第二十話 それから

『今日はありがとうな』

 家についてから携帯を確認すると、安岡からメールが来ていた。

 返事をしようとして僕は安岡に、先ほどかおりが捻挫してしまったことを伝えるべきか悩んでいた。

 かおりに付き合おうと言われた時のことを思い出すと、あのドキドキが蘇ってくる。

 メールの返事に悩んでいると、安岡から連続してメールが届いた。

『そういえば、さっきかおりと手つないでたってホントか?』

 僕はぎょっとした。目の絵文字までつけて、安岡は興味深々といった様子が読み取れた。

 やってしまった。そう思った。

『さっき桐谷が見たって。応援してるぜ』

 安岡は僕がかおりに好意を持っていると思い込んでいるらしい。否定をしても、安岡はまともに聞いてくれないだろう。

 この状況をどう、かおりに伝えようか。

 僕は深いため息を吐き出し、頭を抱えた。



「この間は楽しかったね」

 図書室に入ると、カウンターから桐谷がこちらを見ていた。僕だけの時に図書室で挨拶以上の会話をするのは初めてだった。

 今までこんなことは一度もなかったので、呆気にとられていると図書室の中がざわつくのが分かった。

 この間とはなんのことなのかと常連たちが棚の陰からこちらを窺っているようだった。

 本を渡した際は場所が図書室だったため、みんな周知していたが、まるっとへ行くことはメールでのやり取りだったため、常連たちは気になっているようだ。

 僕はとっさのことで声が出ず、頭をちいさく立てに動かしうなずいた。

 これで会話が終わりだと思っていたが、彼女は視線をそらさない。三秒ぐらいは見つめあっていた気がする。

 その間、僕の頭は高速フル回転で話題を探していた。

「なっ、なんの本、読んでるの?」

 ドギマギしながら返したのは、彼女の手元にあった読みかけの本に関する内容だった。

 ミステリー小説。そう言って彼女は本のタイトルを僕に見せた。知らない名前だった。

「推理しながら読むのって楽しいでしょう? 私、暗号とかも好きなの」

「そうなんだ」

 彼女はにこにこしながら話していた。

 もう少し話していたかったが僕は周りの視線に負け、桐谷とのやりとりもそこそこに、カウンターが見えるいつもの位置に座った。

 習慣で座る前に顔を隠す大きな本を持ってきたが、よく考えるともはや必要がない。僕と桐谷はもう、顔見知りなのだ。

 彼女のほうを見るとすでに読書を再開していた。顔にかかる髪を耳にかけ直している。

 

 遊びにいった次の日、かおりはなにもなかったような顔をして学校に登校してきた。

 足の具合も気になっていたのでメールを送ってみたが、これといって返事はなかった。

 かおりは諦めてしまったのだろうか。

 あいつさえ来なければ、平和な時間を過ごせるのに。だけど彼は期待を裏切るのが得意らしい。

 聞き覚えのあるドンッという音とともに図書室の扉が開いた。

 常連たちもビックリする人はほとんどいなくなり、今日も来たかという空気が流れた。

「いいかげん静かに開けてくれないかしら?」

「わりーわりー」

 桐谷も軽口が叩けるくらいには安岡との距離が縮まっていた。

 安岡もまんざらじゃなく、いつものように本を返却している。

 僕はどうしたものかと様子をうかがっていた。

 安岡は相変わらずカウンターで桐谷と話し続けている。

 じっと見すぎたせいか、桐谷と目が合ってしまった。彼女が僕のほうを指さして、安岡に何か言っている。案の定、彼はこちらに近づいてきた。

「よう。あいかわらずここでよく会うな」

「まあここは僕の居場所だからね。こちらからすると、安岡が最近よく来るようになったと言ったほうが正しいと思う」

 僕の言葉に常連たちも頷いているのがわかる。

「そうかもしれねーな」

 安岡はニッと歯をみせて笑った。

 僕はふと、かおりはこの笑顔が好きなんだろうなと思った。彼女の泣き顔が脳裏によみがえる。

 この状況からどうやって二人を引き離せばいいのか、僕は全然思いつかなかった。

 安岡は桐谷のいる受付カウンターに戻ってしまったので、僕はとりあえずかおりに現状をメールした。

 しかしあの日からずっと、かおりからの返事はなかった。

 まるっとに四人で出かけてから、安岡は僕たちに以前よりも頻繁にメールをしてきた。『またどこか遊びに行こう』だとか、『最近気になっている店ができた』とか他愛ない話だった。

 それに対し桐谷は、『行きましょう』と前向きな返事をしていたが、かおりは全く返事を返さなかった。そのため、僕もなんて返したらいい変わらず、あいまいに返事をしているうちに、安岡からのメールは来なくなってしまった。

 そうしている間に冬が来て、年を越す数日前のある日、僕は安岡に呼び出された。

「俺、桐谷に告白した」

 僕は地獄に落ちた気分だった。

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