真相は名と共に

「あーやっと帰ってきた…………あら? クックル君じゃない」


 陽も落ちかけ、店内に橙色の光が差し込む夕時。

 酒場の扉を開き現れたヨルドとクックルの姿に、リターシャは声をかける。


「あァ、帰ったぞ」

「どうも、ご無沙汰しております」


 二人はその言葉に対しそれぞれ反応する。

 しかし、その声色はどこか重く、表情は強張こわばっていた。


「おかえりー。その人は誰?」


 カウンターの一角から軽い口調の声が飛んでくる。

 クックルがそこに視線を向けると、そこには包帯で全身を巻いた少年が座っていた。


「んだよ。まだいたのか」

「おーい、お前がなんかあった時の為に姐さんの傍に行かせたんだろ?」


 二人のやり取りを見たクックルは、心の中で一人納得する。

 特徴的な恰好、そして見て取れる二人の関係性。

 この人が、先程話していた貸し屋だろうか。


「どうもはじめまして! 僕は貸し屋、よろしくね」

「ご、ご丁寧にどうも。私はダ…………クックルです」


 貸し屋の明るい挨拶に、クックルは一瞬戸惑った後にその名を名乗った。

 なんとなく、こうした方がよいと思ったからである。


「帰ってきて早々悪いが、俺は少し用ができた。借りるぞ」

「はいはい、どうぞお好きに。どうせあんたしか使ってないんだから」

「クックル、行くぞ」


 ヨルドは矢継ぎ早に言葉を放つと、リターシャの許可を貰い店の奥へと進んでいく。

 クックルは戸惑った表情を浮かべながらも、その背中の後を追った。


「ねー、僕はどうすればいい?」

「好きにしろ。あとは自由だ」

「じゃあ夜ご飯食べていこ! 姐さん、牛肉煮込み一つ!」

「はいはい」


 ヨルドの言葉を勝手に解釈し、貸し屋は飯を所望する。

 あの野郎、俺がいない間に食材提供しやがったな。後でボコす。

 そんなことを心の中で誓いながら、ヨルドは地下へと続く階段を下りていった。




「地下にこんな空間が…………」


 階段を最下層まで下り、目の前に広がった光景にクックルは感嘆の言葉を漏らす。

 金属製の壁で四方を囲まれ、それなりに動き回れる広大な空間。

 地下にこんな場所があるなんて想像すらしていなかったクックルは、視線を動かし辺りを見渡した。


「元々は別の建物だったのを、酒場に改良したんだ。かつてはここで拷問でもしてたのかもなァ」

「拷問、ですか」

「ま、あくまでも推測だ。あんま怖がんなよ」

 

 茶化すようなそう言ったヨルドであったが、その推測はあながち間違ってないのでは、とクックルは思った。

 わざわざ地下にこんな場所を作る理由など、他にあるだろうか。


「んなことよりも、だ」


 ヨルドは空間の中心まで進み、ゆっくりと振り返る。

 その表情は真剣そのものであり、視線は真っすぐにクックルへと向けられていた。


「あのナイフがこの街にある。それがどういう意味を持つか、お前には分かってんだろ?」


 その言葉に込められた感情は、疑念。

 一体どうしてか、ヨルドは自分に疑いの目を向けていた。

 クックルはゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと口を開く。


「……もちろん分かっていますよ。ローダリアから持ち込まれたということで――――」

「違ェよ」


 クックルの言葉を遮り、ヨルドは静かな口調で言葉を放つ。


「あれは、が持つことを許される代物だ。こんな場所にあっていいものじゃねェ」

「…………つまり?」

「あれは、お前のものじゃねェのか?」


 それは、あまりに突拍子もない発言であった。

 クックルはその疑問に、笑いながら口を開く。


「何を言っているんですか。私がどうしてそんなものを――――」

「あァ、もう誤魔化す必要は無いぜ。ここには誰もいねェんだからよ」


 そう言ってヨルドは、口角をゆっくりと吊り上げる。

 黒髪から覗く爬虫類じみた瞳孔が、クックルの全身を貫いていく。


「初めてお前を見た時、俺は驚いたよ。まさかこんな場所に落ちてくるなんて、想像すらしていなかったんだからなァ」


 そして、ヨルドは告げる。



「なァ。よォ?」



 その言葉を耳にしたクックルは、声すら出すことができなかった。

 言葉は喉に詰まり、声にならない叫びが脳内を駆けずり回っている。

 

 ヨルドが口にした言葉は、本来ならばありえないはずのものだ。

 この街で知る人間など、一人もいない。そう思っていた。

 それなのに。

 一体、どうして。


「…………………………な…………ぜ」


 乾いた声が、喉を通り音と化す。

 全身の震えが止まらない。

 これからどうすればいい。

 逃げるか。どうやって。

 今目の前にいるのは、逆立ちしても勝てない化け物だというのに。

 クックルの身体から冷や汗が噴き出し、浅い呼吸が口から洩れていく。

 

