“凄惨なる”蹂躙

「なんだ、来ねェのか?」


 ヨルドはいたって自然な様子で、周りの男達に声をかける。

 その顔に浮かぶ感情はただ一つ。

 威勢のいいこと言ってた癖に、ビビってんのか?

 そんな心の内を悟った男はプライドを刺激され、周りの仲間に叫ぶ。


「てめえらッ! たかが痩せっぽち一人、この人数でかかれば殺れるぞッ!」

「お、オオッ!」

「ブチ殺すぞッ!」


 リーダーと思わしき男の鼓舞によって、下がりかけていた戦意が息を吹き返す。

 威勢よく叫び散らし、男達は一斉に走り出す。

 剣を強く握りしめ、狙うは男の首ただ一つ。


「いいねェ」


 しかし、ヨルドはその様子に怯むことは無い。

 むしろ舌なめずりし、現状を楽しんでいるようにも感じられる。

 そして。


「チビ、頭下げろ」


 ヨルドの言葉に貸し屋は即座に反応し、慌てて頭を下げる。

 次の瞬間、頭上を何かが通り過ぎる。

 その物体は風を切り、恐ろしい角度で男の顔面に突き刺さる。


 それは、曲剣の片割れであった。


「一人」


 声を出す暇も無く死んだ男を見つめ、ヨルドは小さく呟いた。

 そして空いた片方の手で貸し屋の腕を掴み、その方角へと思い切りぶん投げる。

 他の男達の頭上を、放物線を描くように飛んでいく貸し屋。


「あっぶねぇ!」


 くるりと空中で一回転。

 貸し屋は危なげなく床に着地し、文句の言葉を垂れる。

 その様子に声をかけることなく、ヨルドはすぐさま周りに視線を向ける。


「死ねやァッ!」


 わざわざ声を出す間抜けの腕を斬り飛ばす。

 痛みに声を上げるよりも先に、即座に曲剣を顔に叩きつける。

 顔の上半分に刃が食い込み、鮮血が溢れた。


「二人」


 ヨルドは曲剣が刺さったまま、勢いよく腕を振り回す。

 男の顔面が裂け、刃がうねりと共に踊り狂う。

 剣は同時に斬りかかろうと画策していた男達の頭部を吹き飛ばし、脳漿が地面にぶちまけられる。


「四人」


 瞬きの間に四人殺された男達は、恐怖のあまり一歩後退する。


「逃がさねェよ」


 ヨルドは地面を強く蹴り飛ばす。

 衝撃が地面を砕くと共に、近くにいた男の懐に潜り込む。

 そのまま一閃。

 腹は裂かれ、中から大量の鮮血と共に臓物が転がり落ちる。


「ケハハッ!」


 ヨルドは止まらない。

 再び強く地面を蹴り飛ばし、今度は宙へと高く飛び上がる。

 そして近くにいた男に飛びかかり、頭に刃を突き立てた。

 突然獣に噛みつかれた獲物のように、身体を痙攣させた後倒れ込む男。


「ど、どうなってんだよぉッ!」


 リーダー格の男が、恐怖と困惑の混ざり合った声で叫び散らす。

 こんなはずじゃなかった。

 こんな、一方的な展開になるなんて、誰も。


「おいおい、何を悲観してんだ」


 ヨルドは顔を表に上げ、男に向かって言葉を放つ。


「楽しいだろォ? 笑えよ」


 親指を口角に当て、引き上げる。

 血に塗れたその身体で、ヨルドは嗤う。

 心の底から、殺戮を楽しむように。


「なんせこれが、人生最後の遊びになるんだからなァァッ! ケハハハハハハハハハハハハハァッ!」


 醜悪な獣が、そこにいた。

 狂った哄笑が響き渡り、聴く者の心を喰い荒らす。


「チビィッ!」

「チビって、言うなぁっ!」


 ヨルドが高らかに叫び、貸し屋がそれに応える。

 貸し屋は自分の役割を即座に理解し、実行する。

 近くの死体からソレを抜き取り、思いっきりヨルドへ投げつける。


 ヨルドは何も見ずに、その曲剣の柄を掴む。


「さァ、本番はこれからだ」


 二対の曲剣を、ヨルドは静かに構える。

 胸の前で腕を交差し、二枚の刃がを描く。


「双剣、ウロボロス」


 濁り切った黒い殺意が、ヨルドの全身から溢れ出す。

 その姿を見た男は、慌てた様子で口を開く。


