第017話 自身に都合の悪い確率30%は実質100%(当社比)

(side:日記)

4/8

若干の曇り空。天気予報は降水確率30%。この30%とは非常に重い。体感的に言えば、ほぼ間違いなく降る確率。しかし、帰るまで雨な降らなければ洗濯を外に干さなかったことを後悔する。そんな確率だ。まぁ、諦めて部屋干しした。

今日から通常授業の始まり。一時間目は新任の教師なのだが、我らがクラス一番の問題児を一人で相手させて大丈夫か不安だったが

無理だった。クラスメイト総出で落ち着かせるのに苦心した。SAN値チェックしたら不味そうだと思った今年度最初の授業だった。というより、今日の一番のハイライト過ぎて、他の記憶が薄かった。


4/9追記

今年もクラス委員に決まった。篤人とのペアは去年からなので、仕事の効率は大丈夫だろう。



(side:リアル)

寝起きで、どうも頭がスッキリしないので、軽くジョギングに出掛けると、怪しい空模様。帰ってから降水確率を見ると30%になっている。こういう時、多くのゲーマーは知っているだろう。命中率という概念のあるゲーム...特に火の紋章というゲームをする人なら分かる。味方の99%の攻撃は外し、敵の10%は当たる。現実世界でも同じだと僕は思う。嫌な低確率は当たり、良い高確率は外れる。やはり、100%か0%以外は信用できないのが現実だろう。まぁ、最近はゲリラ豪雨とかもあるので、0%でも信用できないのがツラい世の中なのだろう。まぁ、逆に100%で降らない日はラッキーとも言える。傘が邪魔となるけども。

それはさておき、雨雲レーダーを確認すると若干怪しい雲の動きも見えている。残念ながら、今日は部屋干しが確定となった。洗濯物を干して弁当を準備して出掛ける。まだ雨は降っていないが、念のため傘は持っていこう。僕が進むといつもの場所に篤人がいる。


「おはよう、篤人」


「あー...おはよ、春。...傘?」


少し眠そうな篤人は挨拶と同時に僕の傘を見る。


「今日、降水確率30%だったけど?」


「あ...天気予報見てなかった...」


どうやら、天気予報を見忘れていただけらしい。


「ま、まぁ、30%なら大丈夫だ、問題ない」


「いや、その言い方は大丈夫じゃないでしょ...MADでも見ちゃった?」


「おう、見た。10年どころか半世紀ぐらい前だけど、面白いよな、ああいうのって」


どうやら、夜更かしして動画サイトを巡ったらしい。回り回って昔の動画に無性にはまる時があるのは分かる。僕も春休み中はブラックノートのMADを見ていたから、よく分かる。ああいうのを作る人って才能あるよなぁ...とか思いつつ、ゲームしながら作業BGMにしている。

そんな話をしていると気づいたら学校に着いた。僕たちは靴を履き替えて、クラスに入る。近くにいたクラスメイトと雑談しながら過ごしていると予鈴が鳴った。僕たちは授業の準備をしていると一時間目が始まる。一時間目は化学。昨日の始業式で新たにやってきた化学の先生は新米教師が一人で入ってきた。...大丈夫だろうか?このクラスには彼女がいるのだが...


「えー...昨日の始業式でも挨拶させてもらったが、改めて...今年から教師生活を始めた化学教師の里山 直人(さとやま なおと)だ。よろしく!」


昨日の始業式で女子の歓声があったのだが、若く男前って感じの顔をしている先生だ。


「新米教師って事で生徒を覚える練習もしてこいって校長先生から言われているから、一番前の生徒から自己紹介をしてほしい。あ、先に俺の自己紹介もしておこうか。名前はさっきも言ったように、里山直人。高校時代はサッカー部に所属していた。この学校での顧問は化学部って所になる。ゲームや漫画とかも好きだから趣味話もドーンと来いって感じだ。よろしく頼む。それじゃ、えーっと...一番前の...井川さんから頼む」


そう言って、井川さんが立ち上がって自己紹介を始める。順調に進む自己紹介。しかし、とうとう彼女の出番だ。


「花園 百合佳です。先生殿、先に質問とかよろしいでしょうか?」


あまりにも速やかで端折った自己紹介で油断した。僕たちはヤバいと思って止めようとしたが遅かった。


「お、良いぞ!何でも聞いてくれ」


「それでは、お言葉に甘えまして...酸化還元の際の動きは寝取り寝取られとかのドロドロな関係など、多岐に渡ると思うのですが、先生殿はどう思いますか?」


凍りつく教室。口を大きく開ける里山先生。


「すまん...どういうことだ?」


「すみません、急すぎましたね。それでは...」


花園さんは先走ったことを恥ずかしげにして席を立ち、黒板の前に立つ。


「ヨウ化カリウムと塩素の関係が一番分かりやすいと思いますが...」


『Cl₂ + 2KI → I₂ + 2KCl』


「こうなると思うのですが、この場合は塩素がカリウムを寝取るのか、カリウムがヨウ素をやり捨てるのか解釈が難しく思うのです」


そして、眼鏡のブリッジを軽く押し上げて、キラリと光らせる。


「多角的に見ることも出来ますが、私のイチオシは、塩素を魅力的に感じてカリウムが落とされて、ヨウ素から乗り替えるというのを推しています。要は、ヨウ素はカリウムを寝取られた派です!何故なら、ヨウ素よりも塩素の方が酸化力が強い...つまり魅力的なのです。カリウムもホイホイと付いていっちゃうのです」


