第十二話 僕の役割

 ここ数日間は天気がすぐれず、今日もあいかわらず曇り空がつづいていた。

 僕は暇があればぼんやりと窓の外を眺めてを過ごしていた。一日の授業が終わると安岡が近づいてきた。

「わりい。今日は行けなさそうだわ」

 今朝、僕たちは一緒に本を取りに行く約束をしていた。

 安岡が指した先には、あの「かおりちゃん」と呼ばれている女の子が教室のドアの前に立ってこっちを見ていた。

 あんな騒動があったのにまだ関係が続いているとは驚きだ。

「勝手に桐谷に渡すんじゃねーぞ? 渡す時は俺も行くから」

「……わかった」

 なんだかいいように使われている気がして僕はしぶしぶ頷いた。

 教科書を詰めおえた鞄を持って昇降口へ行き、そのまま目的の書店へ向かう。

 前回は暑い日差しの中を遠くまで歩き回ったが、今日はバスを使うことにした。ガタガタとバスが揺れる中、安岡の心の内を考えてみる。

 かおりちゃんって子と何をしているのだろう。本を取りに行くより大事なことなのだろうか。改めて僕はパシリに使われたことを実感し、なんだかイライラしてくる。

 本屋に着くと店主のおじいさんにまで、もう一人の彼は今日はいないのかいとたずねられた。

「アイツは女の子にだけ優しいんですよ」

 僕がぶっきらぼうに答えると、おじいさんは約束の本を取り出しながら、愉快そうに笑っていた。

「良いところばっかりアイツがもっていくんだ」

「じゃあ、この本も女の子のためなのかい?」

「そうなんですよ。桐谷が友人にいじめられていると分かって、ところかまわず喧嘩をはじめやがって、そのせいで大事な本をぐしゃぐしゃにして……」

 おじいさんの鋭さに気づいたときには、事情をすべて話した後だった。

 僕がばつが悪そうにしていると、おじいさんは「青春だねえ」とにっこりとやさしく笑っている。

「でも目当ての本は見つけられたのだから、きっと彼女も喜んでくれるじゃないかね。初版本だから貴重なものじゃぞ。ちょっとボロいがね」

「ふーん」

 おじいさんは包みでくるんだ本を手渡してくれた。

「きみも、自分の気持ちには正直にね」

 おじいさんはよりいっそうにこにこと笑いながら、僕を見送ってくれた。

 この時の僕は、おじいさんの言うことがよく分からなかった。

 翌日、僕は自分から席に座っている安岡に近づいていった。

「おー、昨日はありがとな」

 安岡はそれだけ言うと移動教室の準備を始めた。

 なんか安岡のへらへらした態度に怒りを覚えて昨日買ってきた本を、投げやりに机へ置いた。

 本が思ったより大きな音をたてたため、周りの生徒が驚いて振り返った姿が、視界のすみに映る。

 安岡が怪訝そうな顔でこちらを見た。

「ごめん、手が滑った」

 小心者の僕は喧嘩になったら怖いので、反射的に謝っていた。

 自分でもなんで苛ついているのかよく分からなかった。だけど昨日から、安岡の行動ひとつひとつが妙にしゃくに触った。

 それを安岡本人にぶつけられればよかったが、そんなことができる性格だったら苦労しない。

 授業が始まってしばらくすると、ブーッブーッと小さな音がポケットの中で響いた。

『放課後渡しに行こう』

 もやもやとした気持ちを抱えながら、僕は承諾の返事を送った。



 端からみたら、仲のいい生徒たちがテーブルを挟んで、三人話しているように見えるだろうか。

 図書室にいる僕たち三人の間には、一冊の本とある想いが交錯していた。

 それに気づいているのはおそらく僕だけで、残りの二人は自分の気持ちしか見えていないようだった。

 十分ほど前にさかのぼる。

「よう」

 相変わらず図書室のスライドドアを静かに開けられない安岡が図書室に入ってすぐ、カウンターで読書をする桐谷に声をかけた。持ってきたものをカウンターに置く。

 唐突な行動に心臓の動きが激しくなった。僕は声をかける前に下準備をすると思っていたので、心の準備が追いつかない。

 もし僕だったら、なんて声をかけようかとか、話が途切れないようにしなきゃとか一時間くらいは悩んで、結局声をかけられないかもしれない。

 桐谷は読んでいた本から顔を上げると、カウンターに置かれたものに視線をうつした。

 昨日僕が古本屋で受けとった「星ふる夜の中」だ。

「……これ、どうしたの?」

 桐谷の目が驚きで見開かれた。

「こいつと一緒に買ってきたんだ。その、この間、騒ぎ起こして駄目にしちゃったからさ」

 安岡は僕の方を指し示したあと、申し訳なさそうに頭をかいた。

 桐谷は僕に対しても驚いた顔を向けた。

「あなたたちが、そんなに仲がよかったなんて驚きだわ」

 そう言って桐谷は本を受け取ると、今まで見たことがないような笑顔でこういった。

「ありがとう」

 今までの僕だったら、天に舞い上がらんばかりの嬉しさだっただろう。実際今まで桐谷と話した中で一番の笑顔だった。

 しかし一つ気にくわなかったのが、その笑顔が安岡にも向けられていたことだ。

 とても嬉しそうな、好意をあらわにした女の子らしい表情だった。

 横にいる安岡もまんざらではない様子である。

 僕はここにいていいのだろうか。

 心臓のあたりがギューッと苦しくなる。なんで僕じゃなくて安岡なのか。本を買いに行こうといったのは僕なのに。

 僕は安岡に対し明らかに嫉妬していた。

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