第27話 失敗……?
「…………」
誰もこない。どうしたんだろうか。
奇妙なものを見るかのように大勢の人がこちらに視線を向けている。なのに誰一人やってこない。
セレナとミレイちゃんがニコニコ笑顔で大衆に向かって挨拶をしたり、店内を回ったりとのんびりやってくれているが、まさかお客様が一人もこないとは思いもしなかった。
「ノア? どうしたの?」
心配になったのかカウンター越しのセレナが僕を気遣う。
「い、いや……そう上手くいかないとは思っていたけど、まさか誰一人来ないと思わなくてな」
「確かに……私も気になっていたよ。少しお高いのかな? でもノアの焼肉は凄く美味しいのに……」
味には自信がある。僕達が泊っている宿屋の朝食もとても美味しかったけど、やはり調味料が足りないと感じた。
素材の本来の旨さを引き出した――――と聞こえはいいけれど、調味料で旨味を引き立たせた方が美味しいはずだ。もちろん、調味料を渋ったのではなく、異世界は調味料の種類が乏しいのだ。
それに比べてうちの屋台は
一度味わえば、すぐに飛びつきそうなんだが…………。
「お兄ちゃん~」
ミレイちゃんが僕を呼ぶ。最近は僕をお兄ちゃん、セレナをお姉ちゃんと呼んでくれるようになった。これがまた可愛らしい。
「うん?」
「あのね~多分――――――看板がダメだと思うの」
「えっ!? 看板?」
「うん! パンは分かるけど、焼肉って銅貨五枚もするってどんなものか分からないんじゃないかな……?」
「!?」
ミレイちゃんに言われて、僕は雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。
基本中の基本。そのお店で売っているものがどんなものか分からないと、買うことは難しい。
前世でいうなら、どの食堂やラーメン屋でも模造品を展示して、こういうものが売ってますよとアピールしたり、メニュー表に写真を見せることで商品を分かりやすく伝えることができる。
それが外国だと写真がなくてどういう料理か全くわからずに、注文して失敗する場合が多いと聞く。
まさに今の屋台【自由の翼】は、何が出るかもわからないのに、銅貨五枚もの値段の焼肉は何なのかわからない、たれ焼肉に限っては大銅貨一枚という高額品だ。
お昼飯に日本円で千円を使うことに
「よし、作戦変更だ。ミレイちゃん!」
「あいっ!」
「看板に【焼肉注文のお客様はパン三つまでサービス】と書いてくれ」
「かしこっ~!」
敬礼ポーズしたミレイちゃんがタタタッと走って行って、看板に追加で文字を書く。
ライラさんが賢い子に育って欲しいからと、幼い頃から文字をちゃんと教えていたらしい。
これが……異世界英才教育……!
「書きましたっ!」
「よし。では次の作戦だ。セレナ!」
「あいっ!」
セレナがミレイちゃんの真似をする。むちゃくちゃ可愛い。
「ごほん。裏にある臨時テーブルを持ってきてくれ。ライラさんは椅子を」
「「かしこっ~!」」
何だかミレイちゃんの挙動がお店の決め言葉になりそうだ。
セレナとライラさんが臨時テーブルと椅子を持って看板の隣に設置した。
「ではセレナ――――――試食だっ!」
「!? あいっ!」
すぐに僕の目的を受け取ったセレナは、テーブルに座った。
周りの人々が奇妙な目で注目する中、セレナは満面の笑顔を浮かべる。
ライラさんが注文票を持ってセレナに近づいた。
「いらっしゃいませ。焼肉は通常とたれとどちらになさいますか?」
「たれでお願いします!」
「たれには【甘め】と【辛め】がございまして、【バター風味】も追加できますがいかがなさいますか?」
「えっと~甘め半分と辛め半分! どちらにもバター風味ありで!」
「かしこまりました。パンは三つまでお持ちできますがいくつになさいますか?」
「三つください!」
「かしこまりました」
「あっ! あの、もしパンが余ったら持って帰っても構いませんか?」
セレナからの意外な質問にライラさんも僕も驚いた。
そう言われてみると、同じことを思っているお客様だっているかも知れない。
ライラさんが僕を見つめたので、僕は頷いて答えた。正直、パンは無料で十個とか渡してもお釣りが返ってくる程だ。全く問題ない。
「はい。もちろんお持ち帰りいただいて構いません。ですが焼肉は持ち帰りができない点、ご了承くださいませ」
「は~い!」
手に持った紙に何かを書き込んだライラさんが、真っすぐ僕にやってきた。
「十一番のお客様。焼肉一人前、甘め辛め半々、バターあり、パン三つです~」
「かしこっ~!」
僕もミレイちゃんの真似をする。
何だかこの「かしこっ~!」ってイントネーションも癖になりそうだ。
ライラさんから貰った紙を再度確認して、焼肉を作り始める。
【異空間冷蔵庫】の中に入れてあるコーンラビットを焼肉に変換し、バター風味を足す。さらに半人前ずつ焼肉のたれ甘口と中辛を注ぎ込むと、たった一秒で美味しそうな特性焼肉の完成だ。
さらにホクホクのパンも三つ作ってプレートに乗せる。
「お待ち~十一番のお客様~」
たった三秒で完成した料理を外に出すと、周りから「おお~」と歓声が上がる。
うちが他のお店と違うのは、美味しさもそうだが、何よりも
僕がカウンターにプレートを乗せると、ライラさんが「十一番のお客様」と言いながら受け取った。
そして、セレナのところに持って行った。
「お待たせしました~」
焼肉が山盛りで大きいコッペパンが三つ重なったプレートがセレナの前に置かれた。
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