第二十三話 変化
「なあ、桐谷どこ行ったかしらね?」
放課後、掃除当番で床を掃いていると安岡に声をかけられた。
「図書室じゃないの?」
「今行ったんだけど、いなかった」
教室の中を見渡すが桐谷の姿はない。
「次いつ遊ぶか、決めようと思ったんだけどなあ」
かおりの作戦の効果が出始めたようだ。安岡はまだなにも知らないらしい。
僕はなんと声をかければいいか分からず、俯いた。
「桐谷見かけたら連絡してくれ」
「……わかった」
安岡は片手を上げると、桐谷を捜して小走りで教室を出て行った。
僕がするべきことは本当にこれでいいのだろうかと疑問に思う。
僕は持っていたほうきを強く握りしめた。
しばらくの間安岡は、放課後に桐谷を捜して学校をさまよっていた。
教室で声をかけようとしていたが、彼女は逃げるように安岡を避け続けた。
「なんなんだよっ!」
図書室にやってきた安岡は机に八つ当たりをする。大きな音がして、周りの常連たちがビクリと身体を震わせた。何があったのかと、こちらをのぞき見るのが分かった。
「まあまあ、落ち着いてって……」
「絶対あいつ、俺のこと避けてる。携帯も連絡つかないし」
それを聞いて、桐谷の徹底さに僕も驚いていた。
今日も図書室には桐谷は来ていない。
「こんなことになるなんて……」
「和斗お前、何か知ってるんだろ?」
「し、知らないよ……」
僕が困っていると、ガラガラと図書室の扉が開き、かおりが入ってきた。
「安岡、外まで声が響いてる」
「今そんなこと気にしてる場合じゃねえ」
安岡の苛立ちを見ても、かおりは冷静だった。
「とりあえず、ここ出よ? 図書室を利用している人たちに迷惑だよ」
さり気なく周りを見渡すと、複数の人と目があった。
「ほら、安岡!」
座っていた安岡を引っ張り上げ、外へと連れて行く。
去り際、かおりが僕の横を通るとき、彼女は小さく口を動かした。
「迷惑かけて、ごめん」
二人の背中を見つめたまま、扉が閉まるのを僕は見つめるだけだった。
かおりと桐谷と三人で話して以降、僕たちは言葉を交わすことが減っていった。
事情を知らない安岡は桐谷が自分を避けることや僕たちのよそよそしい態度になにかを感じ取っていたが、僕は気づかないふりをしてやり過ごしていた。
ある日授業が終わって階段を上っていると、下りてくる桐谷と鉢合わせた。
腕には沢山の冊子を抱えており、上の階から運んできたようだった。
お互いの視線が繋がったことで、僕たちは一瞬固まってしまう。何か話さなきゃと思いつつ、先日の屋上でのやり取りがフラッシュバックした。
「は、運ぶの手伝おうか?」
何かしなきゃと思い、返事を聞く前に彼女の手から荷物を取り上げる。
行き先を確認し、彼女より数段先を歩く。背後から小さな声で「ありがとう」と聞こえた。
お互いしばらく黙っていたが、階段を下りきったところで桐谷が口を開いた。
「ただ仲良くしたいだけだったのにな」
桐谷は僕の左側に並んでそう言った。
「全部大切にするって難しいんだね」
おそらく安岡とかおりのことを言っているのだろう。僕は、かおりの言ってたことは気にしなくていいよと言いかけて、口をつぐんだ。
僕が告白の件を知っているとは言えないし、なにより安岡に告白の返事をしてしまうのではないかと不安になった。
返答に窮していると、目的地の倉庫につく。『廃棄』と書かれた場所に、持っていた冊子を置いた。
「ありがとう。すごく助かった」
桐谷は天使のような明るい笑顔をこちらに向ける。しかし「愚痴っちゃってごめんね」という彼女の表情はどこか悲しそうな気持ちが現れていた。
僕たちは図書室へ戻るため来た道を折り返した。
桐谷と二人きりで話せるなんて滅多にない。授業がどうだとかテストがどうだとか、他愛もない話をしながら階段を上がっていく。
以前の僕だったらこの状況なだけで、緊張で心臓が破裂しそうになっていただろうが、
今は先ほどの桐谷の発言になんて返すのが正解か悩み続けていた。
図書室のある四階に到着する前に、僕は歩みを止めた。
「どうしたの?」
隣にいた僕が急に歩調を緩めたので、彼女は不思議そうにこちらを見た。
彼女は次の段に足をかけていた。数段下にいる僕は意を決して彼女を見上げた。
「桐谷さんは偉いよ」
先ほどの返答になるかはわからなかったが、僕は言葉を続けた。
「僕だったら、一つしか大事にできないかも」
僕は桐谷と近づきたいとばかり考えていたのに、彼女はそうじゃない。
今だって、彼女にかっこいいところをみせたいとか、ちょっとだけ思ってる。
エゴ丸出しの僕とは大違いだ。
上手く伝えられた自信はなかったが、彼女は僕の言葉を聞いて意図をくみ取ったようだった。
先ほどまで陰りのあった表情が少しやわらいだように見える。
「ありがとう」
そんな桐谷の姿を見て安心すると同時に、またチクリと胸が痛む。
ポケットに入れていたケータイが震えていたのだ。
安岡は今日も桐谷を探しまわっているようだった。
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