第12話 現れた魔物
「ふ、ふふ、ふふふ……」
「ク、クゥン……?」
俺の不気味な笑いに、俺を全肯定するフクマロでさえ引いた態度を見せる。
でも仕方ないじゃないか。
だって、
「金がこんなに!」
ダンジョンで
初のダンジョン配信でも大成功を収め、俺たちはさっき家に帰ってきた。
あの後は、配信を終えてダンジョンを脱出し、受付にて売却や借りた装備の返却を行った。
そして、あの『デカスライムの魔石』。
おっぱいを大きくするというあの魔石が、なんと20万円で売れたのだ。
「お、おお……」
俺は今一度、『探索者カード』を眺める。
ここには全世界で使える『
残高は……22万円!
今までの最高貯金額を越していたのだ。
「俺は金持ちだー!」
もしかしたら少ないと思う人もいるだろう。
だが、薄給ブラック企業+サービス残業のコンボを舐めてもらっちゃ困る。
これでも、今人生で一番お金を持っているんだ。
「お前のおかげだぞーフクマロ!」
「クゥ~ン」
抱き寄せて犬吸いを行うと、フクマロは甘い声を出した。
「これに案件の400万、配信の収益も入れば……ふ、ふふふ……」
俺はまた不気味な笑いを浮かべ、横になった。
★
<三人称視点>
日付は変わり、金曜日。
ダンジョンに少し足を踏み入れた場所。
一際光を放っているのは、桜井美月だ。
明るい茶髪のショートカットを横で留め、常に太陽のような笑顔を見せる。
芸能人顔負けの容姿に似合う細身のスタイルを持つが、本人は少し胸のサイズに物足りなさを感じている。
「よろしくお願いします!」
彼女は今日のスタッフの人たちに改めて挨拶をした。
時刻は18時。
もうすぐ、彼女の案件である「ダンジョン配信」が始まるからだ。
普段はダンスタグラマーとして活動する彼女だが、配信もそれなりに行なっている。
その配信チャンネルも100万人間近という、大手インフルエンサーぶりだ。
「よろしくね」
「こちらこそ」
「よろしくお願いします」
彼女に同行するのは配信関連スタッフや、護衛の探索者達。
「それにしても、ダンジョンって本当に綺麗ですね……!」
彼女が配信を行うのは『はじまりの草原』。
やすひろ達が昨日配信をした場所であり、初心者が来るようなダンジョン。
美月は探索者でもないため、ここに来るのすら初めてだ。
「本当に大丈夫でしょうか」
「心配はありますね」
しかし、直前になっても不安を残すスタッフ陣。
「……」
それも耳に入っている美月だが、引きはしない。
というのも、一見危険そうに思える今回の案件。
スタッフ陣も悩みながら美月に相談したが、実は彼女が「ぜひ!」と強引に押し通したのだ。
その際、「ダンジョン配信に興味があったから」と言っていたが、美月の真意は他にある。
(『デカスライムの魔石』が欲しい!)
