第4話 告白【胸糞注意】
――――月曜日の朝。
「お兄ちゃん! おはよ!」
珍しく紗耶乃が俺を起こしに来てくれたんだが……。
「んん……なっ!? 紗耶乃さん……この起こし方はね、誤解を生んじゃうから、やめようね」
「ええーーっ!!! お兄ちゃんを起こすのはこの起こし方が一番なのにぃ……」
俺は寝ころんだまま同い年の妹に優しく諭すように伝えると、ぶーっと頬を膨らまして、不平を漏らす。
だが、俺の心配も分かってほしい。
お布団をかぶっているものの、紗耶乃は朝で元気になってしまった無用の長物のうえに跨がり、愛らしい言葉で起こしに来るのだ。
しかもまだ、髪も結ってなく伊達眼鏡もしていないから、制服姿の白石さやが起こしに来るという黄泉坂ファンなら誰もが憧れるようなシチュエーション。
紗耶乃が意識しているのか、していないのかは分からない。だが実の妹とはいえ、うら若き美少女のぷにぷにとした柔肌が俺の充血したところをぐりぐり刺激してくるのだ。
このまま刺激され続けて果ててしまえば、俺はトップアイドルの妹に欲情してしまった変態ということになってしまう。
紗耶乃がまだ中一くらいまでなら、仲のよい兄妹の戯れということで世間的にギリ許されるかもしれないが、仮にも俺たちは機能的にはもう立派な男と女なんだから。
「ん~、これがダメなら、添い寝で朝チュン目覚ましにしようかなー?」
「もっとダメだって……」
妹に
「そ、それよか、時間大丈夫か? もうそろそろ準備しないと遅れるぞ」
「いっけなーーい!」
それが精いっぱい。
黄泉坂の先輩たちから、いっぱいいけない遊びのことも聞いているんだろう。一応、両親から男女交際については真剣に考えなさいと忠告を受けているっぽいけど。
紗耶乃は慌てて、俺の部屋から出ようとするんだけど、
「紗耶乃はお兄ちゃんのこと、大好きだよ!」
目を閉じ、ん~と艶のある唇を尖らせ、ちゅっと投げキッスをして部屋のドアを閉めて、ドタバタと階段を下りていく。
実の妹だと言うのにドキリとする。
(はあ……妹にモテてもなぁ……)
堀北学園は恋愛禁止だから、表だって紗耶乃に告白してくる男子生徒はいないらしいが、卒業したら交際してほしいと予約をしてくる男子はいるらしい。
当の紗耶乃はそれらをすべて断っているらしいのだが、将来有望な俳優や大物アーティストになる子も出るかもしれないというのに、少々もったいない気がする。
紗耶乃に遅れること十分ほどでリビングへ。母さんと紗耶乃を横目にベーコンエッグを乗せた食パンをかじる。
ああ、なんでこうベーコンから出る脂はコクがあって旨いんだろうか?
すでに朝食を食べ終えた電車通学の紗耶乃は母さんに髪を編んでもらっている。母さんが紗耶乃の髪を結んでいる姿は、これぞ母と娘って感じで仲睦まじさに心が表れ、ほっこりしてくる。
「はい、これでよしっと!」
「ありがとう、お母さん!」
にこにこして、仕上がりに満足する母さん。紗耶乃は編み終わると、
「行ってきまーーすっ!」
元気いっぱいに声をあげていた。俺はパンをかじりながら、片手で手を振ると紗耶乃は俺に
そんな紗耶乃は母さんと顔つきが似ていない。
というより俺たち家族ともだ。母さんは若々しく見えるし、昔は「ひばり小町」なんて言われていたらしいが、たれ目で美人というよりかわいいといった容姿。一方、紗耶乃は絶世の美女みたいな雰囲気があった。
フレンドリーなところは母さん譲りだけど。
俺が母さんの顔を見ていると椅子に腰掛け、両手で頬杖をついて訊ねてきた。
「なあに、春臣? そんなにまじまじ見ちゃって。また、母さん美人になっちゃった?」
「そういうのは父さんに言ってくれよ……」
俺が呆れながら、食べ終わった食器をシンクへ持っていこうとしたときに、口に手を当てながら、ばんばんと俺の肩を叩いて、「冗談よ、冗談」と笑う母さんだったが、二人も子どもを産んだにも拘らず、アラフォーということを感じさせないでいる。
「行ってくる!」
紗耶乃と父さんは一緒に駅へと向かうのが、日常。
「「行ってらっしゃーーい!」」
と、俺と母さんが声をかけた。そのあと紗耶乃と違い、一番家に近い高校を選んだ俺は二人とは遅れて家を出る。幼馴染が迎えにくるなんて展開はまったくと言っていいほどなく、一人寂しく出発。
しかし、今日で俺の長きに渡る一人で寂しく通学と年齢=童貞という不遇の時代は終わりを告げる!
