第22話 美月ちゃんとお忍びデート
そわそわ、そわそわ。
『はじまりの草原』にて、美月ちゃんを待つ。
変装をしてきているので、誰にも話しかけられていない。
今日は彼女とデートの日。
時刻は10時頃。
もうすぐだと思うんだけどなあ。
そして、
「こんにちはっ!」
「うわっ!」
「びっくりしました?」
「うん、驚いたよ」
「ふふっ。一本取ったり!」
急に後ろから声を掛けられた。
入口方向を見ていたのに、中々やるなこの子。
それにしても、すっごく気になる事が。
「どうしたの? その格好」
「あ! これですか!」
俺が尋ねた瞬間、美月ちゃんは嬉しそうに笑い、俺に見せびらかすようにその場でくるりと一周回った。
やっぱりそうだ。
彼女の格好は、スポーティな
帽子までしっかりと被っていて、
「まさか彼氏から借りて……?」
「ち、違いますよっ! 今日の為にわざわざ買ってきたんです! そもそも彼氏なんていませんから!」
「そうなの?」
「はい! えりとさんも言ってた通り、これがバレたら炎上しちゃいそうなので、どんな変装をしようかって考えた結果です!」
そうだったのか。
なんだかほっとしている自分がいた。
「これなら、男二人がただ探索しているようにしか見えないですよね!」
「ま、まあ……」
ちょっと可愛い水色の線も入ったりした、カジュアルなジャージ。
スポーツ女子みたいな魅力があるな。
デートにジャージを着てくる。
普通なら冴えない行動なのだろうけど、そういう事情なら仕方ない。
……というか、むしろ良い。
「似合ってますか?」
「うん、とても」
「やった!」
喜んでる姿も可愛い。
果たして俺は今日、耐えられるのだろうか。
「じゃあ早速行こうか」
「はい!」
俺たちは目的の場所へと向かった。
お忍びデート開始!
森のエリアに入ったところで、美月ちゃんの方を振り返る。
「この辺でいいかな」
「ですね!」
視界が
俺はペット達が入っているバッグを軽く揺らした。
「フクマロ! モンブラン!」
「ぽよちゃん!」
呼び掛けると、それぞれペット達が勢いよく飛び出す。
二匹ともおとなしくしてくれて助かった。
「クゥン!」
「ムニャッ!」
「ぽよー!」
ここまでこの子達を解放しなかったのは、正体をバレないようにするため。
いくら変装してきていても、フクマロ達が傍にいれば一発でバレるからな。
秘密裏に来ているデートのようなものなので、見つからないのがベストだ。
「では魔物を狩りましょう!」
「そうだね。フクマロとモンブランは周囲の警戒を
「ワフッ!」
「ニャフッ!」
周囲の警戒というのは、魔物というより人のだな。
どちらかの視聴者に見られたら大変だ。
「まずはゴブリンの魔石を三十個です!」
「了解!」
俺はデートのつもりで来てるけど、一応目的はある。
今日は、ぽよちゃんの生態調査だ。
その為には、えりとから「もっとデータが欲しい」と言われた。
えりとから集める魔石の種類と数を伝えられているので、それを集める名目でダンジョンに来ているのだ。
「控えめに楽しくやっていこう!」
「はい!」
「クゥンッ!」
「ニャニャッ!」
「ぽよっ!」
みんなやる気は満々らしい。
お昼前頃。
「ぽよちゃん!」
「ぽよよー!」
「グルァ……」
最後のゴブリンを倒し終えた。
ぽよちゃんは、前よりも戦闘に磨きがかかって見える。
もしかして頭もいいのか。
「美月ちゃん、これで三十個だよ!」
「本当ですか!」
「「いぇ~い!」」
美月ちゃんと両手ハイタッチを交わす。
「ワフワフ」
「ニャアニャア」
「ぽよ!」
一方で、ぽよちゃんもうちの子達にご指導を受けている。
腕を組んだ二匹が何かをアドバイスして、ぽよちゃんが熱心に聞いているみたい。
今ほどペット達の言葉を知りたいと思ったことはない。
総じて言うと……たっのしい~。
ええ、なにこの探索。
日々、二匹のおかげで癒されているけど、また違った刺激というか。
美月ちゃんの若さパワーも感じているからだと思う。
魔物同伴デートがこんなに楽しいとは。
配信をつけていないというのもあるかも。
そんな時……ぐぅ~。
「あ」
「ふふっ。やすひろさん、お腹が空いたんですか?」
「そうみたい。ごめんね下品で」
「いえいえ! 元気な証拠ですよ!」
時間も時間だし、お腹が空いて来てしまった。
10時から待ち合わせだったし、お昼は食べてきていない。
そして、美月ちゃんは見計らったようにバッグをガサゴソとし始める。
「今日、どうしてこんな時間にしたか分かります?」
「え、さあ?」
彼女はニコっと笑いながら、木のケースを取り出した。
「じゃーん!」
「これは!」
出てきたのは、美味しそうなサンドイッチ。
綺麗な見た目がなんとも食欲をそそる。
「もしかして手作り?」
「手作りってほどでもないですが、一応!」
「へえ……!」
数を見る限り、ペット達の分までありそうだ。
大きなリュックだとは思っていたけど、まさかこれが入っていたとは。
「ごめんね、重かったよね」
「いえ! サプライズができて満足です! それよりお昼にしましょう!」
「そうだね!」
俺たちは木陰を見つけて、シートを広げた。
さあ、美月ちゃんの手作りサンドイッチを食べよう!
