第十七話 まるっと

「桐谷は何がしたい?」

 『まるっと』に到着した僕たちは、施設利用料を受付で払い、入場許可を意味する赤いリストバンドを付けた。

 「今日は俺が払うから!」

 断る桐谷に安岡が押しつけ気味に言うので、かおりがすかさず言った。

「え、私たちの分まで? ありがとー!」

 すると、後ろを向いてこっそり財布の中を確認した安岡は、少し冷静になったようで「わるい、別々で」と言った。

 建物の中にはいると色んな遊びができる遊技場が所狭しと広がっていた。壁に案内板がかかっており、僕たちは四人でそれを見上げた。カラオケから射的まで、色んなバリーションがあり僕は驚いた。

「私こういうところ初めて来たから、こんなに種類があるなんて驚き」

「一日使っても回りきれないほどあるね」

 僕と桐谷は、まるっとを利用するのは初めてだった。

 安岡が積極的に案内してくれ、僕たちが最初に向かったのはボーリングだった。

 ボーリングのレーンは全部で五つあり、所狭しと重さの違う球が並んでいる。僕たちは係の人に中央のレーンに案内された。

「負けたやつ、ジュース奢りな」

「うわ、女子からたかるとかサイテー」

 ボールを選びながら、かおりと安岡が口げんかしている。なんだかんだいっても、やはり仲がいい。

 僕も手頃な重さのボールを探していた。十二ポンドのあたりを見ていると、少し離れたところで桐谷がいた。見たところ、どれぐらいの重さを選べばいいのか悩んでいるらしい。

「一ポンド、0.45キログラムで、自分の体重の十分の一くらいの重さを選ぶといいらしいよ」

 安岡も桐谷のことを見ていたらしい。彼は近くのポスターに書かれた文言を指差しながら近づいていった。

「俺もさっきまで知らなくて、あそこに書かれてたの見てさ。だから俺は十四ポンドぐらいかなって」

 手にしていた黒いボールを見せた。

「桐谷には何ポンドがいいのかなあ」

 安岡がきょろきょろと周りを見渡す。桐谷は少し苦笑いをしていた。

 かおりが今のやりとりを見て、安岡を睨む。

「あんた、それ、言ってることの意味分かってる? ほんとこれだから男子は!」

 怒り気味にかおりはそう言うと、「行こっ!」と桐谷の腕を引っ張って連れて行ってしまった。

「え、あ、これ間接的に体重聞いたことになるのか? ごめん! そんなつもりは全くなくて…!」

 かおりは桐谷を連れて、ずんずんと奥へ歩いてゆき、適度な重さのボールを桐谷に渡していた。

「これなら、持てるわよね?」

 桐谷はボールに指を入れ、小さくうなずく。

「じゃあ、これ二人で使おう。そうすれば体重もばれないし」

 かおりが去ろうとすると、桐谷は遠慮がちに呼び止めた。

「あの、ありがとう」

 かおりは少し桐谷を見ただけで、早くおいでよとそのままレーンに戻ってしまった。

 かおりに対して少し緊張していた桐谷だったが、すこし肩の力がほぐれたようだ。桐谷はボールをかかえて、先に行ってしまったかおりを追いかけていた。

「女子チーム対男子チームね!」

「男女ペアのチームのがよくないか?」

 安岡なりにスコアが均等になるメンバーの組み合わせを提案したようだ。

「安岡くーん? 前に私に惨敗したの忘れたわけ?」

「う、そんなこともあったな……」

「だからこれでいーの!」

 かおりは桐谷が持ってきたボールを受け取り、一投目をスタートした。


 ボーリングの結果は女子チームの圧勝で幕を閉じた。

「私、コーラね」

「はあ? 賭けはなしってなったじゃねーか」

「ないとは言ってないわよ。女子に奢らせるなって言ったの」

「そんなのなしだろー」

「桐谷さんも何か頼みなよ」

 ボーリングが終わる頃には、かおりと桐谷は以前より格段に仲良くなっていた。

 僕たち四人は受付にいき、スコア表を受け取った。

「和斗も金出せよ」

「なんで僕まで?」

「『チーム男子』の仲だろー」

「奢りの話については、僕は関係ないじゃないか。それに、僕は安岡よりスコアはよかったからむしろ奢ってほしいぐらいなんだけど」

 先ほどもらったスコア表を安岡に見せつける。僕のスコアと自分のスコアと見比べた安岡は、肩を落としてトボトボと自販機の方に歩きだした。

「なんで、いつもいつも俺ばっかり……」

 僕たちは笑ってその姿を見送った。

「三本も持つの大変だろうから、私一緒にいってくる!」

 声をかける間もなく、かおりは駆けだしていく。

「僕らはここで待ってるね」

 走るかおりの背中に聞こえるように、少し大きな声で僕は言った。

 近くに休憩できそうな机のあるベンチがあったので、そこに二人で腰を下ろす。二人になったものの、なにを話していいか分からず、びみょーな空気が流れていた。

 今まで彼女と話したいと思ったことはあったが、話したい気持ちと実際に話せるのとではだいぶ意味が違うことを実感した。

「桐谷……さんは、普段どんなところで遊ぶの?」

 彼女の名前を呼ぶのは初めてだった。

「うーん、カフェでお茶したりとか、映画見たりとかかな」

 彼女はそもそも出かけること自体少ないらしい。

 改めて横にいる桐谷のことを見る。顔は小さく、透き通るような白い肌だった。すぐ近くで横顔を見ることができるなんて、こんな機会がなければまずありえない。

 僕の視線に気づいた彼女が、不思議そうにこちらを見返した。

 目が合いそうになって、僕はとっさに顔を逸らす。

「つ、次はなにしようか? こんなに沢山あると迷っちゃうね」

 二人で次はどうしようか考えていると、かおりと安岡が戻ってきた。

「お菓子まで買ってもらっちゃった!」

 かおりの腕にはジュースの他に、一口サイズのお菓子がたくさんかかえられていた。

「はい、これ桐谷さんの分」

 かおりが飲み物と小粒チョコレートの入った箱を手渡す。

「ありがとう」

 二人は僕が思っているよりも気の合う友人になれるのではないだろうか。僕はそんな気がした。

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