そう、彼女は『デカスライムの魔石』の効果に興味を持っていたのだ。
それは「女性の胸部を大きくする」という効果ゆえに、中々市場に出回らない代物。
これまで密かに何度も狙ってきた美月だったが、未だ手にすることは出来ていなかったのだ。
だが、探索者達は異変に気づく。
「魔物が少なくないか……?」
「ああ。何かあったんじゃないか」
「今日はやめておくべきか?」
昨日、下見した時とは明らかに雰囲気が違う。
それを踏まえ、探索者陣が話をする。
「いえ、行きましょう! 『はじまりの草原』なら大丈夫ではないでしょうか!」
それでも美月は引かない。
気にするお年頃の夢は諦められないのだ。
「まあ、そうですね!」
「苦戦することはないと思いますが」
「僕たちなら大丈夫です!」
彼らは
美月の事務所が、彼女の護衛を務めるにふさわしいようなそれなりの探索者達を連れて来ていた。
それでも上級探索者じゃない理由は、魔物を一方的に狩るより、少しは苦戦した方が
仮に上級探索者を連れて来ていれば、ここで引き返す選択も出来たかもしれない。
その甘さが、この後に起こる事態を招くことになる──。
「では、配信を開始します!」
スタッフと視線を交わし、美月は配信を開始。
「こんばんは! 桜井美月だよっ!」
《こんばんは!》
《こん》
《今日もかわいい》
《週末の癒しだよー》
《ダンジョン配信ってま?》
《ダンジョン配信嬉しい》
配信を開始した途端、バッとコメントが流れる。
視聴者数もすでに2万人を超えている。
配信をメインにするチャンネルで登録者100万人を誇るのは伊達じゃない。
「そうなんです! 今日はダンジョン配信! 今までたっくさん要望が来てたので!」
《やったあああああ》
《嬉しい!》
《見たかったよ!!》
《でも大丈夫?》
《護衛はいるんだよね?》
《ちゃんと守ってもらいなよ》
「はい大丈夫ですよ! 今日は強い護衛の探索者さん達にも来てもらってます!」
美月は振り返り、それぞれ軽く説明をした。
「では早速進んでみたいと思います! 探索じゃなくてカメラマンって感じなのですが!」
語尾に「笑」と付きそうな微笑みと共に、美月はついにダンジョンを進み始める。
《それでもいいよ〜》
《だよなw》
《むしろ安心!》
《その割にはちゃんと装備してるw》
《装備も着こなしてる?笑》
《かわいいw》
《装備がちょっとエッチ》
コメント欄も盛り上がり、同時に視聴者数うなぎ上りに増えていく。
女性配信者の中には、「ゲームの画面より自身を映す画面の方が大きい」なんて場合もあるが、ダンジョン配信はまさにそれと同じだ。
視聴者が探索者でない美月にも求めるほど、ダンジョン配信は人気コンテンツなのである。
そうして、ダンジョン配信は進んでいく。
「わっ! スライム!」
魔物が妙に少ないとはいっても、逃げ遅れたり鈍感な魔物も当然いる。
美月たちの前にスライムが現れた。
「任せてください!」
「下がってて!」
「はあっ!」
「ぷよー!」
探索者達はここぞとばかりに前に出て、スライムをすぐさま狩る。
「すごいです! そうやって倒すのですね!」
その様子に美月は大興奮。
目的はデカスライムの魔石でも、探索者にも多少興味があった。
「あはは」
「いえいえ」
「護衛ですからね」
護衛の探索者は若めの三人。
可愛い美月に良いところを見せようと、張り切って前に出たのだ。
《すごい!》
《結構やるな》
《これなら安心かも!》
《鼻の下伸ばすなー?》
《張り切ってんじゃねえぞ》
《俺の方が強い》
探索者達を素直に褒めるコメント、嫉妬しているようなコメントが並ぶ。
「こらっ。そんなこと言わないの!」
対して美月も、腰に手を当てて冗談気味に怒る。
《怒られちゃった》
《助かる》
《かわいい》
《もうしません》
《ごめんなさい》
《冗談なんです》
「ならよし!」
だがここまでがテンプレ。
嫉妬していた視聴者達も、美月が怒ってくれることまで考えてコメントを打っていたらしい。
主にMの男達にこのやり取りが刺さったようだ。
「「「……」」」
(((配信者ってすげえ……)))
天然そうに見える子でも、ちゃんと考えて配信をやっていることに感心を覚える探索者達であった。
彼女のダンジョン配信は進む。
だが、危険は唐突にやってくる。
「本当に魔物少ないですね。何か原因があるのでしょうか」
美月がぽろっとこぼした。
初心者でも分かるほどに、今日の『はじまりの草原』は静けさに満ちていた。
それが、
「そうですね」
「ここまではさすがに初めてです」
「まあ出ないならいいじゃないですか」
中級探索者達は若干気が抜けたのか、そんな発言をする。
しかし、彼らはすでに踏み入れてしまっていた。
本来眠っているだけの魔物が目を覚まし、食い荒らした後の場所に。
パキン!