かもしれない……
鞄のなかには百時間をこめてしたためたラブレター。
玄関を出ると俺の目の前を通り過ぎる美少女……思わず固唾を飲んで見とれてしまった。昔は普通に話せていたのに意識すると声がかけられない。
清楚な紗耶乃と違い、幼馴染の
目鼻立ちはもちろんよいが、目元はキリッとしていて見る者にキツめの印象を与えている。
「綾……」
それでもなんとか声をかけようとしたときだった。
「綾香ぁぁーーっ!」
後ろから何かがドンと俺にぶつかったと思ったら、俺の声をかき消すように後ろから幼馴染を呼ぶ声がした。声の主は綾香の肩に親しげに手をかける。
「悠斗じゃん!」
「おっす!」
振り向いた綾香はうれしそうに声の主の名を呼んだ。俺を押しのけて、綾香に声をかけたのはクラスメートの芳賀悠斗、俺とは違い陽キャでイケメン、もちろん女子受けも良かった。
ジリリリリン!
悠斗の後ろから、ベルを鳴らしてママチャリがぶつかった。というか、ぶつかってから鳴らしていた。
「おい、悠斗! 俺の綾香を朝っぱらからナンパすんなよ」
自転車をぶつけた男子生徒は謝るどころか、悠斗に噛みつく。ママチャリに乗っていたのは同じくクラスメートの服部健司。短髪ツーブロックのいかにも体育会系って感じの男子。
驚いて振り返った悠斗は、
「ああ!? 舐めてんのか、健司! なに綾香を『俺の彼女』みたいに言ってんだよ、コラァ!」
事故ったことより、綾香を彼女呼ばわりした健司にキレていた。
「あははは、ほんと二人とも馬鹿じゃん!」
そんな二人を見てウケると笑う、綾香。綾香に大受けしているのがうれしいのか、さっきまでお互いに襟を掴みあっていたのに、鼻の下を伸ばして、にや~っとキモい笑顔になっていた。
綾香の受けを取るためには体を張るみたいな奴ら。だがそれは二人だけじゃなかった。綾香は間違いなく、うちの高校のトップオブトップのカーストに君臨する美少女。
次々と綾香に興味がある男たちが彼女に声をかけてゆく。
俺はすっかり疎遠になってしまい、悔しさからか、綾香に声をかけることなく追い越し、走って高校の門を潜っていた。無事に誰にも見られることなく、靴箱へラブレターを入れられたことに胸を撫で下ろした。
だがまだ安心はできない。
柱の角に隠れて綾香の様子を
恥ずかしさに耐えながら、綾香を待っていると仲のよい女子と黄色い声でキャハハと笑いながらやってくる。
靴箱を開けた綾香は俺の手紙を見て、サッと鞄にしまってくれていた。他の女子に冷やかされたり、破り捨てられたりするんじゃないかと冷や冷やしたが、受け取ってくれたことに安心する。
放課後までの授業は完全に上の空。緊張からか常に手から汗が吹き出して、ハンカチが手離せなかった。チラリと綾香を見ると椅子に横座りして、陽キャの男女数名と大きな声で談笑している。
黒髪ロングのお姉さんタイプの村瀬美穂が机に両手をついて身を乗り出し、綾香に訊ねる。
「ねえねえ綾香、金曜の放課後、暇?」
「え? なに?」
「合コンに誘われちゃってさ、かわいい子、連れて来てほしいって言われたんだよ。だから、綾香に来てほしいかなぁって」
背が低く小悪魔的な三島奈緒子が綾香の前で手を合わせて、お願いみたいなポーズを取る。それを見て、綾香は迷っている素振りを見せていた。
「えー、どうしよう。相手はどういうの?」
俺とは違い、綾香はクラスの中心といった感じで本当に華があった。
そんな彼女が本当に来てくれるのかと思ったが、どきどきと高鳴る鼓動を抑え、待っていると体育館の角から美少女の姿が見えた。
「春臣、待った?」
「あ、いや……」
俺の下に寄ってきた憧れの綾香。側に来てくれただけで中学で疎遠になっていた分、うれしくなる。俺はガキの頃から好きだった幼馴染で学校一の美少女、茅野綾香に三度目の告白をしようとしていた。
「俺……綾香に二度振られたけど、やっぱり好きなんだ! 俺と付き合ってほしい」
