後編
ちょうど調査2課職員が到着していて、得た情報を共有してから作業を開始する。
「よし、慎重に吸えよ。うっかり消したら洒落にならねえ」
「ほーいさっさー」
「おさるの
「何言ってんだお前」
「そういうのがあるのよ。知らないならいいわ」
水卜と流音が無駄な会話をしている内に、ユウリはもやにした手を巨大ぬいぐるみへと伸ばしていく。
「ぬわー」
それに反応して、ぬいぐるみが目からビームをユウリの腕へと放ち、それを受けている彼女はなんとも間の抜けた声を出す。
「やばいか?」
「だいじょーぶー。パックに入ったゼリーがずっと来てるみたいな感じだからー」
「なら大丈夫そうか」
「2、3日何も食べなくても平気になるかもかも」
「つまり、危ないどころかまるで食べ放題ってわけね」
「モロミー、ナイス例え」
「宇佐美ね。誰が発酵食品よ」
かなり余裕な様子を見せるユウリによって妖力が吸収され、ぬいぐるみはどんどんサイズもビームの出力も小さくなっていった。
「空っぽになったよー」
「おつ」
ひと抱えほどのサイズに戻ったぬいぐるみは、流音がスコープで見ても妖力が平常値のごく微量に留まっていた。
「これで一件落着だな。ユウリ、
「ほいほいのほい」
「6本もいらねえから。なんだそのどこぞのヒーローのカギ爪みてえな」
一仕事終えた、という和やかな雰囲気になりつつある中、一応封印をかけるためにぬいぐるみの検知範囲だった所へ水卜が足を踏み入れたそのとき、
「うおっ! なんだなんだ!?」
彼女の身体がフワッと浮かび上がり、ぬいぐるみへ吸い寄せられ始めた。
「ひなっチ!」
「おう、サンキュ……」
ユウリが慌てて全身怪異形態になって手を伸ばし、範囲外へと水卜を避難させた。
「大丈夫?」
「おう。霊力をちょっと持ってかれた感じがしたぐらいだ」
「特に多いから引っ張られたのね」
「そうみてえだな……。って、ここ地脈の真上じゃねえか。そりゃデカくもなるな」
「でカデかだネー」
もしや、と思って水卜はユウリの手のひらの上から霊力透視で地面を見ると、太めの枝がちょうど真下を通っていて、そこからぬいぐるみは妖力を補充していた。
「でもこれじゃ返せないわね……」
「下手に動かすと人死にが出るな。これ」
手が出せない内にもドンドンと膨らみ、結局、元の大きさまで戻ってしまった。
「どうしたらいいのよ……」
「やっぱりユウリが丸ごと食うしかねえな」
「おまカせされるヨー?」
「まってまって! まだ手が無いか考えて!」
「つったってなあ、これ以上時間かけられねえだろ」
時間を見ると午前4時前になっていて、もうじき街が本格的に動き始める時間帯だった。
「こうなりゃ詳しそうなのに訊くのが良さそうだな」
「そうなの、って?」
「そりゃもう
「こんな時間に?」
「起きてんだろ。見た目と違って年寄りなんだし」
もう面倒くさくなっていた水卜は、本人が聞いたら怒りそうな事を言いつつ
「
「やっぱりな」
「いうておくが、
「あっそ。で、用件だけどよ――」
不機嫌そうな声色で電話に出た楠へ、水卜は今回の一件について、何か分かる事はあるかと訊く。
「ほう。
「で、どうすりゃ良いんだ」
「そうじゃな。役目を終えて消え失せるか、破壊してしまうしかないのう」
「らしいぜ。まあしゃーねえか」
「そうね……」
専門家である楠の見解に2人は深々とため息を吐き、ぬいぐるみを元に戻して引き渡す事を諦めた。
「じゃあユウリ、パクッと行っちゃってくれ」
「おまカせー」
巨大ぬいぐるみを分解するために、ユウリが水卜を下ろして1歩踏み出したところで、
「あ?」
「えっ?」
「ほワーっ」
空気が抜けるようにぬいぐるみがしぼんでいき、もとの大きさに戻った。
「なんだか分かんねえが今のうちだ!」
「ほイホいほいノほい」
「山のように出すな!」
「エー。天丼ダよー」
手のひらから大量に注連縄を出したユウリにツッコミを入れつつ、水卜は大急ぎでぬいぐるみにそれをかけた。
「やれやれ、手間取らせやがって……」
「勝手に消えたって事は役目を終えた、のよね」
「だろうな」
「守護人形の役目って、対称の命を守ることだから……。つまりその……」
「まあ、そういうことだろうな」
その先を言いよどむ流音へ、水卜は神妙な面持ちでそう言いながら、粛々とぬいぐるみを封印用の円柱型金属ケースへと入れた。
持ち帰って精密検査すると、ぬいぐるみの中に核となっていた木札が入っていたが、それも含めて全く異常性がなくなり、ただのぬいぐるみになっていた。
「じゃあ、返してくるわね」
「おう。お早いお帰りを」
スーツ姿の流音は、木札を抜いたそれを入れた生成り色の紙袋を手に、持ち主の少女が搬送された病院へとパトカーに水卜たちを置いて入った。
警察の人間として集中治療室の1つへと向かうと、包帯とギブスまみれの状態で管に
定期的で無機質な人工呼吸器の機械音が鳴り、それを止めてしまえば明確な死が訪れる事を流音に否が応でも実感させる。
「せめて、一緒にいてあげてね」
流音は伏し目がちにそう言って、袋から出したぬいぐるみを彼女の傍らに置いた。
「……。えっ?」
すると、ぬいぐるみから急激に妖力が放出された事で異常値妖力検知アラームが鳴り、数秒間だけ鳴り響いて止まった。
「これってもしかして――」
そして、ほとんど脳死状態であったはずの少女が、唐突に自発的な呼吸を開始していた。
暗く沈んでいた流音の表情がパッと明るくなり、彼女はナースコールを鳴らして病院スタッフへと知らせた。
巨大ぬいぐるみ暴走事件 赤魂緋鯉 @Red_Soul031
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