1枚目 ロッコと最初の港


「旅をするのにいるものは全部入れっちまおう」


ロッコの自慢の旅行かばんは、なんだって入っちゃいます。

レモンいっぱいの果物かごに、絵の道具をすべて、そしてたんすを丸ごとひとつ……そこでロッコは眉毛をぴくぴくとさせて考えたあと、家をまるごと、かばんに入れてしまうことにしました。


「いやあスッキリした!さて、ロッコの旅のはじまりだ!」


ルンルンとした足取りで、まずは港に向かいます。ロッコの住むところでは、港に行き、船に乗らなければどこへ行くこともできないからでした。


「ついでだ、ワインをいっぱい買いこもう」


買いこんだワインと食料を全部かばんに入れてしまいました。

かばんを振ってみますが、まだまだ入りそうです。

ロッコはくしゃりと笑い、漁師から船を一隻、買いました。

これで今度こそ本当に旅に出ることができます。


「ギリシャのアテナイへ行って、郊外の森を散歩して、バスタブいっぱいのヨーグルト、スパナコピタとサラダ、それからギロも山ほど買って食おう!ベルギーに行ってたんすに入りきらないほどのチョコレートを買うってぇのもいいな!」


ロッコはいつものようにキッキッキ、と笑い、海へ漕ぎ出しました。



さて、人はきれいなものを見ると心まできれいになりますが、それはロッコも一緒でした。ほんのちょっぴりだけ、ですが。


「いいねぇ!海を一枚描くとするか!いや、波で揺れて描けやしねぇな」


ロッコが買ったのは小さい船でしたから、波にさらわれ揺れたい放題。

ここにしぼりたてのミルクがあったなら、バターになっていたでしょう。

それもいいな、と考えて、牧場に行ったら牛を一匹買おうと決めました。


「最初の行き先は波まかせってのも悪くねえや!キッキッキ!」


ロッコを乗せた船は、波にゆられて約1日。やっとどこかの港に着きました。


「船の中の生活も悪くねえや!」


そう言ったものの、ロッコはすっかりしてしまいました。何もしていないのに体が揺れてしまいます。ロッコはぺちんと自分の膝を叩きました。


「とりあえずもう夜だ。人も牛も、夜は寝るものだ」


船をかばんにしまい、代わりに家を出します。

あっという間にの完成です。


「明日は早起きして絵を描くぞ……むにゃむにゃ」


船旅で疲れたロッコは、横になるなりすぐに眠ってしましました。



「おう、朝か!」


お日さまの光で目が覚めたロッコは、ばちーんと起き上がりました。

シャワーを浴びて、歯を磨いて、朝ごはんを食べるのも忘れて絵の道具を担いで出かけます。画家をやめてから記念すべき第一枚目の絵でした。


「ここがどこかは知らんが、なかなかいい土地だ!」


景色もきれいだし、空気もおいしい。ルンルンと筆も乗ります。


「元々競争なんて好きじゃねえんだ!この方が性に合ってらぁ!!」


絵を売ったり買ったりというのは、ロッコにとって非常に面倒くさいものでした。

だんだんと売りたい人や買いたい人のわがままがぐるぐるして、描きたい人はついていけません。ジュリアーノのように、として絵を描けるなら別ですが。


ロッコは昔ながらの頑固者でしたので、そうはいきません。

描きたいものだけ描けないのなら、全部やーめた、とするような人でした。


「キッキッキ!今日は天気もいいじゃねえか!!やるなぁ太陽!!」


太陽への感謝を込めて、描いている絵に太陽を描きたします。絵はでたらめですが、なんだかとっても、楽しくなってきました。歌いながら描きましょうか、踊りながら描きましょうか。


