第十話 本屋巡り
鈴木くんの情報によると、喧嘩騒動があってから桐谷へのいじめは収束したようだった。
とりあえず桐谷へのいじめがなくなって、僕は一安心した。しかし桐谷は一向に図書室の奥から出てくる気配をみせず、新たな心配事になってしまった。
僕だけでなく安岡も桐谷のことが気になっているようだった。毎日図書室を訪れてはカウンターにいる図書委員を見て、肩を落として帰っていった。
そんな中、中間テストが始まった。僕は思ったよりも勉強がはかどっておらず、四日間あるテスト期間で一日目から撃沈していた。
二日目最後の終了のチャイムが鳴った。
「はい。 筆記用具を置いて、答案用紙前にまわして~」
試験監督の先生が手を叩いて回収をはじめる。
生徒たちは思い思いに言葉を発し、数秒前の静けさとは打って変わって色んな声が教室にあふれた。
答案を回収しおえた先生が教室を出て行くと、みんな立ち上がり始め、そのまま帰るものや、仲の良いグルーブで固まって答え合わせをしている生徒もいた。
僕も帰り支度を始めようとロッカーから鞄を取ってくると、安岡がこちらに近づいてくるのが視界に入った。じっとこちらを見すえ続けながら近づいてくるのは相変わらずで、僕はぎょっとして固まってしまった。
「ちょっと顔かせ」
安岡は僕の席の前で止まると、声をかけてきた。
周りの生徒が、「なにか怒らせることでもやったのか?」とこちらを見てくる。
安岡は僕の返事も聞かず、ドアに向かって歩きだした。
僕はため息をつき、持ってきた鞄に荷物をつめて彼のあとを追った。
連れてこられたのは、同じ階にある視聴覚室だった。普段利用される機会はほとんどないのか、部屋の中は機械の匂いが充ちている。僕らが使っているような机とは違い、横長で足が床に固定された机がたくさん並んでいる。
僕は安岡と距離をとり、一つしかない出入口のドアを背にして話を聞くことにした。
「それで、最近桐谷のこと見かけたか? 教室行ってもいつもいなくてよ」
安岡は腕を組み、近くの机に寄り掛かった姿勢で話し掛けてきた。
じつは準備室にいる、と本当のことを言ってもいいのか分からず、僕は無言で首を横に振った。
「くそっ」
ゴンッと、こぶしを机にたたきつけた安岡は明らかに苛立っている。
僕はそこで、ある考えを思いついた。
「たぶん、本を破られたことにショックを受けてるんじゃないかな」
ああいった古い書籍を再度買うのは、学校側は認めてくれないのではないだろうか。新作や人気の作品ならともかく、あの本は不人気だし出版されたのもかなり前のはずだ。
「あの本、桐谷のお気に入りっぽかったし……」
「じゃあ、どうすればいい?」
安岡はまじめな表情で、僕の顔を見た。
その真剣さに圧倒され、後ろによろけた僕は背中をドアにぶつけた。
「本屋で買ってきて、プレゼントするのはどうかな」
ちょっとした思いつきだった。
僕もあの本は好きだったし、寄贈されればまた読めると思ったのだ。
安岡は何かを思案する素振りをみせると、僕の目を見ていった。
「よし、今から行くぞ」
「え?」
安岡が視聴覚室を出ようとするので道をあけると、僕は肩にかけていた鞄を引っ張られた。
「駅前に本屋があったよな? そこで買うぞ!」
「ぼ、僕も行くの?」
「当たり前だろ。お前の方が本に詳しいだろ」
安岡の進行方向とは逆に身体を倒し必死に抵抗するが、ずるずると引きずられてしまい力の差は歴然だった。
「僕はテスト勉強がしたいんだよ~」
まだ試験期間が二日残っていた。
しばらく安岡に引きずられていたが、僕は観念して一緒に駅に向かって歩くことにした。
駅に到着すると、ロータリーの横から続く商店街は、夕食の買い出しに来ている奥様方でにぎわっていた。六月の日差しの暑い中、僕たちは駅から本屋に向かって歩いた。少しの距離なのにじわりと汗がにじんだ。
本屋に到着すると、さっそく安岡は検索機に駆け寄っていた。
「タイトルなんだっけ」
僕が伝えると、画面をタッチして調べだした。しばらくすると安岡の手が止まり、うなり声を出している。
僕もその画面を覗き込むと、「在庫がありません」の文字が表示されていた。
「取り寄せできないか聞いてみたら?」
僕が提案すると、安岡はすぐにレジに向かった。店員さんと数分話した後、安岡は首を横に振って帰ってきた。
「取次先にもなくて、出版社に確認してみないと分からないって」
「古い本だからね」
「代わりに他の本買ってくとかどうよ??」
「いや、違う本なんか渡してどうするの。あの本だから桐谷が喜ぶんだよ」
本気にした僕をみて安岡はけらけら笑っている。
せっかく協力しているのに僕は少し腹が立った。
「このままずっと桐谷とすれ違ってていいなら、買えばいいじゃないか」
僕なりの皮肉を込めて言ってみたが、彼は恥ずかしがるでもなく「それは嫌だ!」と返答した。なんだか空振った気分だった。
「たしか隣町に行くあいだに、小さい本屋があるからそこもあたってみよう」
僕はイライラしていたのと早く家に帰りたかったいという思いがあったため、足早に自動ドアに向かって歩きだした。後ろからついてくる気配がないので振り向くと、少し放れたところから安岡はけだるそうな声を出してきた。
「えー、もう行くの? もうちょい涼んでいこうぜ」
「そんな時間はない!」
ドアが開くとまた蒸し暑い熱気が僕たちをつつんだ。
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