熱弁する花園さんに、同じ漫画研究部の新山さんが遅れて抑えに行く。


「部長、落ち着いてください。先生もすみません。この漫研部長は極度のカップリングマニアなので...」


「カップリング...マニア...?」


僕たちは中等部からの付き合いだから慣れているし、問題はない...いや、弊害もあるが慣れた。初見の教師も1年経てば慣れるが、この学校でも埋没しないレベルの問題児。それが花園百合佳という女生徒だ。薔薇や百合、ノマカプは当然の守備範囲だが、タチが悪いのは人間同士のかけ算では満足せずに、一般生物を通り越して無機物にまでかけ算を始める。彼女の前ではカップリングを想像させる行為は御法度だ。すぐにかけ算を始めるから。現にトリップし始めた彼女を止めるのに、彼女が部長をしている複数の部活の部員が止めに掛かる。漫画研究部、化学部、文芸部。この三つの部長をこなし、もはや自営業レベルでイラストレーターと漫画家とラノベ作家をしている。体を動かすことを除けば、天は二物を与えずという言葉を完全に無視した存在で、これらを自由にやるためだけに特待生をしている才女。天才とアレは紙一重というが、その言葉を体現しているといっても過言ではない。

新山さんが説明しているが、思考を放棄した里山先生の表情が非常に可哀想だとクラスメイトは思ってしまう。そして、文芸部の一人が禁句を口にする。


「せ、先生は化学部でしょ?部活動の時に聞いたらどうかしら?」


その言葉に里山先生は体が凍りつき、花園さんはトリップから戻ってくる。


「これは大変失礼しました。新山殿や同士諸君、クラスメイトの皆にも。では、先生殿、後は化学部の部室にて」


そう言って、自身の席に戻る花園さんを絶望した表情で見送る里山先生。before・afterで顔の感じが変わってしまったが、自己紹介を進める。そして、最後が僕だった。


「四月朔日 春希です。4月1日の春の希望と書くのですが、1日の方は難しい方の漢字ですね。趣味はサブカル方面です。よろしくお願いします」


ちなみに、花園さんが山だったのか谷だったのか。自己紹介が進むに連れて落ち着いてきた先生は気を取り直す事に成功し、無事に授業も終了した。

なお、放課後の化学部では、先生の護衛として花園さんが部長をする部の精鋭が集まったが、守りきれずに先生は燃え尽きて灰となったらしい。


そして、今日の最後の授業はLHR。自薦他薦を問わずの委員決めだ。僕は生徒会があるので避けようと思っていたが、去年度のクラス委員の様子を見ていた面々が僕と篤人を推薦してきた。まぁ、クラスをまとめて、イベント事の際に上にあげるとスムーズなので流れ作業が出来て楽かと思い、引き受けることにした。

ちなみに、一時間目に暴走した花園さんは生徒指導室で絞られた後に化学部に顔を出すらしい。


放課後、仮入部や部活見学の生徒が多い時期。暴走する部を止めるのも生徒会や風紀委員の仕事だ。今年も強引な勧誘が少なくて取り締まりやすくて良かった。

そして、学校の下校時刻となる。僕が靴を履き替えて外に出ようとすると、ポツポツと降ってきた。傘の出番が来たと傘を差そうとすると篤人が走ってきた。


「ほら、やっぱり、30%は降ったでしょ?」


僕がそう言うと朝の事だと気づいた篤人はそっぽを向く。


「ネタをしたから降っただけだし」


篤人がそう言うと、僕は我慢できずに笑ってしまう。すると、余計にへそを曲げてしまう。


「ごめんごめん。お詫びに家まで一緒に傘に入る?」


すると、篤人は手を差し出す。


「それじゃ、よろしく」


僕と篤人では身長差が大きい。だから、いつも背の高い篤人には傘を持つのを頼んでいる。そして、いつも通り歩き始める。


「ほら、篤人、肩濡れてる。もうちょっと近づこうか」


そう言って、篤人の腕に僕の腕が軽く触れる位置まで近づく。大きめな傘なのでこれで二人とも濡れずに済む。そして、僕は篤人の家の前まで一緒に行って、篤人をほとんど濡らさずに済む。


「春、ありがとうな」


「ま、こういうときはお互い様ってやつでしょ?」


僕は篤人と顔を見合わせて笑い合う。


「それじゃ、篤人、また明日!」


「おう、また明日」


そう言って、僕は篤人と分かれるのだった。




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