第5話
「遅かったね、2時間言うとったのに」
そう言いながら、母は振り返ることなく夕飯の準備を進める。父は庭の手入れを終え、ひと足先に風呂で汗を流しているらしい。
祖父はと言うと、昼間と変わらずぼんやりと外を眺めている。僕の住む松山と違い、夕方になると、夏を忘れるほどの肌寒さを感じる。
「新井さんに会うたよ、じいちゃんのこと心配しとった」
あの後しばらく、新井さんに祖父母の話を聞いた。時間はあっという間に過ぎ、気づけば現像予定時刻から1時間以上も経っていた。
祖母の知らなかった一面や祖父の一途な思いは、聞いているこちらが恥ずかしくなるような、それでいてとても刺激的な世界だった。
現像した写真を祖父に手渡す。もちろん中身を勝手に見るような無粋なことはしていない。僕は祖父がそれらを見終わるのをじっと待った。
15枚ほどの写真を見終わると、祖父はふぅと息を吹き、再び窓の外へと視線を向ける。
「写真、見てもいい?」
少し躊躇われたが、祖父の言葉の真意を知りたかった僕は、恐る恐る尋ねる。頷いたのを確認して、写真を一枚一枚めくっていった。
家の中を撮影したと思われる、誰も写っていない写真たち。窓に縁側、風鈴に台所。祖父が撮ったとは思えない、焦点の定まっていないそれが何を意味するのか。祖父は変わらず、外を眺めていた。
「ご飯できましたよ、お義父さんどうぞ」
振り返ると、テーブルに並べられた夕飯を前に、風呂から上がった父がすでに待っていた。母も席に着くと、僕にも座るよう促す。
写真についていろいろ聞きたかったが、祖父も立ち上がって歩き出していたので、ぐっと飲み込んで席に着く。
夕飯はいつもより少し豪華だったと思うが、上の空の僕は何を食べ、どんな味がしたのか、ほとんど覚えていなかった。
夕飯を終えると、祖父、僕、母の順に風呂を済ませる。父母はよほど疲れたのか、座敷に布団を敷き、早々に身体を横たえる。僕は祖父と共に仏間で寝ることにした。
寝る前に仏壇に手を合わせる。昼間は気付かなかったが、仏壇には似つかわしくない大きなヘッドフォンが置かれていた。
不思議そうに眺めていると、祖父はそれを手に取り、懐かしそうに話し始めた。
「これは母ちゃんのお気に入りじゃったんよ」
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