第16話 スローライフを築こう!

 「これは素晴らしい」

「本当ですか!」


 お褒めの言葉をもらい、心の中でガッツポーズをした。


 対面しているのはダンジョンヘルス(株)の社長さん。

 ここは、安東会長伝手つてにもらった案件をもらった企業で、今はその動画を提出しにきたところだ。


「これであれば、こちらもこころよ出せます・・・・ね」

「!!」


 “出せます”、それってもしかして……。


「400万円、振り込みます」

「ありがとうございます!!」


 脳内で何かが弾ける音がした。

 これが脳汁というやつなのか。


 だけど、話はまだ終わらない。


「ところで」

「はい、なんでしょうか」


 心の踊り具合とは反対に、かっこつけてキリっと返事をした。

 常に冷静さを保つのが出来る男ってもんだ。

 

「もう一匹増えましたね」

「あ、この子ですか」

「ニャー」

 

 社長さんが目を向けたのは、モンブラン。

 昨日、俺が飼い始めたもう一匹のペットだ。


 栗毛色という変わった色を除けばただの小猫にしか見えないが、正体はニャイオンキングという最上位種の魔物である。


「モンブラン君を交えて、案件をもう一本受けてもらえませんか」

「!?」


 も、もも、もう一本だってー!?


 思わず腰を抜かして漫画みたいな倒れ方をした。

 しまった、せっかく保っていた冷静さが!


「また詳細を連絡させていただきたいと思っていますが、受けてもらえますか」

「もちろんです! ぜひお願いします!」


 こうして社長さんとは仲良くなり、報酬の400万も頂いた上で、次の仕事もトントン拍子で決まってしまった。

 これも、安東会長とのご縁があってこそだな。

 






「うへ、うへへ」

「ワフ……」

「ニャフ……」


 俺がニヤニヤしていると、フクマロとモンブランが引いたような声を出す。

 なんか既視感があるが、今は前の22万円の時の比ではない。


「俺ってまさか大富豪?」


 探索者カードには、なんと400万円の残高が。

 先ほどの社長さんからは、D-Pay(ダンジョンペイ)の方に振り込んでもらっていたのだ。


 これの登場により、お金のやり取りが随分楽になったそうだ。

 税金とかも含めてね。


 詳しくは知らないけど!

 その辺は頭が良いえりとに聞け!


「けど、とにかくこれで……!」


 ごろんと横になったまま、天井に両手を上げた。


 お金の余裕は、気持ちの余裕。

 俺はこれからスローライフを築くんだ!


「ふふふ……」


 今までのブラック企業時代から考えると、これからの生活を思い浮かべるだけで幸せな気分だ。


 だけど、何もせずダラダラするのはスローライフじゃない。

 それはただの怠惰たいだだ。


 じゃあスローライフとは何か。


 あくまで自分のペース・・・・・・で、やりたいことをやる。

 周りにもみくちゃにされず、自分で行動する。

 これがスローライフであり、目指したい生活だ。


 ではやりたいことは何か。


「ふむ……やっぱりこれかな」

「ワフッ!」

「ニャフッ!」


 俺のギラリと光った目に反応して、二匹の方から寄ってきてくれた。


「モフモフモフ~!」

「クゥ~ン」

「ニャフ~ン」


 俺がやりたいのは「癒しのペットと出来るだけ長くいる」こと。

 うん、これだな。

 

 その目的の中で、一緒に配信をしたりダンジョンに行ったりすればいい。

 また案件をもらったりもしてね……うへへ。


 って、それにしても、


「キャンキャン!」

「ニャニャッ!」

「ははっ」


 二匹とも、“気持ち良い”の具現化だろこれ。

 ペットにもよし、抱き枕にもよし、ダンジョンにもよし。

 この二匹と出会えて我ながら幸せ者だ。


「あ、そうだ」


 そこで一つ、やるべきことを思い出す。

 俺はモンブランに目を向けた。

 

「じゃあ、今日は君の配信デビューだ」

「ムニャ?」


 すでにそれなりに話題にもなっているが、今日正式に発表しようと思う。

 モンブラン、配信デビューします!





 時刻は19時。

 予定していた時間になったのを確認して、配信を開始した。


「こんばんは! や、『やすまろのモフモフチャンネル』です!」


 『やすまろのモフモフチャンネル』。

 思い付きで決めた俺のチャンネル名だ。 


 やすひろの「やす」と、フクマロの「マロ」。

 あとはチャンネルの象徴である「モフモフ」を追加してみた。


《こん》

《こんばんは!》

《やあ》

《きたああああ!》

《ちょっとぎこちないw》

《チャンネル名しっかり言えよ~w》

《恥ずかしいのかな笑》


「うぐっ」


 開幕から、チャンネル名を言うのが恥ずかしいことがバレてしまった。

 決めたのは先日だけど、実際に口にするのは初めてだったからな。

 実はまだちょっと慣れていない。


《たしかに自分で言うと恥ずかしいかもw》

《え~かわいいよ》

《良い名前ですよ!》

《唯一無二だわ》

《私は好き》

《素敵なチャンネル名だと思います!》


「そ、そうですか。よかった」


 応援してくれるコメントもたくさんある。

 これからは恥ずかしがらずに言おう。


「では、早速本題に入りますね!」


 ならば配信を進めて行こう。

 フクマロはもちろんだが、今日から主役はもう一匹いる。


「知っている方もいるかもしれませんが、実はもう一匹ペットとしてテイムすることにしました」


《おっ》

《話題のやつ》

《楽しみすぎー!》

《新たなモフ!?》

《まじうらやま》

《早く見せて!!》


 期待も高まっているみたいだ。

 俺は張り切って声を上げた。

 

