俺の前でアップライトに構えぴょんぴょんと飛び跳ねていた。伝統派空手をベースにしてるんだろうか?


 だとしたら、早い出入りが厄介極まりない。


 俺は腰を低くし、手を大きく前に出して構えた。


「一丁前に構えなんかしやがって! これでも食らいやがれっ!」


 芳賀は構えているというのに、俺が構えてはいけない道理が分からない……。


 身体ごと飛び込んでる右の突きを差し出した手で俺はパリィする。当たらないと見るや、素早く突きを引いた芳賀。


 なるほど、偉そうにするだけあっておそらく黒帯なんだろうな。だけど武道やってんなら、その崇高な精神も一緒に学んで欲しいってもんだ。


 手は早く引けるが、身体は手ほど早く引けない。


 俺と接近して、残った芳賀の身体。当然、顔面も残っているので、そこに突き出した手を少し振りかぶり、スッと顎の側面を掌底で撫でるように振り下ろした。


 芳賀はなにごともなかったかのように俺から離れ、間合いを取る。


「ははっ! 陰キャの打撃なん……て……」


 最後まで言い終わることなく、バタリと倒れた芳賀。今ごろ脳みそ、ぐわんぐわんに揺れているだろうな。打撃は強く打てば効くってもんでもない。顎の場合はシュッとかするようなほうが効いたりするから。


 陰キャの俺が繰り出した五行拳のひとつ、劈拳ピィチェンの真似事はあっさり芳賀を捉えて、倒してしまった。まあ俺の打撃より前のめりに倒れたほうが痛いだろうけど。


 ピクピクとせくしぃな女優がイッてしまったかのように痙攣けいれんする芳賀を見て、横島が驚いていた。


「あ、ありがとう……君塚がそんな強かったなんて知らなかったよ」


 そう言ってブレザーを渡そうとする横島。俺は、お礼を言っている横島には目もくれず、白石さやの写真集を救出して、コンビニでもらったウェットティッシュで芳賀につけられた指紋が綺麗になるまで懸命に拭き上げていた。


「なにか言った?」

「あ、いや……」


 口ごもる横島に、丹念に磨きあげ満足した俺は白石さやの写真集を手渡した。


「大事な写真集なんだろ? 自慢したい気持ちは分からないでもない。けど学校なんかに持って来ずに家で愛でてあげて欲しい」

「……」


 無言になった横島だったが、俺は芳賀たちにけがされようとしていた妹の写真集を大事にして欲しくて、俺は横島に釘を刺す。


「古本屋に売ったり、メルカリに出すなよ!」

「あ、うん……」


 重版が追いついてなくて、メルカリじゃ値段がつり上がって、定価二千円弱のものが二万にもなっている。白石さやのファンには売らずにずっと持っていて欲しかった。


「とりあえず、今日のことはみんなには内緒にしておいて欲しい。二人は格闘技の練習中に打ち所が悪くて気絶したってことで」


 「えっ? えっ?」と倒れた芳賀と服部を見て、おろおろする横島だったが、俺は片手を挙げその場をそそくさと立ち去った。


 俺の妹の写真集をぞんざいに扱ったこと、それは兄として、また黄泉坂非公認ファンクラブ【七二柱の会ゴエティア】の末席を汚す者として、どうしても許すことができなかった。


 あいつらの嘲笑ちょうしょうを受けても平気だった。なぜなら沙耶乃が応援してくれること、俺を守ってくれること、もう沙耶乃には感謝しかない。


 ありがとう、白石さや……もとい沙耶乃。


 俺は自分が強くなりたいとか、大会で優勝したいなんてことから興味を失ってしまった。今は沙耶乃を守りたい、ただその一心だった。沙耶乃は俺の気持ちを陰になりひなたになり応援してくれ、応えてくれている。



 綾香のことなどすっかり忘れ、沙耶乃(の写真集)を汚い芳賀たちの手から守れたことに満足しながら、家路についた。


 沙耶乃は黄泉坂のライブでいなかった。


 午前中だけ授業を受けたあと、早退してテレビ出演なんて忙しい毎日を送る妹。堀北学園は芸能活動に理解がある、というより芸能人養成校に近いかも。


 沙耶乃が見せてくれた友だちと写った写真がマジでヤバかった。それこそ、綾香クラスのかわいい子ばかりだったから。


 それでも身内贔屓みうちびいきになってしまうが、沙耶乃は別格。学園では気兼ねなく、白石さやの格好でいられるらしく、女優やアイドル、タレントの卵のなかで一際輝いて見えていた。


 玄関を開け、「ただいま」と発すると、「うん」と母さんの生返事が聞こえる。リビングのドアを開くと両親が仲良くテレビの前で固唾を飲んで見守っていた。父さんはこの日のために有給を取り、仕事を早退しているらしかった。


 俺も人のことは言えないが、父さんの親馬鹿っぷりが微笑ましい。


 テレビはそんな俺たち家族の期待を裏切らない音声を届けてくれた。


『黄泉坂49、千年桜です!』


 歌番組の司会者が俺たちの沙耶乃の所属グループを読み上げ、曲名を紹介する。


 ソロパートに入ると、もちろんテレビカメラはセンターである白石さやを捉え、アップにして離さない。


 何度聴いても、沙耶乃の歌声は俺の心を揺さぶる。すると母さんが潤んだ目頭を指で拭っていた。母さんもなかなかの親馬鹿だなぁ、なんて俺が思っているとぼそりと呟く。


「やっぱり血なのかしら? 本当に似ているわ」

「お、おい……」

「あら、ごめんなさい」


 父さんがちらと俺を見たあと、母さんをたしなめていた。


 血?


 俺は両親のよそよそしい態度よりも、そのときはテレビでファンに向かって歌い届ける沙耶乃に集中していた。

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