「勘違いすんな。別に、お前をどうこうしようなんざ考えてねェよ」


 しかし、クックルの予想とは裏腹に、ヨルドはあっけらかんとした様子で口を開いた。


「むしろ逆だ。ローダリアの膝元である、首都ライツォ。そこの坊ちゃんだったはずのお前が、どうしてこの街に落とされたのか。その訳を聞かせろ」

「……………………一つだけ、いいですか?」


 ヨルドのいつも通りの様子に安堵したのか、クックルの呼吸が元に戻っていく。

 クックルは言葉を詰まらせながらも、唯一の疑問を口にする。


「ヨルド殿は、何故それをご存じなのですか?」

「まァ、当然それは聞かれるわな」


 ヨルドは頬を掻きながら、どうしたものかと頭を悩ませる。

 そして。


「……仕方ねェ。正直に答えるかァ」


 諦めたようにため息をつき、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「昔、お前の親父には世話んなったことがあってな。幼いお前とも一度会ってるんだわ」

「………………………………………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあッ!?」



 衝撃発言の連続。

 クックルはあまりの驚愕に、顎が外れそうになるほど叫び散らす。


「は、え、ちょ、え? どういうこと、ですか? ヨルド殿が父上と知り合いで、私と会ったことがある?」

「おう」

「いや! いやいやいやいやッ!」


 当然のように頷くヨルドに対し、クックルは全力で首を振る。


「そんなもの、記憶に無いのですが!?」

「7年以上前の話だ。お前はガキだったし、俺も特に興味なんざ無かったからな」


 ヨルドは懐かしさを振り返るように、遠くへと視線を向ける。

 その発言は、確かに今のところ否定する要因は無い。

 しかし。


「……自分から言うのも恥ずかしいですが、我がライツォ家は由緒正しい公爵一族。一般の者は関わることすらできませんぞ」

「知っとるわ。首都であるにも関わらず、王家では無く公爵家が統治する、珍しい形態を取ってるってこともなァ」


 ヨルドの語るその内容に、クックルは目を大きく見開いた。

 それは確かに、首都ライツォの特徴的な部分である。

 王家は大陸全体を統括し、それぞれの街は貴族が統治する。

 そうして成り立っている国家であると、ヨルドは知っていた。


「一体、あなたは――――」

「おォっと。質問はここまでだ」


 クックルが口に出そうとした疑問を、ヨルドは最後まで言わせることなく遮る。

 

「そ、そんなぁ!」

「今は昔話に興じてる場合じゃねェ。その話はまた今度だ」


 ヨルドの真剣さが混じった発言に、クックルはハッと我に返る。

 そうだ。

 そもそもの本題は、そこでは無い。


「あのナイフがお前のじゃねェってことは、だ。つまり別の誰かが、この街にやって来たことになる」


 その言葉を聞いた瞬間、クックルはようやく事の重大さを理解する。

 ヨルドが自分を疑ったのは、あのナイフがライツォ家のものであると睨んでいたからだ。

 しかし、それが違うとなれば話は変わってくる。


「それは、まさか」

「王の信を得た人間が、この街にもう一人いる」


 狼狽えるクックルに、ヨルドはハッキリと口にする。

 この底と呼ばれる世界に、そんな人間が二人も。

 あまりの話のスケールに、クックルは目眩がしてきたような錯覚を覚える。


「…………すなわち、ヨルド殿はこう考えておられるわけですね。あのナイフは、この街に落ちてきた者の所有物であり、その人物とは」


 一呼吸おいて、クックルは口を開く。


「敵組織の人間であると」

「あァ。それも恐らく親玉だろうな」

「そ、それは一体どうして……?」


 ヨルドのいきなりの推測に、当然の疑問を投げかけるクックル。

 それに対し、ヨルドは静かに口を開く。


「………………恐らくだが、俺はこの持ち主に心当たりがある」

「知り合いですか!?」

「馬鹿、そこまではいかねェよ。ただ、素性はなんとなく把握できた」


 その表情は、怒りと困惑が混じり合った複雑なものであった。

 ヨルドが抱く感情の真意を、クックルはまだ理解することが出来ない。


「とはいえ、だ」


 今は考えることをやめたのか、ヨルドは別方向に話題を逸らす。


「まずはお前の事情を聞かせろ。二か月前、どうしてここに落ちてきたのか。一体向こうで、何が起こっているのか。全て洗いざらい吐きやがれ」


 ヨルドとクックルの視線が、交錯する。


「それがもしかしたら、糸口になるかもしれねェ」


 それは間違いなく、唯一の繋がりであるとヨルドは確信していた。

 この短い期間で、二人も上流階級の人間が落ちてくる。

 絶対に、何か理由があるはずだ。


 そしてクックルも、それを理解していた。

 今ここで話すことが、何かのきっかけに繋がるだろうと。


「分かりました」


 クックルは諦めたように目を瞑り、静かに見開く。

 その瞳には、覚悟の信念が宿っていた。


 そして、は語り出す。




「改めまして。私の名前は、ダブラス・リ・ライツォ。二か月前まで、公爵家の跡取り者です」

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