「ま、待ってください! 降参、降参ですッ! 俺たちが間違ってました! もう二度と手出ししませんッ! ですから――――」

「おい」


 凍える程の冷たい声が、男の鼓膜を震わせる。


「興覚めさせんなよ」


 爬虫類のような瞳孔が、男の全身を貫く。


「笑えって言ったよな。楽しめ。血沸き肉躍り、死闘に舞え。どちらかが死ぬまで、この場から逃げることは俺が許さねェ」


 ヨルドはそう言い放ち、最後に優しく微笑んだ。


「さァ、来い」

「……………………う、うわあああああああアアアアアアッ!」


 半狂乱になった男は、剣を振りかぶり特攻する。

 周りの男達も恐怖に駆られ、我先にと走り出す。

 自ら喰われに飛び込んでくる、餌のように。

 愚かに、無謀に引き寄せられていく。


 全てを丸呑みにする、大蛇の口の中へと。


「よし、それでいい」


 ヨルドは満足げに頷き、そして自らも駆ける。

 リーダー格の男に向かって直線に走り、二対の曲剣で迎え撃つ。


「ああああああああアアアアアアアアアああッ!」


 がむしゃらに叫び、無我夢中で剣を振り下ろす。

 その腕を、ヨルドは無惨に斬り落とす。

 そして。


「――――――――――――ぐぶェ」


 頭部に両方向から刃が突き刺さり、そのまま千切れ飛ぶ。

 間抜けな声を漏らし、絶命した顔の下半分をヨルドは無情に踏み潰す。

 鮮血と肉片が弾け、地面の染みと化した男を冷酷に見下すヨルド。


「ケハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァッ!」


 もはやそこに、理性は無い。

 狂喜の笑いを高らかに叫び、ヨルドは別の獲物に目を向ける。

 そして曲剣を振りかぶり、投げ飛ばす。

 曲剣はそれぞれ、別の獲物に突き刺さり絶命する。

 そして、ヨルドはそのまま素手の状態で走り出した。


 拳で下顎を吹き飛ばし、蹴りで腹を突き破り、指で眼球を抉り出す。

 あまりにも残忍で、原始的な行為。

 その姿はまさに、獣そのものであった。


「もっと、もっと楽しませろォォォォオオオオオッ!」


 それは、戦いでは無い。

 一方的な殺戮。



 凄惨なる蹂躙であった。











「……………………相変わらず、酷い光景だ」


 貸し屋はその光景を眺め、ポツリと小さく呟いた。

 蹂躙は終わり、残されたのは地獄の世界そのもの。

 底で色々見てきたが、これほどの惨状を生み出す人間には出会ったことが無い。


 いや、人間じゃないか。

 貸し屋は心の中でそう思いながら、ゆっくりと広場を横切っていく。

 そして、中心に佇む獣に声をかける。


「おーい。満足したか?」

「…………アア」


 ヨルドは茫然と返事をした。

 その様子は、まだ夢うつつを彷徨っているかの様であった。

 貸し屋は諦めたようにため息をつくと、懐から小さな袋を取り出した。


 そして。


「はい、あーん」


 袋の中からを取り出し、ヨルドの口の中へと放り込む。

 錠剤が口の中で溶け、喉に流れ込む。

 そして次の瞬間


「あああああああああああ」


 突然不気味な声を上げ。


「……あー、すっきりしたァ」


 恍惚の表情を浮かべてヨルドの意識が復活する。


「ハイになりすぎ。俺の渡した、ちゃんと持ち歩いてるか?」

「ああ、そういえばこの前で最後だ」

「馬鹿野郎! なんのために薬を渡してると思ってんだよ!」


 貸し屋がぷんぷんと怒るその姿に、ヨルドは罰が悪そうに頬を掻く。


「仕方ねェだろ。感情がたかぶったら、俺でも抑えられねェんだよ」

「あのなぁ……」


 ヨルドの言い訳じみた言葉に、貸し屋は呆れた様子で口を開く。


「お前がそのを治したいって言ってきたんだぞ? だから俺が手間暇かけて一生懸命材料集めて作ってやってるってのに、お前って奴はいつもいつも」

「わーった! わーったよ!」


 長々と説教されたヨルドは諦めたように声を上げ、そして嫌そうに顔を歪めた。