「……腹がへったな」


いいえ、おなかがすきました。太陽はいつの間にか真上にいて、朝ごはんも食べていないというのに、あやうくお昼ごはんまで忘れてしまうところでした。


「ハラペーニョのピッツァにチーズ、ワイン、オレンジをいくつかでいいか」


ふきんで手に付いた絵の具をぬぐい、ごはんを食べることにしました。


「キッキッキ!天気がいい日に外で食うピッツァは格別にうめぇや!!」


ロッコはすっかり上機嫌で、うっかりワインを飲みすぎてしまいます。



ロッコが目を覚ますと、どこか知らない場所にいました。

正確に言うと、知っている景色のなんだか違う感じ、です。


ワインを飲みすぎたとようやく気付いたロッコは、かばんから水の瓶を取り出そうとしました。しかし、おや?かばんがまったく見当たりません。


キョロキョロと辺りを見回しますが、やっぱりありません。それどころか、出しておいた家も、絵の道具も、そして絵もありませんでした。


「ぬすまれやがった!!」


そう叫んで頭を抱えるロッコが見たものは。


「なんだ、絵、あんじゃねぇか」


目の前に広がる景色は、先程までロッコが描いていた絵、そのものでした。

ふつうの人なら怯えてひざまずき、神さまに今までの行いを悔いたのでしょう。

でもここは頑固者で、変わり者のロッコ。絵の中の海を泳いだり、泉の水を飲んだり、木の陰で用を足したりと、やりたい放題です。


しばらく拾った枝を振り回していましたが、そのせいで筆を持ちたくなってきました。絵を描きに来たというのに、これじゃあだいなしです。


「おれの描いた絵を探検するってのも悪くねえな」


あたりをうろついていると、ロッコは小さな洞窟を見つけました。あんまりにも狭くて暗かったので、さすがのロッコも「やだな」と思いましたが、こんなチャンスはめったにないぞ、と自分を奮い立たせます。拾った枝を振り回して、洞窟に突入です。


「ロウソクを薪ほどたくさん買うんだった」


かばんは絵の外なので、あったとしてもどうにもならなかったでしょうけどね。

仕方なく、枝でコツコツと確認しながら進みます。


「あっ」


枝が空ぶりました。穴です。穴があったのです。小さな穴なら尻もちをついただけで済んだでしょうが、その穴はロッコより数回りも大きかったものですから、ロッコはストン、と落ちてしまいました。


「キッキッキ!浅い穴で助かったぜ!」


ロッコはこりずに枝を振り回して探検です。


「ん?なんだぁこれは……」


枝が、重く固いものにぶつかりました。ロッコはてっきり岩か何かだと思いましたが、手でぺたぺたと触ってみるとそうでもない。さらにあちこちをぺたぺたと触り、やっとそれがなんなのかわかりました。


「宝箱だ!!」


ずっしりしているということは、中身がたくさん入っているはずです。ゴンゴンとこぶしで叩いてみると、重い音が返ってきます。


「しかし、絵の中の宝物を手に入れてもなぁ……」

「やっぱりそうですよね……」

「誰だ!!」


ロッコは一日中(絵の中はずっと朝なので外でなん時間経ったのか知りませんが、そんな気がしたのです)ひとりだったので、急に聞こえた他の人の声に驚きました。


「わたしは、あなたに描いていただいた太陽です」

「おう!太陽か!今日は本当にいい天気だった!ありがとよ!」

「ああ、わたしはそんなふうに言われたことがありませんでした」

「太陽が泣くんじゃねえや」


ロッコが描いた通りの太陽が、ロッコの隣に座ってきます。

洞窟が明るくなり、宝箱の中身も見えました。そのものです。


「でもやっぱ絵なんだよなぁ……」

「それじゃあ、外に帰してあげましょう」

「おう!」

「外に帰ったら、同じ場所をさがしてみてください」


太陽がそう言うと、ロッコは元の場所に立っていました。元の場所、元の時間、真上の太陽だってそのままです。ロッコはしばらく首を傾げていましたが、絵の太陽に言われたことを思い出し、かばんを引っ掴んで洞窟のあった場所へと行きました。


かばんから長い梯子を取り出して、ひょいと穴の下へ。

絵の中で見たままの宝箱が、そこにはありました。中身のもそのままです。とても古い時代の金貨や宝石のようでした。


ロッコはそれを半分売り、旅に出る前よりものすごくたくさんのお金を手に入れました。すべての荷物と家と船、そして完成したばかりの絵を大切にかばんにしまいました。次はちゃんとアテナイに向かうため、船頭を探すことにしたのです。


「キッキッキ!太陽さんや!ありがとよ!!」


ロッコは太陽が手を振り返したように見えて、くしゃりと笑いました。

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