龍大国

 ローダリアという国は、その歴史から見ても非常に特殊な存在である。

 大陸各地で繰り広げられてきた大戦の火を鎮め、歴史上初の統一国家として君臨した。

 故に前例がなく、様々な問題や支障をきたすことも多々あったという。

 では、何故ここまで長きにわたりその座に居座り続けることが出来るのか。


 それは、あらゆる分野の傑物が、王の御許に集うからである。

 人種問わず、世界中から人材を雇用する柔軟性こそローダリアの特性と言えるだろう。


 で、あるからこそ。


『国王陛下、万歳!』

『世界に羽ばたく大国よ!』

『ローダリアに栄光あれ!』


 権力が一人の人間に集中する事もまた必然と言える。

 その座を巡り、派閥争いも熾烈を極めていく。



 王宮は、魑魅魍魎ちみもうりょうの巣窟と化していた。




 ☨  ☨  ☨




 国王陛下が崩御なされた。


 その言葉は、大陸全土に衝撃を持って知らされた。

 安寧を以て平和を築き上げてきた時代の寵児が、ついに天へと召される。

 国民は嘆き悲しみ、これからの時代を憂いていた。


 だが王の身近にいた者達に、嘆いている時間などありはしない。


「後継者、か」


 王国の膝元である、首都ライツォ。

 王家に代わり長年その地を治めてきた公爵家にとって、国の長が不在という状況は非常に由々しき事態である。

 早急に後継を決め、政治的に不安定な状況を脱さなければならない。

 しかし。


「何か問題でも?」


 ライツォ公爵家の正式な跡取りである、クックルこと、ダブラス・リ・ライツォ。

 ダブラスは、目の前で深刻そうに顔を伏せる父に対し言葉をかける。


「無い、と言えば嘘になる」


 ダブラスの言葉に、ライツォ家現当主である父は静かに口を開く。

 剛健質実。寡黙な男でありながら常に自信に満ち溢れているその背中は、息子ながらに尊敬できる父であると感じていた。

 その父が、表情を曇らせる。


「今すぐにでも後継を決めねばならぬというのに、王宮の意見は未だに割れている」


 眉間に皺を寄せ、険しい顔の父をダブラスは初めて見た。


「と言いますと?」

「武の第一王子と、文の第二王子。どちらを後継に据えるかで、ローダリアの今後が決まると言っても良い」

「文化的な側面はともかく、軍事力など今さら改善する必要などあるのですか?」

「だからお前は一人前では無いと言っているのだ」


 父は呆れた視線を向け、ダブラスを強く睨みつける。

 その言葉には、叱責の念が込められていた。


「この国は一枚岩では無い。隙を見せれば喉元に喰らいつこうと考えている輩などごまんといる。大陸の歴史は戦争の歴史だ。いざという時に武力行使が出来ないようでは話にならん」

