第3話

 父母の働きもどこ吹く風、祖父丈太郎じょうたろうは仏壇の前に腰を下ろしてしまった。飾られた遺影に語りかけるように、柔らかな表情を携えて。


「じいちゃん、最近写真撮った?」


 唯一の共通話題である写真。僕のカメラも、高校の入学祝いに祖父に買ってもらったものだ。

 祖母の他界で一人ぼっちになった今、祖父が撮る物に変化があるのか、純粋に興味があった。ただ、高校生だった僕には、その質問がかなり踏み込んだものであると気付けていなかった。


「母ちゃんが死んでからは何も撮っとらん。」


 感情の薄いその言葉に、子供ながらに気まずさを感じる。あんなに写真が好きで、カメラが好きだったのに。

 慣れない家事、年齢とともに弱る足腰、ニュースで連日取り上げられるほどの猛暑。

 理由を挙げればキリがないと思う。ただ、やっぱり1番の理由は祖母の存在だろう。

 見せる相手、話す相手の存在はとても大きい。それは僕自身も、最近になって改めて感じている。

 数少ない写真友達であろう僕も、祖母のことがなければ半年に一回程度しか訪ねてこない。このままでは、祖父がカメラを構える機会は無くなっていくかもしれない。

 そんなことを考える。


「いや、そういえば…」


 「やれよいしょ」という掛け声と共に立ち上がった祖父は、年季の入ったカメラを持ってくる。そこには液晶など付いておらず、現像しなければ出来栄えもわからないフィルムが入っている。

 なれた手つきでフィルムを取り出すと、それを財布と共に僕によこした。


太一たいち、それ現像してこい。」


 突然の依頼に戸惑いを覚えたが、祖父の声色に力強さが戻った気がした。そこには何が写っているのか、僕も昂ってくる。気持ちはすでに近所の写真屋に向かっていた。


 しかし、祖父の口から出た次の言葉が、僕の興奮を嘘のように冷ましてしまう。


「母ちゃんが映っとるかもしれん。」


 四葉のクローバーが描かれた緑鮮やかな風鈴が、一際澄んだ音色を奏でた。

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