1枚目 ロッコと最初の港
「旅をするのにいるものは全部入れっちまおう」
ロッコの自慢の旅行かばんは、なんだって入っちゃいます。
レモンいっぱいの果物かごに、絵の道具をすべて、そしてたんすを丸ごとひとつ……そこでロッコは眉毛をぴくぴくとさせて考えたあと、家をまるごと、かばんに入れてしまうことにしました。
「いやあスッキリした!さて、ロッコの旅のはじまりだ!」
ルンルンとした足取りで、まずは港に向かいます。ロッコの住むところでは、港に行き、船に乗らなければどこへ行くこともできないからでした。
「ついでだ、ワインをいっぱい買いこもう」
買いこんだワインと食料を全部かばんに入れてしまいました。
かばんを振ってみますが、まだまだ入りそうです。
ロッコはくしゃりと笑い、漁師から船を一隻、買いました。
これで今度こそ本当に旅に出ることができます。
「ギリシャのアテナイへ行って、郊外の森を散歩して、バスタブいっぱいのヨーグルト、スパナコピタとサラダ、それからギロも山ほど買って食おう!ベルギーに行ってたんすに入りきらないほどのチョコレートを買うってぇのもいいな!」
ロッコはいつものようにキッキッキ、と笑い、海へ漕ぎ出しました。
◆
さて、人はきれいなものを見ると心まできれいになりますが、それはロッコも一緒でした。ほんのちょっぴりだけ、ですが。
「いいねぇ!海を一枚描くとするか!いや、波で揺れて描けやしねぇな」
ロッコが買ったのは小さい船でしたから、波にさらわれ揺れたい放題。
ここにしぼりたてのミルクがあったなら、バターになっていたでしょう。
それもいいな、と考えて、牧場に行ったら牛を一匹買おうと決めました。
「最初の行き先は波まかせってのも悪くねえや!キッキッキ!」
ロッコを乗せた船は、波にゆられて約1日。やっとどこかの港に着きました。
「船の中の生活も悪くねえや!」
そう言ったものの、ロッコはすっかり陸酔いしてしまいました。何もしていないのに体が揺れてしまいます。ロッコはぺちんと自分の膝を叩きました。
「とりあえずもう夜だ。人も牛も、夜は寝るものだ」
船をかばんにしまい、代わりに家を出します。
あっという間に生活拠点の完成です。
「明日は早起きして絵を描くぞ……むにゃむにゃ」
船旅で疲れたロッコは、横になるなりすぐに眠ってしましました。
◆
「おう、朝か!」
お日さまの光で目が覚めたロッコは、ばちーんと起き上がりました。
シャワーを浴びて、歯を磨いて、朝ごはんを食べるのも忘れて絵の道具を担いで出かけます。画家をやめてから記念すべき第一枚目の絵でした。
「ここがどこかは知らんが、なかなかいい土地だ!」
景色もきれいだし、空気もおいしい。ルンルンと筆も乗ります。
「元々競争なんて好きじゃねえんだ!この方が性に合ってらぁ!!」
絵を売ったり買ったりというのは、ロッコにとって非常に面倒くさいものでした。
だんだんと売りたい人や買いたい人のわがままがぐるぐるして、描きたい人はついていけません。ジュリアーノのように、商品として絵を描けるなら別ですが。
ロッコは昔ながらの頑固者でしたので、そうはいきません。
描きたいものだけ描けないのなら、全部やーめた、とするような人でした。
「キッキッキ!今日は天気もいいじゃねえか!!やるなぁ太陽!!」
太陽への感謝を込めて、描いている絵に太陽を描きたします。絵はでたらめですが、なんだかとっても、楽しくなってきました。歌いながら描きましょうか、踊りながら描きましょうか。
「……腹がへったな」
いいえ、おなかがすきました。太陽はいつの間にか真上にいて、朝ごはんも食べていないというのに、あやうくお昼ごはんまで忘れてしまうところでした。
「ハラペーニョのピッツァにチーズ、ワイン、オレンジをいくつかでいいか」
ふきんで手に付いた絵の具をぬぐい、ごはんを食べることにしました。
「キッキッキ!天気がいい日に外で食うピッツァは格別にうめぇや!!」
ロッコはすっかり上機嫌で、うっかりワインを飲みすぎてしまいます。
◆
ロッコが目を覚ますと、どこか知らない場所にいました。
