第13話 覚醒フクマロ
<やすひろ視点>
「う~ん?」
スマホが鳴っている事に気づき、目を覚ます。
あ、切れてしまった。
間に合わなかったか。
「こんな時間に……って、18時ぃ!?」
現在、金曜の18時。
どうしてこんな時間になっているんだ。
昨日はたしか……ああそうか。
初めてのダンジョンの成果に興奮してアドレナリンが出まくったせいで、寝付いたのが朝頃だったんだった。
ついでに、日々のブラック疲れも遅れてやってきたのかも。
「ふわ~あ」
けどまあ、この不規則さもフリーになった特権ということで。
風呂だけは入っておいたのは正解だったな。
「スー、スー」
「ははっ」
フクマロも隣で寝てる。
ダンジョンで頑張ってたし、疲れてるのかな。
犬って横になって寝るよなあ、可愛い。
「クゥン……」
「あ、起こしちゃったか」
「ワフッ!」
「ははっ。目覚めいいなあ」
起きるや否やすぐに飛び込んでくるフクマロ。
本当に懐っこいな。
ピロリン、ピロリン。
再び通話がかかってくる。
「あ」
そうだった、これで起きたんだった。
相手は、えりとか。
「もしもし」
『やっと出たか!』
「ごめんごめん、ちょっと寝てて」
『だろうなとは思ったけど! 何回もかけ直したからな!』
本当だ。
ここ一時間で数件、履歴が残ってる。
というか、何やらえりとから焦りを感じる。
「何かあったのか?」
『あったというか、あるかもしれないというか』
「どういうこと?」
『素早く説明するぞ。それと、できれば出発の準備もしてくれないか』
「いいけど……」
何やら緊急っぽいので、俺も少し気を引き締めて話を聞いた。
結論から言えば「俺とフクマロに『はじまりの草原』に向かってほしい」とのことだった。
理由は『はじまりの草原』の生態系がおかしくなっている
断定できないのは、データや研究に基づいたわけではなく、あくまでえりとの推測だからだそう。
昨日、フクマロはデカスライムを倒して雄叫びを上げた。
それによって周りの生態系に影響が及び、何か事態を招くかもしれないらしい。
てか、雄叫びだけで生態系を変えるって……。
さすが、魔物の最上位種フェンリル。
恐ろしいほどの影響力だ。
一番インフルエンサーなんじゃないか?
「それで俺に頼んで来たと」
『ああ、悪い。お前にしか頼めなくてな』
「大丈夫。でも他の探索者達は呼べないのか?」
『正直……難しい。結局ただの推測でしかないからな。勝手な未確定情報で動かす事はできない』
「なるほど」
だから俺にしか頼めない、と。
『俺は今、この推測をデータ化している。これでフクマロの影響力を実証できれば、協会に助けを求められるんだが……』
「いや、俺が行くよ!」
えりとも動いているが、時間がかかりそうだ。
ちなみに、今言ってた事はあまり理解してない。
「フクマロも行けるか?」
「クゥン!」
お約束のマッスルポーズ。
しっかり回復できたみたいだ。
『ありがとう、頼む』
「お前には世話になってるからな。任せろ!」
通話を切り、フクマロと急いで家を飛び出した。
★
「なんだ、これ……」
『はじまりの草原』に入り進んでいくと、何か違和感を感じる。
探索初心者の俺には言い表しにくいけど、嫌な予感がするような雰囲気だ。
魔物が全く視界に入らないというのも、そう思わせられる原因かもしれない。
それに、
「フクマロ?」
「……」
さっきからずっと静かなフクマロが気になる。
こんなフクマロは初めてだ。
「あっちに何かあるのか?」
「……クン」
フクマロは、魔物を狩っている時のような表情でこくりと
その顔で見つめ続けているのは、森のエリアだ。
そんな時、
「──ニャオオオオオオ!」
「!?」
フクマロが見つめている場所から、魔物の咆哮が聞こえた。
なんだ今の……猫か?
さらに、
「ぐわああああ!」
同じ場所から人の叫び声も聞こえてくる。
まさか襲われているのか!?
本当に事態が起きているってのか!?
