第七話 彼女の声
情報を集めてきた鈴木くんが久々に図書室に来たとき、彼は驚いていた。
「僕がいない間に何があったんだい!?」
いつも安岡の近くには誰も近づこうとしなかったのに、今ではあの特等席の周りに、一般生徒が座っているのだ。
「なんで!? みんなどうしちゃったの?」
鈴木くんは叫び出しそうな勢いだったので、僕がなんとか落ち着かせた。
「ちがうよ。最近安岡がよく本を借りていて、その感想を桐谷に話しているから安岡のイメージが変わったんだ」
僕は安岡を見た。今は今日新しく借りた本を枕にして、いつものように突っ伏して寝ている。その横には少し落ち着かない様子の常連の一人が同じテーブルに着いて本を読んでいた。
鈴木くんはその様子を指さして「ありえない!」と驚きをあらわにしていた。
僕は彼をなだめると、単刀直入に聞いた。
「それで、いじめについては何か分かった?」
鈴木くんは真剣な表情に戻り、僕に向き直った。
僕は先ほど図書室に向かっている最中に、鈴木くんに最近の桐谷の様子や、安岡はいじめを行っていないだろうことを伝えていた。今度は鈴木くんの調査結果を聞く番だった。
「大体のめどはついているんだけど……」
鈴木くんは言葉を濁した。視線は、カウンターと日の当たる特等席を往復する。
「確信が持てたらきちんと報告するよ」
日を追うごとに、安岡の特等席の周りは人が増えていった。
彼は自分たちと同じように毎日ここに通っていた。知っている書籍の話だった時、離れたところから感想の内容に聞き耳を立ててみた。安岡は自分たちと同じように感動しており、彼の内面が垣間見えた気がして親近感を覚えた。
みな彼が来ても緊張しなくなっていた。
図書室の常連としては安岡がこうして図書室に馴染むのは嬉しいはずなのに、安岡が桐谷に感想を述べているとき、僕のもやもやは増していた。
桐谷は安岡の感想に対して返事をするわけではない。彼女はいつも事務的な会話のみしか発せず、ただ一方的に安岡が感想を述べるだけなのだ。
しかし、桐谷と一緒にいる時間が他の人より長いためそれを見るのは気分はよくなかった。
そんな彼女は新しい上履きを購入したようだった。先日茶色いスリッパを履いていた桐谷は、今日はきれいな制服を着ていた。
安岡が十冊目の本を借りる頃、新たな変化が起こった。
その日も安岡は桐谷に、前回借りた本の感想を述べていた。
「でもやっぱり、最初に借りたやつが一番面白かったな」
安岡の言葉に、僕は『星ふる夜の中』の表紙を思い出した。安岡の感想に対し、僕も密かに共感した。
「私もその本が一番好きなの」
おや、と思った。
いつもなら、返却の確認を述べて会話が終わる流れなのに、別の声が流れた。
カウンターに目を向けていなければ、誰が言ったのか分からなかったかもしれない。
普段の作業中はいつも手元に視線を落としているはずの桐谷は、今安岡に向けて顔を上げていた。
事務的じゃない発言を聞いたのは初めてだった。
彼女の声を聞いた安岡はわずかに目を見開いた。一瞬驚いたようだったが、いつも通り返却する本を彼女に渡す。
安岡の顔には笑みがこぼれていた。
「次のおすすめは?」
安岡がそう言うと、桐谷はいつものように本棚から本を選び、貸出カードの記入を行った。
はたから見れば、いつもと変わらぬ光景だった。
しかし、僕は顔の前に立てていた本を強く握りしめた。
僕も借りていたのに。
悔しかった。あいつは桐谷と出会って数日でもう会話ができているのに、僕はまだ図書委員と一般生徒の枠を出ることができていないなんて。
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