正確に言うと、知っている景色のなんだか違う感じ、です。
ワインを飲みすぎたとようやく気付いたロッコは、かばんから水の瓶を取り出そうとしました。しかし、おや?かばんがまったく見当たりません。
キョロキョロと辺りを見回しますが、やっぱりありません。それどころか、出しておいた家も、絵の道具も、そして絵もありませんでした。
「ぬすまれやがった!!」
そう叫んで頭を抱えるロッコが見たものは。
「なんだ、絵、あんじゃねぇか」
目の前に広がる景色は、先程までロッコが描いていた絵、そのものでした。
ふつうの人なら怯えてひざまずき、神さまに今までの行いを悔いたのでしょう。
でもここは頑固者で、変わり者のロッコ。絵の中の海を泳いだり、泉の水を飲んだり、木の陰で用を足したりと、やりたい放題です。
しばらく拾った枝を振り回していましたが、そのせいで筆を持ちたくなってきました。絵を描きに来たというのに、これじゃあだいなしです。
「おれの描いた絵を探検するってのも悪くねえな」
あたりをうろついていると、ロッコは小さな洞窟を見つけました。あんまりにも狭くて暗かったので、さすがのロッコも「やだな」と思いましたが、こんなチャンスはめったにないぞ、と自分を奮い立たせます。拾った枝を振り回して、洞窟に突入です。
「ロウソクを薪ほどたくさん買うんだった」
かばんは絵の外なので、あったとしてもどうにもならなかったでしょうけどね。
仕方なく、枝でコツコツと確認しながら進みます。
「あっ」
枝が空ぶりました。穴です。穴があったのです。小さな穴なら尻もちをついただけで済んだでしょうが、その穴はロッコより数回りも大きかったものですから、ロッコはストン、と落ちてしまいました。
「キッキッキ!浅い穴で助かったぜ!」
ロッコはこりずに枝を振り回して探検です。
「ん?なんだぁこれは……」
枝が、重く固いものにぶつかりました。ロッコはてっきり岩か何かだと思いましたが、手でぺたぺたと触ってみるとそうでもない。さらにあちこちをぺたぺたと触り、やっとそれがなんなのかわかりました。
「宝箱だ!!」
ずっしりしているということは、中身がたくさん入っているはずです。ゴンゴンとこぶしで叩いてみると、重い音が返ってきます。
「しかし、絵の中の宝物を手に入れてもなぁ……」
「やっぱりそうですよね……」
「誰だ!!」
ロッコは一日中(絵の中はずっと朝なので外でなん時間経ったのか知りませんが、そんな気がしたのです)ひとりだったので、急に聞こえた他の人の声に驚きました。
「わたしは、あなたに描いていただいた太陽です」
「おう!太陽か!今日は本当にいい天気だった!ありがとよ!」
「ああ、わたしはそんなふうに言われたことがありませんでした」
「太陽が泣くんじゃねえや」
ロッコが描いた通りの太陽が、ロッコの隣に座ってきます。
洞窟が明るくなり、宝箱の中身も見えました。大漁そのものです。
「でもやっぱ絵なんだよなぁ……」
「それじゃあ、外に帰してあげましょう」
「おう!」
「外に帰ったら、同じ場所をさがしてみてください」
太陽がそう言うと、ロッコは元の場所に立っていました。元の場所、元の時間、真上の太陽だってそのままです。ロッコはしばらく首を傾げていましたが、絵の太陽に言われたことを思い出し、かばんを引っ掴んで洞窟のあった場所へと行きました。
かばんから長い梯子を取り出して、ひょいと穴の下へ。
絵の中で見たままの宝箱が、そこにはありました。中身の大漁もそのままです。とても古い時代の金貨や宝石のようでした。
ロッコはそれを半分売り、旅に出る前よりものすごくたくさんのお金を手に入れました。すべての荷物と家と船、そして完成したばかりの絵を大切にかばんにしまいました。次はちゃんとアテナイに向かうため、船頭を探すことにしたのです。
「キッキッキ!太陽さんや!ありがとよ!!」
ロッコは太陽が手を振り返したように見えて、くしゃりと笑いました。
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