俺は急いで駆け出そうとした。
だけど、フクマロが動かない。
「急ぐぞフクマロ! あっちだ!」
「……」
「……フクマロ?」
フクマロの体が小刻みに震えている。
なんだこの挙動。
怯えているというよりは、さっきの咆哮に対抗しているような。
そして、
「!?」
フクマロが、目の前で
「お、おお……おおおっ!?」
それに応じて、フクマロへの視線も徐々に高くなっていく。
やがて、
「クォ〜〜〜ン!!」
フクマロが雄叫びを上げた。
「フクマロ……なのか?」
「ワフ」
その
デカスライムよりも大きくなった体。
所々、毛を逆立てさせた白いモフモフ。
周囲には、雷を帯びているかのようにバチバチッと閃光が走る。
フクマロが覚醒したのか?
いや、もしかしたらこれが本来のフェンリルの姿なのか?
「ワフ」
「!」
乗れ、そう言ったのだと確信した。
フクマロは首に乗るよう頭を下げてくる。
信頼して飛び乗ると、不思議と電流を感じることはなかった。
「よし! 行くぞフクマロ!」
「ワフン!」
逆立つモフモフを掴むと、フクマロは勢いよく駆け出した。
そうして、
「大丈夫ですか!」
間一髪、女の子の救援に間に合った。
って、よく見たら桜井美月ちゃんじゃないか。
彼女の投稿がバズる最初のきっかけになったので、すっかり知っている。
まあ、今はそんな場合じゃないか。
「フクマロ。任せていいか」
「ワフ」
普段の可愛さが薄くなったのは惜しいが、その分、頼もしさが感じられる。
それでも可愛いけどね!
「さてと」
フクマロから降りた俺は、魔物図鑑を覗き見る。
「探索者をやるなら」と、えりとから受け取っていた
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ニャイオンキング
希少度:EX(規格外)
戦闘力:S
ライオンのような体を持ち、猫のような顔と特徴を持つことからその名がつけられた。
生息地は不明。
一説には、一匹しか存在しないとも。
非常に攻撃性が強く、見つけた場合はすぐさま逃げるのが鉄則だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まじか!?」
ライオンの「ラ」の部分を猫っぽくして「ニャイオン」。
たしかに、毛並みはモフモフしてそうだ。
だが、そんな可愛らしい名前でも戦闘力はS。
『はじまりの草原』に出る魔物だと舐めていたが、そう簡単にはいかないらしい。
「こいつは強敵だぞ」
「ワフ」
問題ない、ってか。
「頼んだ! フクマロ!」
「ガオンッ!」
一層、迫力が増したフクマロがニャイオンキングに向かって行く。
戦闘で手伝えることはない。
ならば!
「こちらへ!」
「え、は、はい!」
座り込んでいた桜井美月ちゃんを先導する。
手を取り、なるべく二匹から遠ざかるように。
その時、あるものに気づく。
「あれは飛行型カメラですか!」
「スタッフさんが用意したものです! 切り方が分からなくて!」
いや、むしろ好都合だ。
映像があれば、今から呼ぶ救援も場所が分かりやすい。
「ここで待っていてください。それと、出来れば救援も呼べますか」
戦闘の被害が及ばなそうなところで、彼女に身を潜ませた。
ここならおそらく大丈夫だろう。
「救援……分かりました! でもやすひろさんは!」
「俺は倒れている人たちを助けないと!」
俺の名前を急に呼ばれたことにドキっとしたが、振り返らず。
今、自分がやるべきことを必死に考えた。
「ぐっ、重いな……!」
倒れている人たちを運ぼうとする。
だけど、探索者達もスタッフ陣もそれなりの装備をしている。
一人で運ぶにはかなりの重量だ。
そんな時、
「私も手伝います!」
「! 君はあそこで待っててと──」
「私も助けたいんです! こんな場所に来たのは私のせいだから!」
「……! わかった!」
離れたところに置いて来たはずの桜井美月ちゃんと協力し、順に倒れている人たちを二匹から離していく。
ニャイオンキングの攻撃はかまいたちのようだ。
あの近くにいれば、命がいくつあっても足りない。
「これで……最後っ!」
そうして、倒れていた人たちはなんとか避難に成功。
幸い、息はあるみたいだ。
要請した救援も直に到着するだろう。
あとは、
「ガオオォッ!」
「ニャオオッ!」
犬猫バトルの行方だけだ。
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