第3話 セレナ

「ノアああああああ~!」


 こちらに向かってくる誰かが僕を呼ぶ。そのシルエットだけで誰なのかすぐにわかった。


「セレナ!」


「ノア~!」


 そう声をあげながら飛びついてきたのは――――自前の美しい銀色の艶のある髪と、いつも笑った時に顔がくしゃっとなるのがチャームポイントの可愛らしい美少女。


「うわっ!? 危ないよ?」


「えへへ~ノアなら受け止めてくれると思ったから!」


 そう言いながら曇り一つない満面の笑顔を浮かべる彼女の名はセレナ。セレナ・イゲイム。イゲイム男爵家の令嬢であり、僕が三男で彼女が三女という共通点があったりする。


 さらにもう一つ。彼女は僕の――――正式な婚約者だ。いや、だった・・・


「待っていたよ」


「うん! 私も……ずっとこの日を待ってたよ」


 追放された――――というのは、人によっては悲しい出来事かも知れないけど、僕も彼女もお互いにとっては、これが一番幸せだからこそ、お互いに顔を合わせて笑顔を浮かべた。


「成人になったら追い出されるかもって言っていたけど、本当にその通りになったんだね」


「そうだな。そういうセレナは?」


「私も追い出されたよ!」


「ええええ!?」


 何でもないと言わんばかりに笑顔を見せる彼女だが、すぐに勢いより「ぐ~」という音を響かせる。


「相変わらずだな。お腹空いてるだろ? 焼肉食べる?」


「食べるっ!」


「僕の食べかけでも良ければ」


「うん!」


 コーンラビットの焼肉を彼女に渡すと、パクパクと美味しそうに食べ始める。


「セレナ。やっぱりご両親に怒られたのか?」


 食べながらだから声は出さずに首を大きく縦に振る。


 勢いよく波打つ銀髪が、彼女の美貌をより際立たせる。頬を膨らませてもぐもぐと焼肉を幸せそうに食べる彼女がとても愛おしい。


 僕がこの世界に転生して七歳の時点で許嫁となった彼女。昔はこんなに食べることが好きではなかった・・・・・・・・


「ご馳走様でした~!」


「まだ足りないんだろ?」


「うん! コーンラビット捕まえてくるね?」


「ああ。頼んだよ」


「任せて~!」


 彼女は先程とはまるで違う素早い動きで森の中に入っていく。


 いや、素早いという表現すら足りない。とんでもない速さで駆ける彼女は、十歳の時に開花した才能――――【暴食】のせいで大変な目に遭っている。


 昔の彼女は見た目通りの細身で小食だったのだが、才能に目覚めてから食べる量がとんでもない量になった。


 前世でいう大食い選手のような感じ。


 そんな彼女のあまりの食べっぷりに、イゲイム家は食事を制限せざるを得なくなった。それくらい食費が大変なことになったからだ。


 それから彼女は空腹を我慢する生活を強いられているが、週に一日ある休息日はこうしてここに来てコーンラビットを捕まえてきては、僕が焼肉を作ってあげている。


 前世の感覚だからなのか、銀髪や碧眼へきがんを美しく感じるが、前世の精神年齢があるから、彼女のことは可愛い娘や妹のようにしか見えない。


 出発してから一分も経たないうちに帰ってきたセレナは、両手にコーンラビットを三匹ずつ握っていた。


 彼女の才能【暴食】は、大食いとなり、満腹まで空腹を感じ続けるの代わりに空腹を満たせば満たすほど強くなる力だ。お腹が空くと力を出せないのはデメリットだが、コーンラビット一匹でも人離れした力を発揮する。


「ただいま~!」


「おかえり。セレナ」


「えへへ~ただいま!」


 異世界に転生して僕の数少ない癒しは、彼女の笑顔とコーンラビットの焼肉だけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る