「…………勉強不足でした。申し訳ございません」


 ダブラスは自らの無知を恥じる。

 顔を伏せ目に見えて落ち込むダブラスに、父はため息をつき口を開く。


「その甘さはお前の美徳でもあるが、政治ではそうもいかん。騙そうと画策する人間など山のようにいるぞ。そんな様子で学校は大丈夫なのか?」

「それはご安心を! 常に首席の地位を維持しております」


 フンス、と誇らしげに鼻を鳴らすダブラス。

 余計に心配だと言わんばかりに、父は呆れた表情を浮かべる。


「……まぁ良い。あまり第一王女殿下の手を煩わせるなよ」

「な、何故そこであの方の名前が出てくるのですか!?」

「おや。私はただ名前を出しただけだが」


 思春期のように慌てふためくダブラスの姿を横目に、父は手を口元に当てる。

 きっとその口元は笑っているに違いない。

 父はたまにこうして、息子をからかう事を楽しんでいるのだ。


「……コホン。そういえば父上」


 ダブラスは動揺を誤魔化すように咳払いし、話題を変えるため口を開く。


殿は、王位継承に選ばれないのですか?」

「あぁ、奴か」


 父がその名前を耳にした瞬間、表情がガラッと変わる。

 興味無くしたように顔を歪め、瞳には影が落ちる。


「アレは駄目だ。王の器ではない」


 淡々と、冷酷に父は告げる。


「武芸に秀でている訳でも、勉学の才がある訳でも無い。お前から首席の座を奪えない時点で、王としての才覚は皆無だ」

「そ、そこまでですか…………」

「言っておくが、これは王宮内の共通認識でもある。あの方が選ばれることはありえん」


 その言葉には、絶対の確信が込められていた。

 第三王子が選ばれることは無いと、心の底から信じているのだ。

 それは少し、哀れに思う。

 そんなダブラスの心情を察したのか、父は静かに口を開く。


「まぁ何も選ばれなかったとて死ぬわけでは無い。今までの王位継承も穏便に進められてきた。結局のところ、このままいけば第一王子が選ばれることになるだろう」

「そう、ですか」

「お前はせいぜい、義兄の誰が王位に就くか楽しみにしているといい」

「父上ッ!」

「クックックッ!」


 公爵家の一幕は、今日も平和に過ぎていく。

 どうか願わくば、素晴らしい時代の門出とならんことを。


 ダブラスは、強く祈った。






 後日。


 第一王子と第二王子は、自室で謎の変死を遂げた。






「どうして……………………………………どうしてなのよぉッ!」


 ダブラスの腕の中で、悲痛に叫ぶ一人の少女。

 彼女は激しい怒りに打ち震え、悲しみに涙を流す。

 ダブラスにとっても、それは全くの想定外の出来事であった。


 王位継承権を巡る争いは、両者の死を以て決着となった。

 そして結果的に、王の座に就くことになったのは――――


「あのクソ野郎ッ! 絶対殺してやるッ!」

「お、落ち着いてください! まだ第三王子殿下が犯人と決まった訳では…………」

「じゃあ他に誰がいるって言うのよ!?」


 少女はダブラスの言葉に激しく激昂する。

 そして腕の中から抜け出し、少女の顔がその姿を現した。

 誰が見ても美しいと形容するだろうそのご尊顔は、涙と怒りで表情を歪ませていた。


「これでアイツは王位継承権を得て、必然的に王座を手に入れるッ! お兄様二人が死んで、得をしたのは誰ッ!?」

「そ、それは……」


 間違いなく第三王子だ。

 ダブラスはその言葉を飲み込む。

 確かに結果的に第三王子は手に入れるはずの無かった地位を手にすることが出来る。

 しかし、それはあまりにも。


「おやおや。あまり大きな声でそのようなことを申されるのはいけませんなぁ。王女殿下」


 その時、二人の会話を遮り第三者の声が響き渡る。


「毒殺を企てた首謀者は、現在の王制に不満を抱く軍人の蛮行であると発表されたはず。憶測で話を進められては困ります」

「アプール伯爵…………」


 その人物は、蛇のように鋭い目つきをした男であった。

 豪華な衣装を身に纏い、丁寧に整えられた金髪が風になびく。

 その胸元には、龍の刺繍ししゅうが刻まれていた。


「だから何ッ!? そんなもの、いくらでも偽装できるじゃないッ!」

「証拠がありませんでしょう? 言いがかりは止めて頂きたい」


 王女の言葉をのらりくらりと躱し、アプールは毅然とした態度で言い放つ。

 確かに、彼の言っている事は正しい。

 王宮に住まう他の誰もが、第三王子の犯行と疑っていた。

 しかし、結果として見つかったのは軍人が凶行に及んだいくつもの証拠。

 第三王子の関与は、全くもって見つけることは出来なかったのだ。



「龍の威光を信じぬ者は、羽を奪われ地の底に落ちる」



 アプールは、怪しげな微笑みと共に口を開く。


「ローダリアに伝わる迷信です。王女殿下もいい加減、現実を直視されてはいかがかな? 御父上が築き上げてきた平穏を、このような形で崩してはいけません」


 流石に、我慢の限界だ。

 目の前で泣いている愛しき女性に対し、あまりにも残酷な言葉。

 ダブラスはそれまで堪えてきた口を開き、アプールへと言い放つ。


「平穏など、とうに崩れ去っている」

「……何?」

「まるで過ぎ去った事のように語っているが、この件はきっとこれで終わらない。大国の王子が暗殺された。これは、ローダリアの権威の衰退を物語っている。これから訪れるのは、疑念が支配する暗雲の時代だ」


 ダブラスが口にしたのは、叛意と捉えられてもおかしくない発言であった。


「口を慎め。公爵の嫡男風情が」


 その言葉にアプールは怒りに顔を歪ませ、ダブラスを強く睨みつける。


「伯爵である私を前にして、超大国を愚弄するか。あまり調子に――――」

「貴殿こそ口を慎め」


 アプールの発言を遮り、ダブラスは毅然と言い放つ。


「私はいずれ公爵の地位を継ぎ、必ずやこの国を変えてやる。権力に溺れるだけの貴族など、時代に取り残されるだけと知れ」

「貴様…………ッ!」


 あまりにも分かりやすい挑発。

 その挑発にまんまとかかり、アプールは顔を真っ赤にして激しい怒りを表す。

 しかし、相手は自分よりも格上の公爵家。

 そのうえ王女殿下が見ている前で、表立って手出しする事など出来はしない。


 だからこそ、挑発には挑発を。


「ハハハッ! 青二才が随分と粋がるでは無いか。惚れた女の前でかっこでも付けたいのだろうが、その王女に何の価値がある?」


 どす黒い悪意を以て、アプールはいやらしい笑みを浮かべる。


「所詮はめかけの子。その身体を売る以外使い道が無いだろうに」

「………………貴様ァァァッ!」


 怒髪冠を衝く。

 惚れた女を愚弄され、怒りを覚えない人間はいない。

 ダブラスは我を忘れ、アプールへと掴みかかる。


 しかし。


「………………ぐッ!?」


 ダブラスが伸ばした手は、アプールに触れる事すら叶わない。

 突然何者かに組み伏せられ、ダブラスは地面へと叩きつけられる。

 アプールでは無い。


 では一体、誰が。


「お、おぉ……。助かったぞ」

「いえ」


 頭上から聞こえたその声は、今まで聞いたことも無い男性の声であった。

 先程までは間違いなく、こんな人物は近くにいなかった。

 あの一瞬で、ダブラスとアプールの間に姿を現す。

 そんなことが、人間に可能なのか?


「ハン、今日の所は見逃してやる。次は無いと思え」


 アプールはそう言い放ち、踵を返し去っていく。

 瞬間、ダブラスにかけられた重圧は消え失せる。

 自分の身を心配してくれる王女殿下の声を受けながら、ダブラスは視線を上に向けた。


 アプールの後を追いかけるように、一人の男が歩いていく。

 純白の鎧に身を包み、腰に剣を携えた騎士のような男。

 顔は見る事が出来ない。

 それでも何とか睨みつけようと、ダブラスは顔を上げる。

 そして、を視認する。




 その首元には、龍の紋章が刻まれていた。

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