閑話 元婚約者(セレナ視点)

 ◇セレナ視点◇


 イゲイム男爵家の三女として生まれた私は、令嬢としての教養を叩き込まれて生きてきた。


 自分がやがて家のために嫁ぐことを運命づけられていた。それを嫌だと一度も思ったことはない。


 平民よりも贅沢な暮らし、自由はないけれど贅沢な世界にいる感覚。


 まだまだ幼かった私は、その事実を知らなくても肌で感じていた。


 そして、七歳。


 私は一人の男の子と婚約が決まったと告げられた。年齢は同じ歳。それだけで彼とは上手くやれそうで嬉しかった。だって、自分よりも遥かに年齢が上の人に嫁ぐことも珍しくないとメイドが話していたから。


 初めて出会った彼は――――不思議な人だった。


 アスカジュー子爵家の三男で、将来剣聖の才能を授かるかも知れない一家の息子として生まれた誰もが羨ましむ相手。なのに、彼からは人としての迫力もやる気も伝わってこなかった。


 ずっとボーっとして、初めて会った婚約者だというのに、私の事は何一つ聞かず、ただ紅茶を飲んで庭をじっと眺めて、何も話さず終わった。


 それから三年間、たまに会う彼との生活はずっとそんな感じ。彼が何を思っているのか、私の事をどう思っているのか、私も彼の事をどう思っているのか分からなかった。


 そして、最後の日・・・・


 彼は私に「今までお疲れさまでした。これからの貴方の幸せを祈っています」と話した。


 ああ……私は彼にとって良い許嫁にはなれなかったから、こうして捨てられたのだと思った。


 でも……実際は違った。


 十歳の才能が開花したその日。私は【暴食】という才能を開花し、絶望に堕とされた。


 食べても食べても空腹を感じて、家にある食材を大量に食べてようやく空腹を満たした。でもすぐにまた腹が減る。来る日も来る日も大食いを繰り返し、やがてお父様から食費が圧迫されると、食事制限が掛けられてしまった。


 三日三晩、空腹が辛くて、何より自分の隣に誰もいなくて、それが寂しくて…………。


 とある休息日。私は空腹を我慢できず、外に出掛けることにした。【暴食】の力で今までとは体の感覚が変わり、隣の街にも数分も走れば辿り着いた。馬車よりも早く走れる私はもはや化け物かも知れない。


 ふと、最後に会った元婚約者のあの子の言葉を思い出した。


 まるで最初から分かっていたかのように、彼の才能がハズレ・・・だったことでお父様が一方的に婚約を破棄してしまったのだ。


 あの子は元気に生きているんだろうか…………才能で人生が決まる世界で、彼に生きる道はあるのだろうか?


 暫く走って辿り着いたのは、とある森だった。


 ここなら……食べ物があるかも知れない。森の中には兎の魔物がいたけれど、私は料理ができないので倒しても意味はなく、木の実を探して彷徨った。


 そして、たどり着いた場所は、綺麗な泉だった。あまりにも綺麗で美しい泉に、どうして私はこんな役に立たない才能で辛い思いをしなくてはならないのか分からなくなって、涙が流れた。


 貴族令嬢として生まれて、毎日頑張って来たつもりだ。私の今までの努力は……なんのためだったのだろう?