女々しいのは分かっているけど、諦めきれなかった。遠くから見ているのは嫌だった。彼女の返事を待つ間は針の
「いいよ、春臣! 付き合っちゃお!」
「ほんとに!?」
二度あることは三度あるって言う。けど俺は三度目の正直を射止めたのだ! 幼稚園の頃から想いを募らせていた綾香がついに俺と付き合おうと首を縦に振ってくれた。
俺は今までの努力のすべてが報われたような思いがして、身体中からうれしさがこみ上げてきて、これからの人生が
「綾香ぁぁーーっ、ずっと想いが通じると信じてきて良かった! 俺は間違ってなかったんだ」
俺が両腕を上げてガッツポーズを取っていると、芳賀や服部、三島に村瀬たち陽キャグループが壁際から出てくる……
ギャラリーがいたことに恥ずかしさがこみ上げてくるが、綾香からまさかの言葉が出た。
「なーんてね! 嘘よ、嘘! 引っかかったぁ!」
「えっ!?」
綾香の言葉に俺はすぐに理解が及ばない。俺って綾香からOKもらったよな? 嘘ってなんだ? と思っていると羽賀と三島が綾香の言葉を裏付けしてくる。
「綾香と君塚なんて釣り合わねえって!」
「陰キャの君塚くんさぁ、夢見過ぎでしょ」
二人の言葉に綾香は腕組みして頷いていた。
「えっ? えっ?」
吐き捨てるように言った二人と綾香の言動に俺は戸惑ってしまう。呆然となり、ただ突っ立っているだけの俺に追い討ちをかけるように、
「これ見ろよ、君塚の顔、すんげーウケる」
服部がスマホの画面を指差すと四人がどれどれと注視していた。
「春臣より私、どうだった? 名演技だったっしょ?」
「うん、アオハル映画の女優って感じだった」
自画自賛する綾香はきゃはははは、と笑ったあと、俺を蔑むように見た。
「どういうことなんだよ、綾香……」
「はあ? 春臣さ、勘違いしてない? なんで読モの私が春臣みたいなモブ男と付き合わなきゃいけないの、もう二度と告白なんてしないでよね!」
綾香はこいつらに俺が告白することをバラしていて、弄ぶつもりだったらしい。
綾香は俺のラブレターを三島たちに渡すと、彼女たちは回し読んでくすくすと笑う。渡ってきた便せんを見た悠斗は、大声で読み上げ始めた。
「俺はずっと綾香のことが好きで、小学生、中学生で振られたけど、諦めることなんてできなかった。俺なりに綾香に釣り合うように努力してきたつもりだ。だから今日の放課後、体育館裏に来てほしい」
俺の真剣な綾香に対する想いに大受けしたのか、みんなで腹を抱えながら、瞼に雫を浮かべるくらい俺は指を差されて、笑われてしまっていた。
そんななかでひとり冷静になった綾香は、
「悠斗、ライター貸して」
「おう!」
髪を金色に染め、どう見ても品行方正とは言い難い悠斗から百円ライターを借りた綾香は俺のラブレターを左手に持ち、吊した。
「三回も告白って、正直ウザい。もう断るの面倒、今日のは罰だから」
ライターに火を
綾香は俺の好意を利用して、どっきりを仕掛けたのだ……いや、確かに友だちに見守ってもらうことは悪いことじゃないかもしれない。
だけど振るんなら、普通に振って欲しかった……
「あー、マジ面白かったわー!」
「ほんと、ほんと」
「いや、ワンチャンとか思えるほうが凄いわ……」
「たしかにね」
俺をあざ笑うのに飽きたのか、四人は引き上げていく。
「綾香……」
ぼろぼろになった俺が最後に呟いた言葉に一瞥こそすれ、何も答えずに綾香は四人のあとに続く。
俺は完全に玉砕していた。
その日、どうやって下校したのかまったく記憶がない。俺は家に帰れずに、ずっと近所の公園のベンチに座っていた。
うなだれて、なにもする気が起きない。ポツポツと頬に雫が垂れる。小雨が振り俺の悲しみをすべて覆い隠していると、
「お兄ちゃん!!!」
「紗耶乃……」
帰宅途中の紗耶乃が濡れた捨て犬みたいになっていた俺を見つけてくれたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます