第2話 縁の下の力持ち
完成度が高過ぎて、ダメ出しするのが難しい。
紗耶乃の音程、リズム、声量、それに加えてダンス……身内贔屓になっちゃうけど、どれも抜きん出ている。でもそれが逆に周りと噛み合ってないとも言えた。
紗耶乃がソロアーティストならそれでもいい、だけど黄泉坂はグループアイドルである以上他のメンバーと合わせないといけない。
「みんな、次はCチーム、Dチームのリハだよっ! 楽しんでいってね!」
笑顔で両手を振って、舞台袖へと下がっていく、白石さやはかわいらしい容姿なのにパワフルな歌唱力というギャップに観客は魅了されていたと思う。
白石さやを見ることを目的に来たファンはぞろぞろと出て行ってしまい、立ち見が出てしまうくらい満杯だった劇場は悠々と座って見られてしまうようになってしまった。
これには他のメンバーは沙耶乃が不動のセンターということをまざまざと見せつけられてしまったような気分なんじゃないだろうか。
リハの課題についてメモしたあと、A、Bの両チームが楽屋での休憩に入ってしまったので、俺も一旦劇場を離れることにした。その間に都会に出てきたので用事を済ませたいと思ったから。
駅に向かって歩いていると……
「止めてくださいっ!」
「お姉さん、美人だね~。俺たちと遊ぼうよ!」
黒髪ロングにキリッとした目鼻立ち、パリッとしたパンツスーツに身を包んだバリキャリを絵に描いたようなアラサーの女性を見かけた。
ホストっぽくて、ちょっと柄の悪そうな男二人から言い寄られ、断っているにも拘らず手首を掴まれ、如何にもナンパされてるって感じ。
「これからすることがあるんだから、離してっ」
「ええ、いいじゃん。俺たち優しいからさ」
(ああ、スルーしてえ!)
別に年上の男二人が怖いわけじゃない。俺はバリキャリのお姉さんの顔を見て、一瞬放置しようかと思ったが、紗耶乃のアイドル活動に影響が出てもマズいと思い、腹を
俺は目にかかる前髪をかき分けると、白い歯を見せながら、ナンパされてる女性に向かって微笑んだ。
「いや~、お待たせしてごめん。ルルさんだよね?」
俺が男たちを無視して声をかけるので、怒った男たちは睨みを利かせ凄んできていた。
「てめーは誰なんだよ!」
「あ、俺?
微笑ましい凄みに俺は女性と待ち合わせだと余裕綽々で答える。
はぁ!? みたいな顔する彼女に俺がアイコンタトを送り合わせるようにお願いしていると、
「そ、そうよ、私、金のない男とは遊ばない主義なの」
俺の意図を理解したのか、俺の脇に手を差し入れると腕組みして今からすぐにでも食事に行こうという雰囲気を醸し出す。
「くそっ! パパ活ってなんだよっ」
「覚えとけよ、テメー!」
俺の顔をジーッと舐めるように見たあと、ちっ! と舌打ちして男たちは路地裏へと消えていった。
ふーっと俺が胸をなで下ろすと腕組みしていたはずの彼女はさっと離れて、スーツの袖を大量のほこりがついてしまったかのように必死で払っていた。
一応、これでも助けたつもりなんだけどな……
俺も不満だったが、彼女も思うところがあるようで、俺を睨んでいる。
「まったく余計なことはしなくても良かったのに……それになによ、パパ活って。私は健全なんだから!」
俺に憎まれ口を叩くのは藤原
今はゼネラルマネージャーの下でAチームのメンバーのマネージャーをしており、紗耶乃も彼女のお世話になっていた。
「じゃ、俺、用事あるんで!」
「待ちなさい!」
今度は俺が手首を掴まれ、捕まってしまう。俺の胸に人差し指でとんとんと突いて、説教を始めるアラサーの藤原さん。
「だいたいね、あなたみたいなのにウロウロされてちゃ、さやは飛躍できないのよ! 彼女は日本……いえ世界にだって通用するくらいのアーティストなんだから!」
正直、さっきのホスト風の男たちより俺にとってはよっぽど厄介な相手だ。アラサーなんて言うと、「まだ二十代よ!」と何度、叱られたことか……
これがあるから、助けたくなかった。
「あ、なんかすみません。でも俺、紗耶乃がさっきみたいな危ない目に会わないように
俺がファン目線で紗耶乃に率直な感想を言ったりするのが、我慢ならないらしい。藤原さんは黄泉坂OGだから、彼女の育成方針に意見するつもりなんてまったくない。
(餅は餅屋だから)
あくまで俺は紗耶乃のメンタルケアというか、気分よく歌って踊れるように身内としてのアドバイスを送っているつもりなのだが。
「とにかく、さやの邪魔になるようなら、私はご両親に言って、あなたを排除するのもいとわないんだから! 余計な真似、しないでね!」
「気をつけます……」
結局、彼女は俺に言いたいことをぜんぶぶちまけて、さっきの助けたお礼も言わずに、ぷりぷりと怒ったまま劇場のほうへと立ち去ってしまった。いやお礼して欲しくて助けたわけじゃないんだけど、なんかもやっとしたものが残ってしまう。
とりあえず、暴力沙汰にならなかったことだけが救いか。
一難去ったことで気分を変え、腕時計を見る。いつ見ても俺には分不相応だと思うのだけど、紗耶乃が「いい時計をしている男の子はかっこいいんだよ!」とプレゼントしてくれた高級クロノグラフの文字盤を眺めていた。
家にいるときは、ただ甘えてくるかわいい俺と大差ない陰キャの紗耶乃だけど、ああやってスポットライトを浴びると人が変わったように輝いてる、神懸かってる。
確かに藤原さんの言うことも一理あるのかと、眩しいまでのクリスタルガラスの輝きを放つ不釣り合いな時計を見て、思った。
電車に揺られ、車窓を眺めながら思う。俺みたいなモブにはスイス時計なんかじゃなく、廉価な国産時計で充分なのに……だけど、紗耶乃がお仕事で稼いで買ってくれたことが、とにかく嬉しかった。
うみかもめに乗り換えると、車窓に映るのは臨海都市の風景、モノレールは近未来を思わせる。
ただし、その歩みはクソ遅い……。
ぼーっとキラキラ光る海の水面を眺めて思うのが、スポットライトは眩し過ぎる。俺が浴びるのは反射する陽の光りくらいがちょうど良かった。
着いたのは臨海駅のガンダムベースだった。俺は紗耶乃の送迎のついでに足を延ばして、ここによく寄る。ユニコーンガンダムを横目に店内に入るとざわざわと騒がしい。
「なんで一個しか売れねえんだよぉぉ!!!」
「申し訳ございません、決まりですので……」
「はああああぁぁ? そこをなんとかすんのが客商売っつうもんじゃねえの?」
数人で一人の店員を取り囲んで、無理難題を押しつけている。店員はおろおろするばかりで
「マジ、転売ヤーってマナーわりいよな」
「ルール守れよ」
と、ちゃんと並んでいるお客から不満の声が漏れるが、
「ああ? こっちは大口客だ、おまえらみてえにちまちま買ってんじゃねえぞ、こらぁ!」
不満を漏らした客の側にずかずかと肩で風を切りながら歩いてきて、舐めまわすように睨んでいた。それには溜まらず、客は萎縮してしまう。
はあ……見てらんねえ。
別に正義感を振り回したいわけじゃないが、俺は転売ヤーに一言言ってやろうと思った。俺は今日、この日のために入念に準備をして、ここに来た! そう、プレバンの限定商品スタークジェガンが販売されると聞いたから。
こんなことで邪魔されたくなかったんだ!
「あのー、もしかして転売ヤーの方ですか?」
「あああっ!?」
俺が客を睨んでいた男に声をかけると、ぞろぞろと五人くらいの男に取り囲まれてしまう。「あいつ、やべーよ」とかひそひそと声がするが誰一人助けようとする者はいない。
都会って、こえーーよな!
「だったら、なんだってんだよ! 邪魔するとどうなるかぁ……そ、それは!?」
だが俺がショルダーバッグに手を入れるとザッと身構えた男たちだったが、差し出した品物に色めき立っていた。他の客もわあっ! と驚く。
黄泉坂のニューアルバム【これが恋なのか、教えてくれませんか?】だったからだ。しかもただのアルバムじゃない!
「マジか!? 白石さやの握手券つきとか、いくらになんだよ!?」
それを見た途端にがたがたと震える転売ヤーたち。
「大人しくしてもらえるなら、こちらをあなたたちに正規の販売価格でお譲りします。どうしますか?」
「「「「「買う!!!」」」」」
彼らが大人しくなるのも当然だった。普通はどのメンバーの握手券が入っているのか分からない。お目当ての子が当たるまで買わないといけないというなんとも阿漕な売り方をしているのだから……
白石さやの握手券つきアルバムともなるとフリマサイトじゃ、十万なんてヤバい価格でも盛んに取引されているのが実情。俺が一枚一枚、彼らから数千円のお金を受け取り、手売りし終えると、
「ありがてえ、世話になった!」
「だがしかし、こんなに白石さやの握手券を持ってるなんて、一体あんた何者なんだ?」
ほくほくの笑顔になった彼は、俺の正体を訝しんで訊ねてくる。
「いやぁ、ただのドルオタっすよ。俺のお目当てのメンバーが当たらなくて……」
なんて適当な言い訳を言うと、「そっか、頑張れよ!」とかなんか励まされた。騒ぎも終えたので、並び直して例の物を買おうとしたのだが、店員から無情とも言える言葉がかかる。
「申し訳ございません……もう売り切れてしまいました……」
「は?」
俺の目の前が真っ暗になった。決して、俺が欲しかったわけじゃない。スタークジェガンが買えなくて、「なんの成果も得られませんでしたぁ!」みたいな報告をして、あいつの悲しい顔を見ることになったら、俺は耐えられそうにない!
俺がへなへなと膝を折って崩れ落ち、半泣きになりそうになっていると、クレーマー対応をしていた店員が駆け寄ってきた。
彼は俺の耳元でこっそり囁いた。
「あの内緒にしてもらえると嬉しいんですが、僕の分お譲りします」
「本当に!?」
「ええ、助けてもらったお礼です」
紗耶乃……お兄ちゃん、頑張ったよ!
ハードなリハを終え、俺の帰りを待つ妹に心のなかで成果を報告し、劇場へと戻る途中のことだった。
うみかもめからメトロに乗り換え、大きな箱をショルダーバッグに入れて、大事そうに胸で抱えて席に座り、にまにましていると、目の前に立っていた女の子がつらそうな表情で俯いていた。
大人しそうだけど、かなりかわいい。
車内がそこそこ混み合うなかで俺は女の子がつらそうにする理由がすぐに分かった。後ろにいるおっさんの動きが明らかに怪しかったからだ。
間違いなく痴漢だな……。
そう思った瞬間、俺の身体は自然と動いていた。
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