第46話 成熟した個体

 「クォ~~~~ン!」

「……!」


 ボスハナビナゲザル、そして四匹のペットが見つめるその先から、何者かの遠吠えが響き渡る。


《え!?》

《あれ?》

《今の声って》

《うそ!》

《フクマロ君みたいな……》

《もしかして!》


 癖でチラ見したコメント欄も同じことを思っているみたいだ。

 だって、今の遠吠えはまるで……フクマロじゃないか!


「フー……」


 足音はない。

 だけど、確実に何かが近づいてくる気配。

 俺自身、恐怖とはまた違った何かを感じ取りながら現れる姿をじっくり待つ。


 やがて、影から出てきたのは


「クォ~~~~ン!」


 白く大きな体を持った魔物。


「え、うそ!」

「フェンリル……!」


 それは紛れもない『フェンリル』だった。


 モフモフな毛並みは変わらず、覚醒したフクマロよりもさらに体が大きい。

 体外にはバチバチっと電流をまとわせ、王の風格たる目付きは真っ直ぐに前を見つめる。


 あれが、成熟したフェンリルなのか。

 そう直感できるほどの圧倒的な迫力。


「まじかよ……!」 

「すごい……!」


 俺に続いて美月ちゃんも声を上げた。


《フェンリルだ!!》

《フクマロの種族じゃん!》

《野生!?》

《でけえ!》

《かっけえー!》

《フクマロよりちょっと怖め?》


 それはコメント欄も同じみたいだ。

 野生のフェンリルの登場に、視聴者さん含め俺たち全員の視線が集まる。


「フゥ……」


 だが、フェンリルが見つめるのは一点のみ。

 今にも巨大な岩を投げんとするボスハナビナゲザルだ。

 それ以上森を荒らすな、そう言っているようにも見える。


 そして、


「ム、ム、ムギャー!!」


 その迫力に気圧されたのか、岩を丁寧にその場に置いてボスハナビナゲザルは逃げ帰った。

 何もすることなく、フェンリルの勝利だ。


「これが……」

「わあ……」


 フクマロの背の中で腰が抜けそうになる。

 俺に向けられたわけでもないのに、その視線の迫力にやられてしまったんだ。

 これが……成熟したフェンリルの姿なのか。


《おおおおー!》

《なんだそれ!》

《大人フェンリルかっけええ!》

《目だけで撃退すんのかよ!》

《威嚇すらしてなかったな》

《俺も漏らすかと思った》


「フー……」

「あ!」


 そうして、ふいっと反対を向いたフェンリル。

 あの個体が歩いてきた側だ。


 だけど、その去り際。

 ほんの一瞬、こちらを見たように思えた。


「……!」


 ドクン、と心臓が鳴る。

 その一瞬で、まるで心臓を直接掴まれたかのような強力な視線。

 思わず胸あたりを抑えてしまう。


「フー……」


 そのままフェンリルは森へ帰って行く。

 俺たちには何もしないのだろうか。


 そう思っていた時、


「ワフ! ワフフ!」

「おわっ! ど、どうしたフクマロ」


 過剰な反応を見せたのはフクマロ。


「ワフー!」

「フクマロ、一回落ち着くんだ」


 フクマロが、いつになくぴょんぴょんと跳ねる。

 常に冷静なフクマロが取り乱すのは珍しいな。

 何かを感じ取ったのだろうか。


「ワフ、ワフ」

「ん、そうじゃなくて?」

「ワフゥ!」


 フクマロの動きから言葉を読み取る。

 伝えたいことがあるみたい。


「付いてこい、と言っていたのか?」

「ワフ!」

「あのフェンリルが……」


 さっきの一瞬の視線。

 フクマロはそう捉えたらしい。

 同じフェンリルであるフクマロが感じたなら、きっとそうなのだろう。


 それにしては先に行かれてしまったな。

 だけど、フクマロがまだ続けた。


「ワフ!」

「ただ付いて行くだけではなくて、これは試練のようなもの?」

「ワフ」


 フクマロは頷いた。


 なるほど。

 ただ案内するだけではなく、もし付いて来られたらこの先に案内しよう、ということなのだろうか。


 今助けてくれたのは気まぐれか、それとも何か目的があったのだろうか。

 フクマロの反応からしても親族ではなさそう。


『やすひろ、ここは追うべきだ』

「……だよな」


 えりとからの通信だ。

 色々と考えたいことはあるけど、えりとも同意見らしい。


「よしみんな、あのフェンリルを追おう。早くしないと跡を見失う可能性もある」

「分かりました!」

「ワフ!」


 魔物界でも一番の速さを持つフェンリル。

 すでに追いつけるとは思っていないけど、なんとか痕跡を追っていこう。


「ぽよちゃんは大丈夫?」

「はい、なんとか。魔物用ポーションも飲ませましたので」

「ぽよー……」


 目を×にしながらフクマロの上でこてん、とするぽよちゃん。

 ちょっと心配だけど、驚異の回復力を持ってる。

 このまま休憩させれば回復するだろう。

 

「あの岩が爆発するととんでもないことになっていたからな。ありがとうな、ぽよちゃん」

「ぽよっ!」


 ぽよちゃんの無事も確認したところで、俺たちは再出発をする。

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