唐突に、木が折れる音がする。
「え!?」
「なんだ!?」
小枝などではなく、太い木が一本折れる音だ。
その音から探索者達は、今近づいてきている魔物がどれだけの大きいか、嫌な予感が頭を
「え? え?」
対して、美月は周りの反応に驚いている。
自分が今、どれだけ危険が分からないからだ。
「美月さん!」
「そのまま立ち止まって!」
「離れないでください!」
探索者達、スタッフ陣は美月を取り囲んだ。
この場は美月を守るのが第一優先だからだ。
そして、ついにそれが姿を現す。
「──ニャオオオオオオ!」
「ぐっ!」
「ぐわあっ!」
「なんだ!?」
低く、辺りに響くような咆哮。
字面にしたら可愛いが、実際に聞けば怯えるだろう。
《!?》
《!?!?》
《びっくりしたあ……》
《耳が壊れるかと思った》
《なになに!?》
そして、
「ね、猫……?」
姿を現したのは“巨大な猫”。
体長はデカスライムよりも大きく、爪やチラリと見える牙は
「──ニャッ!」
「ぐわああああ!」
「え?」
それを示すよう、探索者達の一人が切り裂かれる。
巨大な猫がしたのは“ただの一振り”。
その場で手招きのように手を振っただけで、かまいたちが飛んできたのだ。
「ニャッ! グニャッ!」
「ごあっ!」
「っづあああ!」
魔物はまるで容赦しない。
一人、また一人と探索者達は減っていく。
「え、え……?」
美月は現実が受け止められなかった。
だがそれでも、周りの探索者達は次々に倒れていく。
そのことに恐怖を覚え、
「きゃあああああああ!」
美月は出したことのない声を上げる。
ようやく今起きていることが現実だと認識したのだ。
《おいおい》
《これ大丈夫なのか!?》
《探索者がやられたぞ!?》
《演出なのか?》
《なわけないだろ!》
《やばいやばいやばい》
視聴者も焦りを感じている。
演出ではないと理解したみたいだ。
「ニャア……」
「ひっ……」
そうして、巨大な猫はニヤリとした。
もしかしたら、デザートを最後に残すように、一番可愛い美月を最後に残していたのかもしれない。
「はっ、はっ……」
恐怖で意識を
前にたまたま見ただけのフクマロだった。
(もう一回、触りたかったなあ……)
美月はフクマロの事を思い浮かべ、目を閉じた。
もうなす術はないと気づいてしまったのだ。
だが、
「ニャオオ──」
「ガオオオオンッ!」
諦めた現実は終わらない。
「!?」
美月の前を何か白い物が通り過ぎ、かまいたちを防いだ。
《え!?》
《今度はなんだ!?》
《まって》
《おいおいまじか》
《まさか!?》
「え……」
美月は目をパチパチさせる。
「大丈夫ですか!」
「あ、ああ……」
それが、今しがた思い浮かべたモフモフと、その飼い主だったと気づいたからだ。
《え!?》
《あれってもしかして!》
《フクマロ君!?》
《だよねだよね!?》
《きたあああああああ》
《フクマロちゃん!》
《ありがとう》
《助けにきたの!?》
駆けつけたのは、フクマロとやすひろだ。
少し安心を覚えた美月は、思わずその場に座り込む。
(助けに来てくれた……?)
そうして、巨大な猫に振り返ったフクマロ。
目の前の魔物を威嚇するよう雄叫びを上げる。
「クォ~~~ン」
そして、やすひろも一言。
「少し待っていてください」
「……!」
美月は胸を撫でおろす。
もう大丈夫だ、そう確信したから。
だけど、
「あれ」
なにかおかしい。
少し冷静になって、ようやく目の前の光景がおかしい事に気づく。
「なんか……でかい?」
フクマロの様子が少し違った。
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