 その時、後ろから茂みが動く音が聞こえた。




 ゆっくりと振り向くと、そこから現れたのは――――婚約破棄された元婚約者の彼が立っていた。


 両手に美味しそうな焼肉を持って。


「ん? セレナ様!?」


 今まで表情一つ変えず私に接してきた彼は、目を大きく見開いて声をあげた。


 一体どうしてここに彼が……? と思った矢先、私の腹は空気を読まず、元気よく音を鳴らした。


 彼と彼が持つ焼肉と現状と、何が何だかわからなくて固まった私に彼は――――初めて見せる笑顔を見せてくれた。


「あははは~! そんなに腹を鳴らす人、初めてみたよ。あははは~」


 わ、笑い事じゃない……のに…………。


 彼は、手に持っていた焼肉を私に向けた。


「食べるかい? 僕の食べかけでも良ければ」


 その言葉に私は救われるようだった。


 それからは彼が持っていた焼肉を全て平らげてしまって、食べた後に申し訳なくなった。


「あ、あの……大変申し訳ございませんでした。貴重な食事をわたくしに――――」


「あ~もうそういうのはいいから。僕達婚約者同士じゃないし、誰も知らないから。普通に喋ってくれていいよ」


 そう話す彼は今までの無表情とは違い、表情豊かで私に笑顔を向けてくれる。


 黒目黒髪は非常に珍しく、中には悪く言う人もいるけど、私はずっと綺麗だと思っていた。


 そんな彼が私に笑顔を向けてくれた事に、食事まで譲ってくれて、安心してしまってその場で号泣してしまった。


 彼はそんな私をずっと優しく見守ってくれた。


 それからここまでのことを全て彼に話した。


「そうか~才能【暴食】ね。そんな大変な才能もあるんだな~」


 彼だってハズレ才能で大変な目に遭っているはずなのに、私の心配をしてくれる。アスカジュー子爵家は剣士を重んじる家系。剣士になれなかった彼はきっと私のような大変な目に遭っているはずなのに……。


「僕? あ~まあ、多少はね。でもあと二年もすれば家から追い出されるし、それまでのらりくらり生きるよ~休息日になれば、食材はここで確保できるし」


 食材って……さっきの焼肉のことかしら?


「ということは、さっきの焼肉で足りなかったんでしょう? じゃあ、もっとご馳走するよ。材料を獲りに行こう~」


 彼はコーンラビットという兎魔物を倒した。


 ずっと剣術を学んでいたというけど、やっぱり才能がないようで動きは非常に遅い。でもコーンラビットは簡単に倒せていた。


 コーンラビットを三体倒した彼は、大きな皿を取り出して、その上にコーンラビットを乗せていく。


「じゃあ、たーんと召し上がれ――――焼肉~!」


 彼がそう呟くと皿に乗ったコーンラビットが光りを放ち――――香ばしい匂いを放つ焼肉に変わった。


「ほら、お腹空いたでしょう。食べて」


 焼肉を食べていると、彼も今までの現状を教えてくれた。彼の才能で素材さえあればいつでも焼肉を作れることを。


 それから何体かコーンラビットを倒しているのを見て、私もできそうな気がして、近くのコーンラビットを叩いてみた。


 才能【暴食】によって私の一撃は普通の人とは比べ物にならないくらい強くなっていた。コーンラビットだけではなく、周りの木々、土を全部吹き飛ばした。


 私を見て苦笑いを浮かべた彼は「その力を使えば、君は自分でお金が稼げるね。おめでとう」と言ってくれた。


 自分にとって最悪だった才能が、希望の才能に変わった瞬間だった。


 その時、私は自分がどうして【暴食】を授かったのかやっと理解できた。


 私が魔物を倒せるようになって、彼に食材を持って来れば彼は食に困らない。


 その日から私は彼のために力を磨くことを決意した。




「えっ? その食材はいらない? だって家に帰ったらご飯あまり食べられないんでしょう?」


「うん……でも大丈夫。代わりに……休息日は焼肉をご馳走して欲しいの。ダメ……かな?」


「ん? 全然いいよ~、僕も成人するまではずっとここにいるから」


「うん! や、約束だからね! 休息日はいつもここに来るからね!」


「分かった。この泉を目印にしよう」




 綺麗な泉が私達を祝福してくれるかのように、日の光を受けて輝いた。


 その日から私は自分の力を理解し、操作できるように頑張った。


 空腹も彼との時間を思えば耐えられた。


 彼が家から追い出されるまで二年。私もそれまで彼の隣に立てるように強くなろう。




 それから二年後。


 私はお父様に書置きを残して、家を出た。

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