第十六話 四角関係
カラッと晴れた、夏休みの日曜日だった。
空気が乾いているため、日陰にいれば比較的涼しかったが、日向にいるとすぐ服に汗がにじむ。
最寄りから三つ先の駅に、中高生が楽しめる『まるっと』という娯楽施設がある。最新のゲーム機から、ちょっとしたスポーツまで何種類もの遊びが楽しめるのだ。主要な遊びならここで『まるっと』楽しめる、というコンセプトからこの名が付いたそうだ。この辺りの子どもにはそれなりに有名な場所だ。他にも映画館やショッピングモールもあり、何度来ても飽きない。
今日はその駅に十時に集合だった。しかし僕は数日前から緊張しており、予定より一時間も早く着いていた。
着いたはいいものの一時間も待つには手持無沙汰だったため、バッグに入れてきた本を読むことにする。
僕はわざわざ桐谷が好きそうな本を選んできた。桐谷が来たとき、この本を見て話が広がるだろうと考えたからだ。
だが、いつ桐谷が来るのか気になり、内容に集中できないまま僕は本を手にしてドキドキしていた。駅前をきょろきょろと見渡していると、集合場所にやってきた彼女と眼があった。
彼女は僕を見て近付いてくると、まず始めにこう言った。
「なんで本なんて持ってきたの?」
これからみんなで遊ぶのにそんなもの必要ないでしょと言わんばかりに、しかめっ面をこちらに向けられた。
その一言を聞いて、僕は思わずため息をついた。
「せめて、会って一言めくらいは僕の想いを潰さないでほしいのだけど」
勘違いしないでほしいが、今やってきたのは桐谷でない。
「あんたの気持ちなんて知らないし」
ツンとそっぽを向いたかおりは、腕を組んだ。細い腕につけられた、革ベルトの腕時計がキラリと光る。かおりも、今日は目いっぱいおしゃれをしていた。毛先を巻いて、軽く化粧まで施している。少しヒールのある夏らしいサンダルは、かおりの自分に対する自信の表れのようにもみえた。
「そういってるけど、実は後藤さんも緊張して早く来ちゃったんじゃないの?」
僕は九時半を差している腕時計の文字盤を指差しながら、かおりに言い返した。
「はあ? あんたに言われたくないわよ。だいたいこういうのは、女の子が可愛く待っているところに男子がやってきて『待った?』『今来たところ!』ってやるもんでしょ! だから、あんた、自分が先に来てるなんて常識がなってないのよ!」
矢継ぎ早に反論され、僕は早々に戦意喪失した。僕が黙ると、かおりは僕から一メートル程離れたところに並んで立った。
絶妙な一メートルだった。この変な間が、お互い他人のような空気を作り出しており、さらにかおりは携帯をいじり始めたため、一気に話しかけずらくなった。
気を利かせて僕が一歩近づく。
すると、かおりも同じ方向に一歩ずれる。
また近づく。ずれる。
……。
「なんでそんな、びみょーなところにいるのさ!?」
「あんた今日、鏡見てきた? チェックのシャツにチェックの靴下と靴とか、柄被りすぎてダサいんですけど」
僕は自分の服を見る。これでも五日は悩んで決めたのだ。色々悩んだ末、シンプルな方がいいのではないかと思い、こうなった。やっぱりズボンをチェックにすべきだったのだろうか……。
かおりと話す度、僕のテンションはだだ下がりだった。
どうにも僕たちは相性が悪い。
かおりとの気まずい時間を紛らわすように、僕は本に視線を落とした。
早く安岡が来てくれればいいのに。安岡がいればそれだけでかおりは上機嫌になる。
単純だけれど、彼女はそれだけ安岡のことが好きなのだ。それを素直に行動に表せるのは少しうらやましく思う。
もう一度あらためて自分の格好を見て、確かに自分はダサいかもしれないと僕は思った。
無言のまましばらく立っていると、不意にかおりが顔を上げた。
彼女を見ると、正面を見つめながら満面の笑みで大きく手を振っている。
僕も改札の方をみると、人混みにまぎれて、ちらりと安岡の顔が見えた。好きな人に対してのかおりの反応の早さには感心してしまう。
安岡がこちらに気づき、小走りで近づいてきた。
僕も本を持っていない方の手をあげる。
「なんで本なんか読んでんだ?」
「安岡まで言うか……」
ほら見なさい、とばかりにかおりがわざと見下した顔を向けてくる。
僕は渋々桐谷がくる前に、本を鞄にしまうことにした。そんな残念がる僕を見て、かおりは楽しそうに笑った。かおりが僕に笑顔を向けるのは初めてだったので、思わず見とれてしまう。
同じ友人グループだったら普段からこういう顔するのかな。
「あとは桐谷だな」
鼻息荒く、安岡がそう言った。彼は分かりやすくウキウキしているようだった。先ほどから改札の奥ばかりに視線を向けている。人通りが多いため、少し背伸びをして桐谷を探している姿は初々しくもみえた。
かおりはそんな安岡の姿から目をそらした。
「あ、」
安岡の声に僕たちは反応する。
安岡の視線の先に目をやると、桐谷がちょうど改札から出てきた。
「桐谷、こっちこっち!」
安岡は先ほどのかおりに負けない笑顔で、ブンブンと大きく手を振った。桐谷もこちらに気付き、ちいさく手を振りながら歩いてくる。
白いワンピースを着た彼女は空から舞い降りた天使のようで、少し申し訳なさそうな顔で僕たちの前に立った。
「ごめんね、待たせちゃったかな」
「ぜんぜん! 今来たとこだし!」
慌てて安岡が否定する。僕も安岡に同調して、急いで首を横に振った。
正直、桐谷の私服を見られただけで、何でも許せる気分だった。そもそもまだ、集合時間の十五分も前だ。
「……腑抜けた顔しちゃって」
かおりがぼそりとつぶやいた。
安岡が桐谷のことばかり見ていて、気にくわないらしい。安岡はかおりの気持ちにどうして気づかないのだろう。
僕はかおりに声をかけた。
「後藤さんもかわいいよ?」
「あんたに言われてしょうがないのよ!」
かおりはふんっと顔をそむけた。話し込んでいる桐谷と安岡はそれに気づかない。
四人そろったところで、僕たちは『まるっと』に向かって歩き始めた。
しばらく歩いていると、歩道の道幅が狭いこともあり安岡と桐谷が二人並んで先頭を歩く形になった。
桐谷が来て場が和んだのもつかの間、先ほどからずっと、かおりが冷たい視線を注いでいる。彼女だけは一時も和んでいなかった。前を歩く二人を、真顔でじっと見つめている。イラついていることはすぐに分かった。
僕はこの二人を会わせてよかったのか、不安になってきた。
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