「いつもありがとうございます。ほんとうにごめんなさい」

「絶対思ってない……」


 貸し屋は再びため息をつき、困ったように頭を掻いた。


「まぁとはいえ、そんな症状は僕も初めて見たからなぁ。アドレナリンで高揚しすぎる奴もいるっちゃいるが、お前の場合はあまりにも異常だ」


 そう言って貸し屋は、真っ赤に汚れたヨルドの姿をジロジロ見つめる。


「気分が高まるたびに身体能力も比例して向上する。そしてその負荷に耐える肉体。お前を構築するその全てが異例すぎ。こんな奴、人間とすら言えないよ」


 貸し屋の言葉に、ヨルドは何も答えない。

 静かに押し黙るその姿に、貸し屋は思っていたことを尋ねる。



「この街に来る前、お前はいったい何をしてたんだ?」



 ピクリと身体を震わせるヨルド。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「……客の詮索は、貸し屋のご法度だろォ?」

「それ言われちゃ何も言えないんだけどさぁ」


 貸し屋は両手を頭の上に乗せ、口をとがらせる。

 拗ねた子供みたいなその姿に、ヨルドは罰が悪くなり頬を掻く。


「…………悪いとは思ってる」


 今度はヨルドが子供のように、小さく呟いた。

 萎れたその姿に、貸し屋は気まずくなって口を開いた。


「やめろよ、らしくない! 何か言えない事情があるってことくらい、僕にもわかるよ」


 貸し屋は空気を変えるために、努めて明るく振る舞いだした。


「まぁ、いつもお前に助けてもらってるしぃ? そもそも人間じゃないとか、四獣将の奴らも同じようなもんだしぃ。今のところは深く考えなくていいや」


 そう言いながら、貸し屋は思い出したかのように懐から袋を取り出しヨルドに突きつける。


「今回の分、渡しとくから。姐さんを悲しませることだけはすんなよ」

「……誰にモノ言ってんだチビ」

「お、言うねぇ。あとチビじゃねぇ!」


 コロコロと表情の変わる貸し屋を見つめ、ヨルドは小さく微笑んだ。

 その様子には会えて言及せずに、貸し屋はことの本題を話し始める。


「むしろ今現状考えなきゃいけないのは、奴らの方だよ」

「ああ、こいつらか。いったい何者なんだァ?」


 バラバラになった肉片に視線を向けながら、ヨルドは当然の疑問を口に出す。


「最近しつこいんだよ。なんか勢力拡大しようと、色んな人をスカウトしてるらしい」


 その言葉に、ヨルドは先日聞いた話を思い出した。

 酒王の館に乗り込み、アケロスに傷を負わせた男。

 そいつらも確か、勢力を拡大しているという話では無かったか。


「なァ、酒王の館に乗り込んだ奴らの話は知ってるか?」

「ああ、多分そいつらだね」


 さも当然のように知っていると答える貸し屋に、ヨルドは目を見開いた。


「お前、知ってたのか。外部に情報を漏らさないようにしてるって言ってたが」

「貸し屋は情報も扱う専門家だよ? 舐めてもらっちゃあ困ります」


 えへんと、貸し屋は胸を張ってドヤ顔をかます。

 包帯で表情は良く見えないが。


「じゃあこいつらもその一味か」

「間違いなくね。今その情報を追ってるんだけど、なかなか集まらなくて」


 貸し屋でも手に入らないということは、相手は相当の組織なのだろう。

 酒王が語っていた、情報を探らせている者も死体で返ってくるという話。

 どうやらあながち間違いではないらしい。


 仕方ない。

 ヨルドは心の中でそう呟いた。


「また小太りジジイの話聞きに行くかァ」

「また? まさか、酒王の館に行ったのか?」

「昨日行ってきた」

「え!? 不可侵条約は!?」


 余りの驚きに声が裏返っている貸し屋に対し、ヨルドは頭を掻き少し悩んだ挙句、こう答えた。




「たった今、一部解禁だ」

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