第十三話 放課後の外出
本を渡して以降、僕は図書室で桐谷と話すことが増えていった。
僕が図書室に入ると彼女は本から顔を上げた。目が合いそうになって、僕はいつも視線をそらしてしまう。
初めは何を言えばいいのか分からず、戸惑いながら頭を下げていたが、最近はあいさつを交わすようになった。
「……こ、こんにちは」
「こんにちは」
視線は合わせられないままだが、言葉を交わせるだけ成長した……と思う。
安岡が本を買いに行こうと言い出さなかったら、きっとこんなに桐谷と関わることはできなかったと思う。
安岡とは最近話していない。桐谷に本をプレゼントするという目的は達成したし、安岡自身図書室にくる頻度が少なくなったということもある。
僕はいつもの席を陣取った。
以前は顔を隠す目的で、大きな本を棚から持ってきていたが、もう桐谷に顔は割れている。隠すのは意味がないのかもしれないが、今日は最近気になっているある本を表紙を隠しながら読むために使用することにした。
今までその本はすごく気になっていたが、書店で買う勇気はないし、これといって差し迫った問題ではなかったので読むことを放置してきた。
しかし最近になって読まなければならない状況に追い込まれていた。
図書室の常連たちに変な目で見られないように、その本に別の本を重ねて表紙を隠す。そして平静を装って、先ほどの席に戻った。心臓はバクバクである。
僕は鞄の中から自分で用意したブックカバーを取り出し、その本にかけようとする。しかしなんということだ、サイズが絶妙に合わない。仕方ない、手でカバーを押さえながら読もう。
カバーの端から見える、その本のタイトルは『女のキモチ』という本だった。
僕は、時折桐谷がカウンターの方から自分を見ていることに気がついていた。その行為が示す意味が分からず、本に頼ったという次第である。
今も桐谷がチラチラとこちらを見ているのが、視界の端に映る。
桐谷は僕に何か言いたいことでもあるのだろうか。
今までまったく相手にされていなかったのに、どういうことだろう。悶々とする日々が続いていた。
さっそく『女のキモチ』の表紙をひらく。目次を見るだけでも、参考になりそうな言葉がたくさん書かれている。
『気になる人は、ついつい目で追ってしまいがち』
思わずむせた。
ゴホゴホと大きな音で咳き込んだせいで、常連たちの視線を集めてしまう。
「おい、上松」
突然声をかけられ、僕はとっさに本を閉じる。声の方を振り返ると安岡が立っていた。安岡は図書室のドアを静かに開ける方法を身につけたため、いつここに入ってきたのか気がつかなかった。
普通に話せるくらいには仲良くなったとはいえ、やはり安岡の目つきは鋭く、上から見下ろされれば肉食動物に睨まれるようなすごみがあった。
「な、なに?」
「しらばっくれてんじゃねーよ。メールしただろ」
そういえばさっきメールがきていたような気もする。しかし以前安岡からのメールが多くて、僕は携帯の通知機能を切っていたのだ。
「ごめん、見てなかった。何の用?」
古本屋巡りの一件以来、僕はもう安岡と関わる理由がないと思っていたのだが安岡は違うようだった。
「遊びに行くぞ!」
僕は腕をつかまれ、引っ張り上げられる。むりやり立ち上がらされたため、椅子と机がガタガタと大きな音を立てた。
「どこに?」
「そんなの、行ってから考える」
机に広げていた本を、安岡が勝手にカバンに詰め込みはじめた。
「ちょっ、その本まだ借りてないのに……」
カバーを取られ『女のキモチ』を見られてしまうのではないかと、ドギマギしながら安岡を止めようとする。
「いーから、早く行くぞ!」
僕のカバンと自分のカバンを担いで、安岡はさっさと図書室を出て行ってしまった。
『女のキモチ』を読んでいるなんて安岡に知られてはまずい。僕はカバンを取り返すために、慌ててあとを追いかける。
放課後に遊ぶなんて初めてだった。
図書室をでる直前、カウンターにいる桐谷と目が合う。
彼女は目を細めて、こちらを見ていた。
――仲がいいわね。
桐谷の唇がそう動いた気がしたが、僕は安岡が持っていった『女のキモチ』のことで頭がいっぱいで、安岡を追いかけて図書室を飛び出した。
昇降口まできてやっと安岡に追いつくことができた。四階から一階まで、一気に階段を下りるのは、帰宅部の僕にはかなりハードだった。
膝に手をついてゼエゼエと荒い息をしている僕を前に、安岡がゲラゲラと笑う。
性格の悪いやつだ。
笑い声が響いたことで安岡に気づいたのだろう、誰かがこちらに近づいてくる音が聞こえた。僕の息がととのう前に、昇降口の奥から声がかかる。
「おっそーい。早くカラオケ遊びにいこーよー」
「イケメンつれてきた? イ・ケ・メ・ン!」
「てかソイツ、だれ?」
聞いたことのある声だった。嫌な予感がして顔をあげるのをためらっていると、安岡に首をがっちりホールドされる。
頭を無理やり持ち上げられた僕の目に映ったのは、図書室で騒ぎを起こしたあいつらだった。
「こいつ、同じクラスの上松和斗」
安岡がわざわざ紹介してくれるが、僕はこんな属性の違う集団について行く気は、さらさらない。
「安岡にこんな知り合いいたとか、ウケるんだけど」
「ぜんぜん好みじゃなーい」
さんざん文句を言っている集団の中で僕がメンタルをエグられていると、視界の隅にじっとこちらを見つめる瞳があった。
吸い寄せられるように僕もそちらを向くと、それに気づいたのっぽが、視線を向けてくる彼女に声をかけた。
「かおり、こいつと知り合い?」
彼女はツンとした表情で「べつに」と答えた。そのままそっぽを向く。
「早く行かないと時間なくなっちゃうよー?」
「そうだな、行こう!」
安岡は元気にそう言うと、僕と僕のカバンをかついで外へ運んだ。
知らぬまに僕は参加オーケーになったらしく、首を掴まれたまま学校を引っぱり出されてしまった。僕の反論は聞いてさえくれなかった。
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