「おいで! モンブラン!」

「ニャ!」


 呼び掛けると、忍ばせておいたカメラ外から勢いよく飛び込んで来る。

 そして、


「ニャフッ!」

「なんでそこ!?」


 俺の頭の上に見事に着地。

 二本足で立ち、人差し指を上に向ける決めポーズまでなされた元気なぬこさん。


《かわいい~》

《かわいい!w》

《きゃわわわわ!》

《なにそのポーズw》

《元気だね~》

《まじでただの小猫!笑》

《モフい!》


 普通に登場してもらう予定だったのだが、視聴者の反応も含めてこれは嬉しい誤算。

 こいつ、意外とエンターテイナーなのか?


「と、ということで、新たなモフ……じゃなくて、ペットのモンブランです!」

「ニャフッ!」


《おお~!》

《8888》

《モンブラン!》

《名前モンブラン!?》

《良い名前ー!!》

《いいなあ》


 歓迎されるコメントがたくさん。

 だけど同じぐらいに、


《でもたしか人を襲うんじゃ?》

《これって昨日のでっかい猫だよね?》

《猫被ってない?》

《本当に懐いてるの?》

《大丈夫?》


 心配のコメントも上がる。

 そりゃそうだろうな、全ての情報が全員に伝わるわけではない。

 これの説明も含めて、今日配信をつけたのだ。


「今日は順番に説明させてもらいます。どうかお付き合いを!」


 そうして、俺はモンブラン、もといニャイオンキングについて話した。

 

 昨日、美月ちゃんの一行を襲ったのは理由があったこと。

 それは良い理由で、モンブランなりの善い行いをしていたこと。

 今までの事例や目撃情報も、全て守る為の行動だったこと。


 あと……単純に可愛くてテイムしたこと。


「みたいな感じです!」


《なるほど》

《良い子なんですね!》

《よかった》

《安心したあ》

《図鑑も更新されるのかな》

《超かわいい》

《ちゃんと懐いてるんだ!》


 説明を終えると、モンブランを快く受け入れてくれるコメントが溢れる。

 モンブランの可愛い仕草も相まって、かなり好感触だった。


 今回でイメージを全て変えるのは難しいかもしれないけど、誰にも愛されるようになったらいいな。


「な? モンブラン」

「ニャッフッフ」


 俺が説明した横で、モンブランは偉そうに腕を組みながら頷いている。

 てか、そのぴったりサイズのグラサンはどこから持って来たんだ。


「ということで、今日からこの子も仲間です! どうぞよしなに!」

「ニャニナニ!」


《もちろん!》

《チャンネルの可愛さ倍増》

《こりゃまたバズるぞ~》

《ぬこほんますこ》

《ほんとかわいいw》

《癒しが増えたよお》

《また楽しみになったよ!》


「ははっ!」


 視聴者達のウケもいい。

 でも、ここでもやはり問題が……。


《やすひろさん隣!》

《嫉妬してる!笑》

《ほっぺ膨らましてる~》

《かわええw》

《ごめんねフクマロ君》

《構ってもらいたかったんだね》

《フクマロ君も好きだよ!》


「クンクン」


 隣でフクマロが頬を膨らましていた。

 今のは「プンプン」と言ったのか?

 

「ごめんってフクマロ~。ほらおいで」

「ワフッ!」


 やれやれ、二匹の扱いは大変そうだ。






<三人称視点>


「はぁ……ほんと癒し。終わるまで一瞬だった」


 ソファーでうつ伏せになりながら呟く少女。

 桜井美月だ。


「また見てるの? やすまろのモフモフチャンネル。本当に好きね」

「だって可愛いもん!」


 話しかけたのは、彼女のマネージャー。

 20代前半の女性マネージャーで、年もそれほど離れていない美月からすると、お姉さん的存在だ。


「じゃあコラボの申請したらどうなのよ」

「……はっ!」

「気づかなかったの?」

「いや、そうじゃくて……ただ」

「ただ?」


 マネージャーの誘いに、口をもごもごさせる美月。


「あのフクマロ様とコラボなんて恐れ多いと言うか……。今日のモンブラン様も良い子だったみたいで可愛いし……」

「思ったよりガチ勢なのね。ファンのかがみじゃない」

「あと……」


 それに続く美月の言葉が出てこず、マネージャーもなんとなく察する。


「やすひろさんに会うのがドキドキするのね」

「……! ち、違うもん!」

「ほんとわかりやすいわね~」


 マネージャーに指摘され、思わず赤面してしまう美月。


「でも、一歩踏み出さないと何も始まらないわよ」

「それは……」

「人気も爆発しているし、早く誘わないと、コラボ配信も出来ないかもしれないわね」

「……!」


 美月は目を見開いて、立ち上がった。


「私、やっぱりコラボ配信誘ってみます!」


 その日、やすひろの元に美月から連絡が届いた。

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