「ん~美味しい!」
「本当に思ってます?」
「本当だよ!」
「ふふっ。それなら嬉しいです」
率直な感想を伝えると、美月ちゃんは喜んだ顔を見せる。
シンプルイズベストというか、本当に美味しい。
まさかこんなサプライズが待っているとは。
「なんだか今日、すっごく楽しいんです」
「それは良かったよ。でも、いつもの活動も楽しんでるように見えるけど」
「もちろん活動も楽しいですよ。ですけど、どこかで視聴者を楽しませようとか、そういうことは考えてしまってるので」
「なるほど」
高校生ですでにプロ意識なんだな。
インフルエンサーとして成功するわけだ。
「でも今日は違います! なんか気楽で良いというか、のんびり何も考えずに楽しんでるなあって、自分で思っちゃいます!」
「そ、それは何よりだね……」
冷静な返事をしたけど、内心は動揺しまくっていた。
ちょいちょいちょい!?
それ、どういう意味!?
あんまり大人をたぶらかすんじゃないよ!?
「クゥ~ン」
「ムニャァ」
「ぽよぉ」
サンドイッチを食べるペット達も甘い声だ。
顔もよっぽど満足しているように見える。
「みんな、美月ちゃんのサンドイッチが美味しいんじゃないかな」
「そうなんでしょうか!」
「間違いないよ。うちには料理できる人いないからね、ははっ」
毎日からあげを食べさせているわけではないけど、俺の手作りというのは多分したことなかったと思う。
「え! じゃあ、やすひろさんも自炊してないんですか?」
「してないなあ。いつもコンビニ弁当とか、最近はたまに外食も行くけど」
「ダメですよ! 栄養はしっかり取らないと!」
「まあ分かってるんだけどね、はは」
一人暮らしを始めると同時に社畜だったから、自炊する習慣がないんだよね。
あの時はそんな時間がなかったし。
俺は何気ない会話のつもりだったけど、美月ちゃんは突然立ち上がった。
「そういうことなら私が料理してあげます!」
「え、いいの?」
「はい! やすひろさんの体が心配なので! どれだけでも作ってあげます!」
「そういうことなら……って、ちょまって!?」
「……はっ!」
俺も美月ちゃんも、会話の途中で同時に我に返る。
そんなのただのカップルじゃないか!
美月ちゃんは
「そ、そういう意味じゃないんです!」
「わ、わかってるよ!」
「「……」」
お互いに焦りながら訂正し合うも、なんとなく目を逸らす。
微妙に気まずい雰囲気になってしまった~!
そんな時、
「ワフ」
「ニャ」
「ぽよっ」
ふと肩を叩いて来たのはフクマロとモンブラン。
美月ちゃんの方にもぽよちゃんが行っていた。
しかし、
「って、なんだそのニヤニヤした顔!」
「ワフ~」
「ニャ~」
「ぽよちゃん!?」
「ぽよ~」
気まずい雰囲気を戻そうとしてくれたのかと思ったら、こいつらわざわざ俺たちを
本当になんて賢い魔物たちなんだ。
「うふふっ! あははっ!」
「美月ちゃん?」
そんな状況に美月ちゃんも笑い出す。
「ごめんなさい。本当にやすひろさんと居たら、面白い事が起きるなあって思って」
「そう?」
「はい。ぽよちゃんのこんな顔見たことないですよ」
そして、美月ちゃんは手を伸ばした。
「ではそろそろ再開しましょ!」
「そうだね!」
彼女の手を取って俺も立ち上がる。
「それと」
「ん?」
振り返り際、視線だけをこちらに向けた美月ちゃんが呟く。
「さっきの話、嘘じゃないので!」
「え!?」
「はい! たまにならいくらでもっ! さあ行くぞ、ぽよちゃん!」
「え、ちょっ」
微妙に赤らめた顔を隠しながら、美月ちゃんは走り出してしまった。
「参ったな、こりゃ」
「ワフ」
「ムニャ」
二匹も「やすひろさん、やりますやん」みたいな表情だ。
どの目線なんだよ君達は。
「じゃ、再開していきますか」
これからも美月ちゃんとは交流を持ちたいな。
もちろん炎上には気を付けつつ、ね。
そうして、俺たちは魔石を集めきったのだった。
今日はとっても良い一日だった!
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